「水銀と三天王の旅路」-1
必死に手を伸ばした。その先に居るのは何故か遠く感じる背中で、でも怯える彼の役に立ちたかった。なけなしの意地っ張りと情けなさを隠す強気な仮面で連れ添った。最初は一人だった。いつの間にか二人に増えて。そしたら三人になった。そして、何故か四人になっていた。彼の背を追う影は四つ。けれど、記憶が叫ぶのだ。四人目は居ない、と。居ない筈の影に振り返れば、その影は赤い瞳で笑っていた。ケタケタと誰かの無様な姿を笑うかの様に。
思い出す。それがキーとなり、今先程の瞬間の行いを思い出す。赤く、黒く、染まる彼を見てさあっと青ざめた顔が最期に見せた顔だったと思い出した。全てが始まる筈だった栄光の日々はたった一人の感情によって台無しになった。
笑うしかなかった。笑えない現実に笑うしかなかった。
全て失った。だからこそ、取り戻したかった。勇者アサギの従者であり、彼を支えた最強の魔法師であったからこそ諦める事をしなかった。魔法は彼女にとって全てに等しいのだから。全てを魔法によってやり直せる。
そう信じて――今を生きた。
「私は彼に殺された。あの時の無力さに腹が立つ。あの女にしてやられて、全てを終わらせられたのが頭に来る。でも、これで何とか成る。そうよね――ライジング、サターン」
ケイローンと名乗った少女は青白い魔族特有の肌を惜しむ事無く晒す儀式服に身を包み、七つの石碑が並ぶ神殿の広場に居た。彼女に頷いたのは首のあるボロを着たサターンだけで、首を抱えるデュラハンたるライジングは寡黙に立ち尽くすのみだった。
「私たちはやり直す。四百年……数百年に一度という魔王の誕生を待ち続けてきた。そして、ライジングの報告から人間側の勇者は女性の騎士であると分かった。ならば、アサギは召喚されて居ない。そう、私の手で再びこの地に召喚する事ができる! 彼を呼び出す触媒は腐る程にあった! 今日まで耐え続けてきた悔しさもオサラバよ!!」
ケイローンは悲痛の表情で叫ぶ。この儀式に全てを捧げる勢いでガツンッと手に持つ七つの鎖がついた禁忌の杖レヴァンティを床に突き刺す。杖を通して流れた魔力が神殿を脈動させる血の筋の如く魔法陣の上を走って行く。七つの石碑は西の地の地脈に突き刺してあったものだ。四百年の時を経て触媒の一つとして使用された魔法陣の上に突き刺さる七つの石碑の面が赤い文字によって埋まって行く。溢れる程に、神殿を震わす程に、高まった石碑から解き放たれる黒い七つの光柱が世界を震わせる。
「エリトス・マクエリス・ザルシャル・マルレア・アガペー……ッ! 我は呼ぶ。汝の名を。古の時を経る者よ!」
ケイローンの呪文の声が神殿に拡散して行く。力を経て言霊を宿した呪文は石碑に注がれた光に注がれて行く。その様子をサターンとライジングは今かと待ち望んでいた。失くした真実を今こそ取り戻す、と。
「天秤よ我に傾け! 七罪を宿す者よ――此処に居たれ!!」
七つの黒き柱が収束を始め、脈動する神殿が震える。天より落ちる混沌の柱がケイローンの前に人一人程の大きさに
収まって――門が開く。そして、人影を生み出した。おお、と誰かから漏れた声が感嘆を漏らす。悪魔では無く人を呼び出した。そう確信したケイローンは満面の笑みで崇め称える様に目の前に現れた人物を歓迎した。
「あ痛たたた……」
だが、ピシリ、と時が止まった。闇の門より出でし人物から少女の声が聞こえた。在り得ない。ケイローンの脳裏に失敗の字が躍る。何故だ、とケイローンは驚愕する。触媒は確かにアサギが着ていた学生服だと言うのに。そして、血や魔法の残滓のある装備もあった筈だ。なのに、別人が現れるだなんて思いやしない。闇の門が閉まり、立ち上がった人物は少年では無く少女だった。そして、何処か似た様な色の服を着ていた。アサギが女性だったなら、という妄想をしたらこんな少女になる。そんな面影のある少女にケイローンはまさか、と口元を引き攣らせる。
「あれ、此処何処? 学校には……見えないなぁ」
アサギの声を高くした可愛い声に三人は驚く。パンパンとスカートの土を払い、ケイローンを視界に入れた少女は何処か困った様子で首を傾げた。ケイローンは若干足を震わせながらも少女へと視線を向ける。飄々とした雰囲気といい、目の前の非現実を受け止める胆力といい、アサギの面影のある美麗な顔といい……似ている点が多すぎた。
「あ、アンタの名前を聞いても良いかしら?」
「私ですか? 私は朝霧栞です」
「アサギ!?」
「……? はい。朝霧家の栞ですけど……。因みに此処は何処です? というかお姉さんの肌青白いですね、大丈夫ですか?」
アサギケ、アサギ家、とカチンと収まった気がした。つまり、自分はアサギの名を勘違いしていた事になる。すなわち、アサギ・イオリのネームはアサギではなくイオリ。旅の間常に家名を呼んでいた事他ならないのだ。アサギに好意のあるケイローンからすれば否定して欲しい事実だったりする訳で。
「……もしかしてアンタ、イオリっていう兄が居たりするかい?」
「お兄ちゃんの名前が庵ですけど……。も、もしかしてお兄ちゃんの行方を知っているんですか!?」
アサギ・シオリという家族を呼び出してしまった事に気付いたケイローンはその場で崩れ落ちた。そう、前提が間違っていたのだ。もし、もしもだ。本当にこの世界にアサギ・イオリが居ないのならば類似した人物は召喚されない。本人が召喚される筈だ。すなわち、この世界に既にアサギ・イオリという人物が居る事他ならないのだ。シオリはいきなり崩れ落ちたケイローンにおろおろせざるを得ない。
「……まさか、勇者は複数召喚されている? 嘘でしょ。よ、四百年も片思いした私が馬鹿みたいじゃない……ッ!! アサギの馬鹿ぁああああ!!」
「ええええええ!? 何で私初対面の人に罵倒されてるんですか!?」
まさかの結果にやれやれとライジングは肩をすくめ、あわわとサターンは手に持つメイスの様な槍をあたふたさせて困っていた。沈黙した魔法陣が何処か虚しい。四百年の集大成がまさかの人間違いとなると誰が思うか。しかも、当の本人は既にこの世界に居るというすれ違い極まりない結果なのだ。人としての幸せを捨ててまで頑張ったケイローンが何処か哀れに見えてしまうのも無理も無い。落ち着いたケイローンは取り合えずシオリを神殿の外にある三人が暮らす屋敷に招いた。ジャラジャラと何処と無く虚しく鳴る七つの鎖を見ながらシオリは一通りの説明をされた。自分たちはこの世界でアサギ改めイオリの仲間であり、運命の女神に運命を狂わされてイオリを裏切る事になってしまった身であると。そして、運命の女神に勝てなかった自分たちの無力さを呪って、イオリに謝るために再び再会するために召喚をしたのは良いがその本人は既に人間側で再び勇者として召喚されていて類似した人物、つまりは家族であるシオリを召喚してしまったと謝った。
「……成る程。流石お兄ちゃんだ。まさか異世界の勇者だなんてスケールが違うなぁ……」
行方不明の兄の居場所と職業を知ったシオリは入れて貰った紅茶で落ち着いた後に苦笑した。元気で居るという便りを貰った様に涙をぽろぽろと流しながら。その様子に三人は気まずい面持ちで居たが、シオリはにこっと笑みを浮かべた。
「ありがとうございますケリアさん。貴方のお陰でお兄ちゃんに会えるんですね。本当に……、本当にありがとうございます」
「そ、そう? 私としてもシオリに罵倒される覚悟だったんだけど……。まぁ、ともかく。アサギが東の地に居るってのは確かだ。けれど……今はタイミングが悪い」
「人類と魔王軍との戦争中でしたね。そしたら、問題ありません。一応何とかなります」
「……どうやってですか?」
涙を拭ったシオリが自信満々といった具合に胸を張った。その様子にサターン改めサタンタと名乗り直りしたネクロマンサーの少女が恐る恐ると尋ねる。それに関してはケリアとライジング改めライルも内心思った。見た目からして何の力も無いか弱い少女にしか見えないのだから。ふふふっと不敵な笑みを浮かべて、シオリはパチンと右手を鳴らした。するとシオリの影から鈍色の物体が滲み出る様に浮かび上がる。ぎょっとした三人にシオリは言った。
「あの時……、お兄ちゃんが変な渦に飲まれた時から取り返してやるってオカルトに手を出し始めまして、今じゃ裏の業界では少し有名人だったりするんですよね。水銀の魔術師って呼ばれたりするんですよ?」
「魔術師? 魔法師じゃなくて?」
「ええ、因みにあちらでは魔法使いだなんて呼びますね。けれど、魔術師は逆の立場です。彼らはマナを媒体としますが、魔術はオド、つまりは生命の神秘を司ります。影法師の魔術と水銀魔術が私の専攻です。魔に対して水銀は猛毒ですからね。常時展開しておけば身を護るには十分……だと思います、多分。こちらの魔がどんなのかは分からないですけどね」
てへっとカミングアウトしたシオリに三人は悟る。ああ、こいつはアサギの妹だな、と。規格外極まりない才能は血筋の恩恵か、と思ってしまったりした。自分の才能を軽く追い抜かれる恐怖と嫉妬を久方振りに思い出した三人は懐かしい気分に感慨を覚える。まるで、あの頃だな、と思ってしまうのだ。人間不信気味のアサギの無茶に付き合っていたあの頃を。指を鳴らして影に水銀の球体を隠したシオリは寂しげな三人にきょとんとした。
「えっと、取り合えずお兄ちゃんの事だから何とかなりますよ。今は此処から抜け出して東の地でしたっけ。其処に行きましょう。お兄ちゃんなら何とかしてくれます」
「……そうかねぇ」
「はい。だってお兄ちゃんは結構根に持つタイプですから。きっと、良い思い出は残ったままでしょう。そしたらほら、私の出番です。感動の再会からのドタバタで説得しちゃいますから!」
シオリの言葉にほんのりとだが胸の奥が暖かくなった気がした三人はその眩しい笑みに無意識に頷いていた。自分たちに出来る事はシオリを東の地へ送り届ける事だ。例え、自分たちが否定されて殺されても、だと決意した。召喚したかよわい人間であるシオリを生かすのは自分たちしかできない事だと新たな目標を抱いた。
「そっか、だから私が召喚されたんだ……。やっと会えるねお兄ちゃん」
勇者として召喚される筈だった兄の代わりではなく、目の前の三人を導く事が自分の使命だとシオリは小さく呟いた。こんなに悲しい瞳をしている人たちを放ってはおけない。そう、シオリは内心を燃え上がらせて笑みを魅せた。
新章(妹ちゃんサイドの進撃(!?))が始まります。




