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 それからどういう風に過ごしたのかブラッドはよく覚えていない。満身創痍だったため、知り合いの闇医者が経営する個人院に運ばれたところまでは漠然とした記憶があった。


 そこで意識が途切れ、ブラッドは気づけば夢の中にいた。

 ゆらり。ゆらり。色が入り混じった空間で不安定な地面に揺られながら、ブラッドは1人そこに立っていた。絶えず視界が動くので、無理やり肩を揺さぶられているような気持ち悪さを感じる。

 すると少しずつ景色が形作っていき、懐かしい光景を映し出す。木々に囲まれ、木でつくられた簡素な家が並び、昔ながらの古い生活様式で過ごしている小さな村。水は川や井戸から汲み、自給自足に近い生活を送っているがのどかな場所だった。


「~~!」


 誰かがブラッドの名前を呼ぶ。ブラッドは母だと思い振り返った。自分とは似ていないくすんだ栗毛の髪に黒い瞳を持った母親。シミが多い顔は美人とは言えないが、情に厚く村の雰囲気に似た優しい母をブラッドは心から愛していた。


 母さん、と呼ぼうとした。だがブラッドの口は縫いつけられたように動かない。手を振ろうとしても石のように動かない。

 次の瞬間、村が赤く染まった。母も突然赤黒く染まり甲高い悲鳴をあげた。

 燃えてる。母が燃えている。家も、村も、木々も全て燃えて空が鈍い朱色に染め上げられていた。

 声は出ない。手も足も動かない。燃える母を助けたいのに何もできず眺めていることしかできない。ブラッドは脈が早まるのを感じながら、目を落とし自分の姿を見た。


 まだ成長途中の小さな手足。細く折れそうなそれは幼い頃の自分そのものだ。そんなブラッドの周りにいくつもの黒い足が迫り、すぐ側で止まる。そして自分の意志では動かせない体はいとも簡単にその黒い姿に担ぎあげられた。


 嫌だ。嫌だ。また戻れなくなる。温かくて平穏だったあの頃に。

 どうして。どうして。


「~~!」


 黒い炭となった塊から自分の名を呼ぶ声が聞こえる。しかしそれもすぐに崩れ去った。

全部消えた。

 全部全部全部。


「嫌……だ……」



「ブラッド!」


 冷たい感触を頬に感じ、ブラッドは弾けるように覚醒した。途端に全身に鈍い痛みが走り顔をしかめる。そして頬に感じた感触は自分の汗であることに気づいた。


「ブラッド……」


 声の方に顔を向けると、不安そうにブラッドを見る乖の姿があった。手にはいつもの手袋がつけられていて、服が多少薄汚れている以外は特に問題はなさそうだった。ブラッドは安心したように細く息を吐く。


「ここは」

「病院……ってアランは言ってた」


 簡素な部屋にある、古びたベッドやシーツの上で寝ていたらしい。他にもいくつかベッドが並んでおり、破れかけのカーテンで仕切られているがブラッドと同じように人が横になっているのがわかる。

 窓から差し込む日の角度から、日付けを跨いで昼頃を迎えたのだとブラッドは悟った。


「容体は」

「全身打撲と切り傷があるって。ガラス片は取り除いたって言ってたけど……」

「違う。お前の」


 目を丸くした乖はブラッドの問いを理解し、一瞬泣きそうな顔をした。少し顔を伏せてもう一度上げると、乖はふにゃりと口元を緩ませる。


「大丈夫」

「能力を使った時に何か反動はないのか」

「多分……あれくらいなら平気」


 確信はないだろう乖の言葉は、とにかくブラッドを安心させようとする気遣いがある。そこまで精神はやわではないとブラッドは不満を感じたが、意識を失う前に受けた衝撃を思い返し口をつぐんだ。


 何故自分があんなに動揺したのか、今のブラッドにはわかっていた。先ほどの襲撃者と乖を重ねて見てしまったのだ。ブラッドより歳下に見えたあの少年は、都の道具として刃を振るうことに疑問を抱いている様子はなかった。人の命を奪うことも。そして自分が傷つくことにも躊躇いがない。

 ただ生き延びて、ただ殺し続ける。彼の世界はそれで完結してしまっている。

あまりにも単純であまりにも残酷だ。


 そんな世界に乖を引きずりこむことになったら?

 もし天真爛漫で能天気な笑顔が嗜虐の笑みで染まったら?

 あるいは何も感じない色を失った表情になったら。

 ブラッドは想像するだけで恐ろしいことのように感じた。想像することさえ拒みたかった。

 そうやって昔から情を捨てきれない自分が、ブラッドは心底大嫌いだった。


「おはよう、調子はどうだ」


 黄ばんだカーテンが遠慮なく開けられ、アランが顔を覗かせた。声はいつもと変わらない調子だが、顔のあちらこちらに医療用テープが乱雑に貼られている。恐らく自分で適当に手当てを済ませたのだろう。


「相変わらず雑だな」

「え?そんなにうるさかったか」

「ああ。お陰で目覚めはバッチリ」


 皮肉めいたブラッドの言葉に対して、アランはいつもであれば眉根を寄せて小言を溢す。だが今回は一拍置いたあと目元を柔らかくした。


「なんだ、心配してたのか」


 ブラッドの軽口に、当然だろうと言うようにアランはブラッドの肩を軽く叩く。そしてアランは乖の方を向いた。乖は怯えの色を瞳に宿すが何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。


「お前も大変だったな」


 そんな乖の気持ちを汲み取ったのか、アランは乖の頭に優しく手のひらを乗せ、労わるように撫でた。


「アラン……」


 乖は瞳を潤ませると静かにうつむく。膝の上で緩く握られていた拳にぎゅっと力が入り、未だに小さく震えている。それが罪悪感からなのか、安心感からくるものなのか、ブラッドには判断がつかなかった。

 乖はやはり自身の力を疎んでいるのだ。それでもブラッドを助けるために咄嗟に力を使った。アジトからわざわざ抜け出して、自ら危険を冒して。


 ブラッドはどうして乖がそこまでして自分に依存するのかわからない。我が身の安全を優先するならずっと残っていれば良かったはずだ。

 わざわざ監視の目を盗んで命を危険に晒して、自分が望まない力を振るって。

乖の心情を測りかねたブラッドはゆっくりと乖に視線を戻した。


「乖。お前は発電するギフトだ。そして自分の電気を通した物体を消滅させる真覚者でもある。そうだな?」


 端的なブラッドの質問にアランもつられて乖の様子を窺う。乖は恐る恐る顔を上げると小さく首肯した。その面貌にはやけに疲れの色が滲んでいる。そんな乖の口が震えを止められないまま小さく開こうとしていた。


「ごめんなさ……」

「悪かったな」


 乖が言い終わる前にブラッドが言葉を挟んだ。アランも乖も驚いたように神妙な面持ちのブラッドに注視する。


「お前に嫌な思いをさせた。もう二度とその力を使うな」

「でも……僕は発電の力があるから、ブラッドはその力が必要で……。それにあの時の力は……発電以上に使えるんでしょう?」


 途切れ途切れに返ってきた言葉にブラッドは首を横に振る。


「確かに発電できる力は重宝している。実際昨日は蓄電池の調子が悪くて代わりに電力を供給してもらったしな。だが消滅させる力はダメだ」

「何で」

「お前が傷つくからだ」


 らしくないと思ったのだろう。乖は首を傾げ、困惑の表情を浮かべる。


「僕が傷つくことと、何の関係があるの」

「乖……」


 アランは声をかけようとして気づいたように言葉を止める。乖も自分が利用されることに慣れきっているため、それ以外の自身の価値をわかっていないのだ。利用価値がなければ、ブラッドが乖と一緒にいる意味がわからない。考えられない。

 ブラッドはそんな乖の思考回路を察しながらも追及しなかった。触れてはいけない部分である気がした。


 アランはまたブラッドを見つめる。ブラッドの眼差しは乖から動かず、乖もまたブラッドから目を離すことができないようだった。


「俺は施設の奴らとは違う。俺の目的はこの国で虐げられている人々を解放すること」


 ブラッドは息継ぎをせず続ける。


「その中にはお前も……乖も含まれている。だからお前の力を借りることはあっても傷つけることは望まない」


 乖は大きく目を見開く。ショックを受けたのか、衝撃を受けたのか、あるいは両方。まるで信じられないものを見るように呆然とする。


「俺は、お前を傷つけたいとは思わない」


 ブラッドは念を押して繰り返す。

 その時、ブラッドは思い出す。無機質な手袋でくしゃりと小さな紙袋を抱く乖の姿。頬を赤く染め、まるで長年探し続けていた宝物を見つけたように大事に大事に抱きしめ続けていた。家に帰ってからもそれは続き、次の日は何故か黒猫に空になった紙袋を見せて自慢をしていた。

 乖は瞳を潤ませながら口際に笑みを作る。ブラッドはじっと乖を見つめ、言葉を紡ごうと開かれる唇の動きを追った。


「ブラッドは……優しいね」

「……別に」


 ブラッドはゆっくり体を起こす。少し動くだけでも痛みが走ったが表には出さなかった。


「乖。その手袋は絶対に外すな。あの能力も使うな。いいな?」

「うん、わかった」


 乖は一筋の涙を流す。それにつられるようにブラッドも口元を緩めた。ブラッドが乖の前で初めて見せた笑みは、とても柔らかく穏やかなものだった。


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