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第二章 イチの恋①

「ゴォ! 早く学校に行くよぉ!」


毎朝イチの第一声で僕の1日が始まる。僕と同じ高校へ行くイチは、家の玄関の前で近所中に響くほど大声で叫ぶ。近所の住人の間では、このイチの大声は風物詩のようなものになっていた。

ただ朝が弱い僕にとって、毎朝イチの怒鳴る大声が頭に響いて地味に辛い。


「ゴって朝が弱いよね。 本当に鈍臭いんだから」


イチは隣の家に住んでいる幼なじみ。彼女とは幼稚園から高校までずっと一緒だから、なんだかんだでもう10年以上の付き合いになる。

小学校中学校までならまだしも、まさか高校まで一緒になることはないだろ? その意見はイチも同じだ。


「何で? 何で高校になっても、鈍臭いゴと同じ学校へ行かなくちゃいけないよ!」


イチは4月生まれで僕は次の年の3月生まれ。高校生になった今は僕の方が遥かに体は大きいが、子供の頃はイチの方が体は大きかった。子供の頃の『歳の差1年』というのは、まるでショートケーキとホールケーキくらいの差はある。だから幼稚園の頃からイチは僕のことを弟、いや家来にしか思っていない。


「ゴォ、早く幼稚園に行くよ! 私について来な!」


それでも体が小さくイジメられていた僕のことを、イチは疾風のように現れて助けてくれた。どこかで拾っきた長い木の棒をいつも振り回し、腰には銀紙と段ボールで作ったヒーローベルトを身につけていた。近所に住んでいる子供たちの中で、この激しい性格の女ヒーローに歯向かう者など誰もいなかった。


イチにはいつも決め台詞がある。


「ゴッ! この私がお前を守ってやる!」


昔テレビでやっていた仮面ライダーや戦隊ヒーローシリーズに、とても影響されやすいイチであった。


そして近所の人は、いつも一緒に遊んでいた僕たちのことをイチとゴで『イチゴコンビ』と呼んでいた。

イチゴコンビだなんて、正直僕は恥ずかしかった。



こんな激しい性格のイチでも、高校に入ってからすぐ恋をする。その恋の相手というのは僕と同じ野球部だった体の大きい男のサンだ。『野球部だった』というのは、イチが恋をしていた頃のサンは肩をケガをして野球部を辞めていた。

イチが学園祭の時に演劇を企画した理由とは、何を隠そうサンと付き合いたいというイチの下心だった。


「ゴ、お願いっ! 私の一生のお願いを聞いて!」


僕が仕方なく学園祭の演劇を引き受けたのは、イチから恋の相談をされていたからなんだ。とりあえずイチの恋の願いを叶える為にサンを演劇に誘ってみたけど、当然サンも演劇をやるのを嫌がっていた。


「ええ、嫌だよ。 なんでこの俺が演劇なんかやらなきゃならねぇんだよ。 ムリムリ」

「イチ、いや衣智子がお前を演劇の企画に入って欲しいって。 圭三は主役だってよ」

「よし、慎吾。 俺が演劇をするなら条件がある」

「条件?」


イチの恋愛の事なのに、何故か僕のゲーム機を1ヶ月間貸すという条件でサンは演劇を引き受けてくれた。その後すぐ僕の隣の席に座っているナナにも演劇へ誘うと、意外にもナナはあっさりと決めてくれた。


「衣智子の演劇に私が? うん、いいよ」



4人がハイスクール奇数組を結成して早くも1週間が経とうとしていた。僕たちは演出家イチに言われるがまま毎日練習をしていた。そして練習を繰り返すたびにイチとサンの距離が縮まっていった。


「いいよサン、演劇上手いじゃん! あんたひょっとして演劇の才能があるんじゃない?」


「そ、そうかぁ? ハッハッハ!」


気が強くて口が悪いあのイチが、優しくて可愛らしい笑顔をしながらサンと仲良くなっている。そんな淡い青春のような恋をしているイチのことを、僕は遠くから暖かく見守っていた。しかし、


「ちょっとゴ、さっきから何私のことをジロジロ見てんのよぉ。 よそ見してないで早くセリフを覚えなさいよ! まったく鈍臭いんだから」


イチは僕にとても冷たい。

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