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亡き皇帝のためのパヴァーヌ  作者: 五十鈴 りく
第2部✤花嫁によるメヌエット✤

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20◇短期決戦

 ずっと彼女に触れたかった。

 それを、まだいけないとノアは自分を律していた。


 けれど、ブランシュが泣いて、笑って、いろんな顔を見せるから。

 そのたびに心から愛しいという思いが溢れて、その理性はわりとあっけなく崩壊した。ブランシュを抱き締め、唇を貪って、なかなかいつもの自分に戻れなかった。


 こんな一面が自分にあることさえ知らなかった。ブランシュの声を聞いていると、いつまでもこうしていたいと思ってしまう。

 これが愛情なのだとしたら、なんて厄介なものだろう。


 ブランシュと共にいるための障害が少しずつ取り払われて、あとほんの少しで辿り着ける。ブランシュの笑顔を前に幸せを感じた。




 セヴランの妻であるミリッツァは、元々子爵令嬢である。

 事件からひと晩。それを思い出したかのように粗末な服装でも毅然として前を向き、明確な言葉で事情を説明してくれた。


「まず帝都へ同行して頂き――そこから面倒な手続きはありますが、それが終わったらご実家の方へ送らせて頂きます。ご実家の方へご存命を報せる手紙を書かれたいのでしたら届けましょう」


 ノアがそれを言うと、ミリッツァはほっとした様子だった。


「お気遣い痛み入ります、将軍」

「いえ」


 礼を言いたいのはノアの方だった。

 ミリッツァがセヴランを謀り生き延びてくれたからこそ、ブランシュは彼の妻とならずに済んだのだから。もちろん、彼女の苦しみを思えば、そんな勝手なことは言えないけれど。


 ブランシュはというと、終始上機嫌だった。

 ただ、ブランシュとミリッツァを同じ馬車に乗せ、ノアが馬車には乗らないと知った時にはがっかりして見えた。馬車の中で二人きりでいたかったのだとしたら、がっかりしているブランシュを可愛いと思った。


 奇縁というのか、ミリッツァは名前を変えてブランシュと同じところで働いていたという。その時はあまり言葉を交わさなかったらしいが、道中の馬車からは時折笑い声が聞こえてきた。

 きっと、セヴランたちの悪口にでも花を咲かせているのだろう。二人とももっと心の傷になったかと思えば、笑い飛ばせているのならよかった。




 そうして、無事セヴランたちを軍の牢へ叩き込んだ。

 ノアが入っていた拘留所とは違う地下牢だ。処分は追々決まるが、二度と野放しにはされないことだろう。


 それはいいのだが、セヴランは牢に入れられる最後の時までノアを食い入るような目で見つめていた。恨みではなく、本当に憧憬から来るような熱視線で、ノアはうんざりした。あれは一体なんだろうか。深く考えたくもないが。

 ダルコスは止血してもらったら落ち着いたが、今更である。




 ミリッツァをアミルカーレに会わせて事情を説明してもらおうとしたのだが、ブランシュがまず着替えを提案した。


「元々貴族なんでしょう? あんまりな恰好で陛下にお会いするのは嫌なんじゃないかなって。わたしとそんなに体格は変わりませんし、着られそうです」


 ブランシュの服は普段着と后にもらったドレスとがある。どれかは着られるだろう。


「ああ、わかった。後で迎えに来る」



     ◇



「助かりました。ありがとうございます」


 アミルカーレと顔を合わせるなり、ノアはまず礼を述べた。

 ブランシュの危険を報せてくれたのはアミルカーレだから。


「ああ、ブランシュの服の飾りに細工をしておいて正解だったな。あの娘は何かやると思った」

「お言葉通りなので何も言えませんが……」


 ため息交じりにノアが答えると、アミルカーレは楽しげに笑った。


「これからはしっかり手綱をつかんでおけ」

「そうですね」


 ノアも顔を綻ばせ、それから引き締め直して、今回の騒動の詳細を語った。

 ミリッツァが生存しており、ブランシュとセヴランの婚姻は成立していなかったことも含め。


「ほう。なんとも気骨のある女性だな」

「本当に。陛下、どうか今後彼女が報われるようお取り計らいください」

「そうさな。オリヴィアと相談してみよう」


 あの后なら何かいい案を考えてくれそうだ。ミリッツァのことはこれで心配要らないだろうか。

 そこでアミルカーレはふと目を細めた。


「まあ、内々の事情にばかりかまけておれぬのが残念なところでな」

「……はい」


 ノアも覚悟を決めた。

 アミルカーレが何を言わんとするのか、ノアは聞かずとも察することができた。


「戦場に戻るぞ」

「畏まりました。お供致します」


 今度こそ、アミルカーレを絶対に護らなくてはならない。

 ただし、命に代えてもというわけには行かなくなってしまった。帰らなくてはならない理由があるから。


「短期決戦で勝負を決める。ひと月以内だな」

「それは厳しい戦いになりそうです」


 ブランシュにどう説明しようか。心配しないでほしいと言っても、行き先が戦場では無理な話だろう。

 そこでアミルカーレはうなずく。


「お前が戦場にいる間、ブランシュにも頑張ってもらわねばな」

「ブランシュにも?」

「そうだ。このままでは侯爵であるお前の花嫁になるのは、ちと難しい。一度然るべき家の養女にせねばならんので、ひと月の間、行儀見習いも兼ねて過ごさせる。手筈は整えておいた」


 当人たちに無断で話を進めている。アミルカーレらしいが、ノアはブランシュの心配をした。


「……ちなみにどちら様のところでしょうか?」

「メファノ伯。身分からして妥当だろう?」

「それは――っ」


 妥当ではあるけれど、因縁がありすぎる。

 セヴランとダルコスは、メファノ伯が嫡男であるとされている青年にブランシュを娶せて帳尻を合わせようとしていると知り、それでブランシュを利用することを思いついたという。


 育ての母であった女性はブランシュをメファノ家に渡すつもりがなかったらしい。ブランシュが成長した頃に住まいを転々とし、メファノ家から隠していたと思われるような行動を取っていた。

 ブランシュが幼い間、メファノ伯が治めるエヴラール領のグリマレという町に住んでいたのも、メファノ伯からの援助を受けていたと考えられる。


「大丈夫なのでしょうか?」


 もし、ブランシュをメファノ伯の子息の嫁にと望まれたりしたら、ノアはどうすべきなのだろう。

 大きな図体で情けない顔をしていたのか、アミルカーレに笑われた。


「うちの嫁にすると横取りされ――いや、横取りはお前の方か? そういう話になる心配をしているのなら、お前は自分を知らなさすぎる。誰が、皇帝(わたし)の懐刀から婚約者を奪うなんて芸当ができるだろうな」

「……だといいのですが。ブランシュが自分で残りたいと言い出さないとも限りませんが」

「馬鹿者。ああ、もう、お前が心配するのは戦況だけにしろ」


 ブランシュが実の両親に会ってどう心動かされるのか、それもノアにはわからないことだった。

 それがアミルカーレには取り越し苦労としか思えないらしい。ため息をつかれた。


「あのな、私にも戦を早々に終わらせねばならない理由がある」

「グェンダル様とラグレーン卿の処分等、仕事が山積(さんせき)し――」

「たわけ。そんなことは秒で処理してやる。そうではなく――オリヴィアに子ができた」

「子……?」


 ノアが呆けたのも無理はないはずだ。

 后はいつもとまったく変わらず、悪阻らしきものも見せずに過ごしている。

 しかし、アミルカーレは得意げに笑うのだ。


「オリヴィアもまだ気づいておらんようだが、私にはわかる。オリヴィアからは微弱ながらに、私に似た魔力の波動が生じている」

「それは……おめでとうございます」


 女児が魔力を持って産まれたという事例はほぼなく、アミルカーレが自身に似た魔力を感じるというのなら、きっと男児なのだろう。

 驚きすぎて気の利いたことが言えないけれど、これが本当なら世継ぎの誕生だ。もし女児でも健やかに産まれてくれさえすればいい。

 国のためというのではなく、個人的にただ胸の奥が熱くなった。


 アミルカーレは、これから戦に向かうとは思えないような穏やかな目をして微笑んだ。


「だから、戦をさっさと終わらせるぞ」

「はい。死力を尽くします」


 いつも以上に負ける気がしない。

 必ず、アミルカーレと共に帰還するとノアは誓った。


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