16◇なんでも屋
セヴランの屋敷から町へ戻る際、ノアが指に嵌めている指輪がチカチカと光った。
これは装飾品ではなく、アミルカーレに連絡手段としてつけられた魔術具である。何か用があるらしい。
「はい」
馬車の中、指輪に向かって話しかけると、幾分くぐもったアミルカーレの声が聞こえた。
『ブランシュはどうしている?』
「宿にいます」
この通話はあまり長く持たない。だから会話も端的になる。
『危険が迫っているようだ』
「えっ」
アミルカーレは時々、当人に無断でなんらかの魔術をかけることがある。
このところブランシュが着ている服は后から譲り受けたものだから、服に何か仕掛けが施してあるのかもしれない。
『町から出てはいない』
「急いで戻ります」
ブランシュの身に何かあったらしい。
何が起こったのかまではアミルカーレにも見通すことはできないようだ。
けれど、それがわかっただけでもマシだろう。間に合ってくれと願うばかりだった。
「馬車を停めてくれ!」
ノアの声に、馬車が速度を落として停車する。ノアは車体から飛び降りると、馬車のそばを並行して走っていた部下の方へ向かい、手綱をつかんだ。
「馬を貸してくれ。先に町へ戻る」
「は、はい」
ノアのただならぬ様子に、部下は理由も聞かずに馬の鞍を空けた。
ブランシュの危機について考えられる可能性は、セヴランたちに見つかってしまったというものだ。
彼の屋敷から近い町で一人にしたのは、完全にノアの落ち度だった。
これ以上の苦痛を与えないようにしていたかったのに、少しも上手くいかない。かえって裏目に出ただけだ。
急いで走らせた馬には申し訳なかったけれど、軍馬だけあって頑丈で耐えてくれた。馬屋に預け、とりあえず宿の中へ急ぐ。
「すまないが、ここの二階に泊まっていた若い女性がどこへ行ったか知らないだろうか? プラチナブロンドの娘だ」
ノアが彼女と一緒にいたのを覚えていたのか、宿の女中は怪しむことなく答えてくれた。
「ああ、何か慌てて出ていかれたみたいです。どちらへ向かわれたのかは言付かっておりませんが」
礼もそこそこにノアは宿を出た。
すでに日が沈みかけている。それに合わせて焦燥感も増すばかりだった。
もう、彼女がノアの目の前からいなくなるという現実を受け入れられる気がしなかった。
そんな時、アミルカーレの声がした。
『必ず連れて戻れ』
一方的にそんなことを言って切れた。
それが彼なりの励ましだった。
ノアは手当たり次第にブランシュのことを訊ねて回ったが、見たと言った人は二人だった。
「ああ、ちょっと様子がおかしかったから気になったんですけど。あっちの方へ行った気がします」
強面の軍人に嘘を言う度胸のある民間人はなかなかいない。信じてもいいだろう。
「ありがとう」
その証言を信じ、ノアはブランシュを探す。
そして、そこでふと思いついたことを口にしてみた。
「すまないが、この辺りでシャルデニー男爵を見かけなかったか?」
ろくに顧みないとしても領主なのだから、町人も容姿くらいは知っているだろう。
そうしたら、仕事帰りらしき中年の男は、ああ、と漏らした。
「見ました見ました。近頃、あの胡散臭いなんでも屋のところに通っているみたいですね」
「……それはどこにある?」
「サンティニ通りの路地です。こっちに曲がった突き当りですよ。看板は出ていませんが」
「助かった。ありがとう」
セヴランたちはそのなんでも屋とやらに依頼し、ブランシュを探そうとしたのだと推測できる。
こんな時こそ落ち着かなくてはならないのに、手が怒りで震えていた。拳を強く握りしめ、ノアはそのなんでも屋の住まいがあるという路地へと急いだ。




