12◇結婚歴
ブランシュが落ち着かないのは、ここへ来て受けた仕打ちを思い出してしまったせいだろう。
宿に残ると言ってくれてノアは安堵していた。
ただし、ブランシュがいないとノアの箍が外れやすくなる。セヴランを相手にやりすぎないよう気をつけなくてはならない。
出かけに、アミルカーレがセヴラン・シャルデニーについての資料をくれた。
ブランシュがいないところでざっと目を通した。それによると――。
セヴラン・シャルデニー、二十八歳。
シャルデニー男爵家は先代の頃にはもう傾きかけており、没落貴族と揶揄される程度ではあった。貴族とはいえ、かなりの末席である。それがセヴランの代になって持ち直したのだ。
彼には他にも結婚歴があった。六年前に一度結婚し、その一年後に死別とある。
この死は、彼が引き起こしたことではないのかと疑いたくなった。
領地運営もおざなりなセヴランが、どうやって男爵家を持ち直したのかというと、花嫁の持参金を使ったと思われる。ただし、それだけで足りたとも思わない。
前妻は格上のロワイエ子爵令嬢だった。もしかすると、持参金以外にも何か子爵家を強請るようなことをしたのだろうか。
ブランシュの話だと、どんな悪事でも躊躇うような男ではなさそうだった。
そして、セヴランはブランシュとの婚姻届けを間違いなく提出していた。それらはすべてブランシュの証言通りだ。
この立ち会ったとされる牧師も買収されて加担したと考えられる。その牧師も今回のことをしっかりと罰し、聖位を剥奪するとして招集をかけている。
今この時でさえ、ノアはブランシュがそんな男の妻とされていることが我慢ならなかった。
顔を見た途端に歯が砕けるほど殴りたくなることだろう。
セヴランの屋敷は没落寸前まで行っただけあり、余計なものはなく、一見慎ましやかに見えた。
数台の馬車が門前に停まっても、中からは誰も出てこなかった。門の番小屋にも誰もいない。
仕方なく部下が訪いを入れると、老執事が慌てて出てきただけだった。
「こ、これはオルグ将軍閣下っ、当家に何用でご――」
「セヴラン・シャルデニー男爵に用がある。連れて参れ」
かなり低い声で通達したせいか、老執事はヒッと飛び上がらんばかりになった。
その場にくずおれ、手を突いて額を地面に擦りつける。
「だ、旦那様はお出掛けされておりますっ」
「どこへ行った?」
「わ、私共には何も……」
「いつ戻る?」
「それもわかりません」
まさか、セヴランは自分が捕まえられると察して先に逃げたのだろうか。
「ダルコスという弁護士は?」
「ダ、ダルコス様もご一緒にお出掛けされました」
「本当にどこへ行ったのか知らないのか?」
ただでさえ顔の怖いノアが苛々としながら話すから、老執事は今にも泣き出しそうだった。けれど、許してやりたくはなかった。一番苦しんだのはブランシュなのだから。
「わ、わかりません。ですが、このところずっとお留守なのです。人を探しに行かれていて……」
それでわかった。セヴランたちは逃げたブランシュを探しに出歩いているのだ。
「お前たちは自らの主が悪事に手を染めていると知っていて、それでも逆らわないのだな?」
ブランシュが、屋敷の使用人も助けてくれなかったと言っていた。
これを言うと、老執事はグッと喉を鳴らした。
「そ、それは、その……」
「大した忠義だ。絞首台まで付き従うといい」
「わ、私どもは何も好き好んでこのような目に遭っているのではございません。逃げたが最後、捕まった時にどのような責め苦を味わわされることか……」
セヴランが恐怖で彼らを縛りつけていたのだとしたら、ここの使用人たちも可哀想なのかもしれない。心が麻痺してしまい、人を憐れむゆとりがない。
無罪で済ませてやるつもりはなかったが、情状酌量の余地くらいはある。
「お前たちの主は少し前にここに若い娘を連れ込んだだろう? 嫌がる娘に結婚を迫り、その娘はどうにか逃げ出した。そのことを認めるか?」
ノアの眼力を前に、戦に出た経験もない老執事が耐え得るわけもなかった。ガクガクと震え、祈るように手を組んでうなずいた。
「は、はいっ」
「証拠となるものを持って参れ。どのみちあの男は破滅だ。構うことはない」
老執事はペコリと頭を下げ、それから数人の使用人を連れて戻ってきた。十人にも満たない、死んだ目をした人々だった。かなり劣悪な環境に置かれていたのが見て取れる。
「こ、こちらを。ここへ来た時にあのお嬢様が持っていらした荷物です。あと、これも……」
角が擦り切れた鞄。それよりも目を引いたのが――。
結ばれた髪の束だった。プラチナブロンドの、この色は間違いない。
「長い髪をご自分で切ってしまわれたので……」
ノアは鞄と髪の房を受け取ったが、手が震えて仕方がなかった。
初めて出会った時、ブランシュの髪は無残に切り落とされていた。それらのことが繋がる。
ノアは感情を自分の中から押し出し、部下に告げた。
「ヨアンと他五名はここでヤツが帰るのを待て。俺はこの周辺を探す」
とりあえず、ブランシュを迎えに行きたかった。
セヴランたちが自らブランシュを探しているのなら、一人にしておくのは心配だ。
宿の部屋でじっと昼寝をしていてくれたらいいけれど、ブランシュは時々、予測もつかない行動に出るから――。




