13◇エセ紳士
昼寝でもしていたらいいと言われたけれど、考えることが多すぎて眠っていられない。
ブランシュは窓を開け、風を部屋に招き入れながら外を眺める。
こうしていると、この国はまだ戦時中だというのに平和に見えた。戦場もこのフィンツィ領からは遠いため、実感としては薄いのだろう。
ほんの少し前に皇帝崩御の報せが国中を駆け巡り、国民は悲しみに打ちひしがれていた。
その皇帝崩御が誤報であったとされた時のお祭り騒ぎの名残を、この町はまだ留めている。
ノアと出会い、皇帝アミルカーレの人となりを知った今、そう簡単に死ぬ人ではなかったと改めて思う。
まさか皇帝と知り合う機会があるなんて、長屋で暮らしていた頃には考えられなかった。
セヴランたちですら別世界の人間に思えたくらいだから。
思えば、あの頃は内に籠りがちだった。自分に自信が持てずにいた。
それというのも、母との関係性からだ。
小さな頃から、どんなに頑張っても母が全力で自分を愛してくれないことを感じていた。
まさかそれが実子ではないからだとは思わなかったけれど。
自分が駄目だから、お母さんは満足してくれない。そんなふうに考えていた。
そして、住まいを転々としていたから、誰かと親しくなっても別れがつらくなるだけだとか、何かにつけて後ろ向きだった。
だから、これまでに身に染みついた考え方が急に変わるわけではない。
「想えば想われる、なんてこと、ないんだ……」
ポツリ、と独り言つ。
少なくとも、ブランシュは母が好きだった。
たった一人の大事な母だと思っていた。
けれど、母にはブランシュよりも大切な存在があった。
この愛情はいつでも空回りだ。
十五年も共に過ごした母がそうだったのに、出会ってまだひと月にも満たないノアに過度な期待をしていやしないだろうか。
多分、してしまっている。
自分だって悪いところはあるのに、求めてばかりいる。ノアの態度が素っ気なくて切ないなんて贅沢だ。
はぁ、とため息が漏れた。
そんな時、町角に金髪の青年が見えた。もう一人、紳士を伴っている。
――いや、あれはエセ紳士だ。どちらも。
嫌というほどそれを知っている。
冷や汗をかくほどに心音が乱れた。
セヴランとダルコスに間違いない。背格好も歩き方も同じだ。
まさかこんなところにいるなんて――。
ノアたちは彼らを捕まえに屋敷へ行ったのに、二人は屋敷にいなかったのだ。たまたま外出中だったというならまだしも、自分たちを捕まえに来ると察知して逃げたのだとしたらどうしようか。
セヴラン本人が承知しなければ離婚はできない。
このままセヴランが逃げたらと考えてゾッとした。
自分はずっとセヴランの妻のまま、彼が死ぬまで縛られているしかないのか。
そんなブランシュを憐れみつつも、ノアが別の令嬢と結婚してしまうなんてこともあり得る。立場のある人だから、一生未婚というわけにはいかないはずだ。
考えるだけで怖い。そんな未来は絶対に嫌だ。
慌てて部屋から飛び出したこの判断は、果たして正しいのか。それをこの時に考えるゆとりはなかった。




