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亡き皇帝のためのパヴァーヌ  作者: 五十鈴 りく
第2部✤花嫁によるメヌエット✤

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32/49

9◇温度差

 ノアは皇帝の命を受け、フィンツィ領へ赴く。

 ブランシュはすかさず同行を申し出た。しかし、ノアはいい顔をしなかった。


「無理をするな。もう顔を合わせたくないだろう?」

「それはそうですけど……」


 当然だ。二度と顔を見たくない。

 けれど、ノアを待っている間、ブランシュはどうしていたらいいのだろう。


 待っている間、不安に押し潰されそうになる。それくらいならノアと一緒にいたい。

 もしセヴランがブランシュにひどい言葉を投げつけたとしても、ノアがいてくれたら聞き流してしまえる。


 ノアがいてくれたら、何も怖いことなどないはずだ。

 ブランシュはノアの軍服の裾をギュッと握った。


「ノア様と一緒なら怖くありません。置いていかないでください」

「……しかし」

「あの人たちは絶対に言い逃れようとします。わたしが目の前で証言した方がいいはずです」

「つらくはないか?」


 ふと、ノアが自分の方が痛いような目をした。

 人の痛みを知る優しい目だ。この目がとても好きだと思った。


「はい。捕まるところが見たいくらいです。いい気味ですからね」


 正直に言ってやったら、ノアはやはりどこか悲しそうに笑った。


「ブランシュは強いな。でも、無理はしないことだ」


 強いのだとしたら、それは頼もしい後ろ盾のおかげだろう。

 ノアは逞しい武人なのに繊細だ。人は見た目だけではわからない。


「わたしを気遣ってくださってありがとうございます。大好きです、ノア様」


 思わず口から気持ちが飛び出す。

 ノアは照れているのとは違う、なんとも複雑な微苦笑を浮かべ、そしてうなずいた。

 ブランシュに好きだと囁き返してはくれなかった。



 

 ノアがセヴランたちを拘束するために部下を引き連れてフィンツィ領へ向かう際、同じ馬車にブランシュも乗り込む。

 今のところ、セヴランたちの犯罪を立証する証拠がないので、あまり表立って大げさにはできないという。


「捕まえたら拷問して吐かせるんですか?」


 と、馬車の中でブランシュが訊ねたら、ノアに呆れられた。


「君はいつの時代の人間だ? 今時拷問などしない。魔術を使って自白させる」

「そうなんですか?」

「ああ。だから黙秘もできない。疑わしいところもない人間を無理に術にかけることは違法だが、ある程度の証言や状況証拠がそろっていれば可能だ。捕まえてしまえば罪を暴くことができる。……皇弟殿下と宰相閣下とは今はもう呼べない身分だが、あの二人も陛下の術に抗うような力はなく、罪を自白した」


 それを聞き、安心した。ブランシュは証拠になりそうなものを何も持っていないのだ。だから、自分の証言を信じてもらえなかったらどうにもできないと思っていた。近頃は便利な術があるのだなと感心してしまう。


 カラカラと馬車に揺られている間、ノアは目を閉じて黙っていた。

 眠っているのかと思ったが、そういうことでもなさそうだ。何か考え込んでいるらしい。

 邪魔をしてはいけないなと思う反面、なんとなく寂しくもなる。


 ノアには仕事があるから、それほど長くブランシュに構ってくれるわけではない。それも、ノアは無口で口下手だから、コミュニケーションは非常に短い。


 ブランシュはそぅっと向かいの席からノアの隣に座り直し、ノアの横顔を間近で眺めた。

 皇帝のような美貌とは違うけれど、精悍に整っていてブランシュには好ましく思える。よく見ると、こめかみの辺りにも薄く傷跡があった。いろんな経験をしてきたけれど、そのすべてを語ってはくれなさそうだ。


 こんな人が自分を好きでいてくれるのが夢のようで、触れて確かめたくなる。これが現実だと。

 ほんの少し手を伸ばした時、馬車の車輪が石を撥ねたのか、車体がガタンと揺れた。


「ひゃっ!」


 ブランシュがノアの体にぶつかり、ノアはハッと目を開ける。


「……大丈夫か?」


 ノアは自分にしがみついているブランシュに訊ねるが、困惑して見えた。ブランシュがこの程度の馬車の揺れで向こうの座席から飛ばされたと考えたなら、それは驚くかもしれない。


「近頃、こんなやり取りばっかりですね」

「近頃というか、出会った時からだな」

「そうでした?」


 そんなことを言い合い、笑う。ノアの笑い声を久しぶりに聞いた気がした。

 しかし、ノアに抱きつく形になっているブランシュの手をノアがやんわりと解きにかかる。


 この時に、あれ? と思った。

 ブランシュはもっとこうしていたかった。ノアとくっついていたい。

 ノアは違うのだろうか。貴族からすると、ブランシュの行動ははしたないだけで少しも嬉しくないのかもしれない。


 そこに思い当たると、急に恥ずかしくて消えてなくなりたくなった。しばらくノアと一緒に過ごせると浮かれていたのはブランシュだけだ。


「……ごめんなさい」


 謝ってみたら、ノアはほっとしたように表情をゆるめた。


「いや?」


 そして、抱き締め返してくれるようなことはなかった。


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