23◆太陽
「では、始めます」
ペリエはアミルカーレの術を解除するための術を唱え始めた。
アミルカーレとの最後の繋がりを剥がされてしまうのは寂しいけれど、仕方がない。
「जादू के रिलीज होखे के――」
術が高まり、完成に近づいていく。
高みからグェンダルとラグレーンがこちらを見下ろしていることに気づいた。
ペリエの術が輝き、ノアを包む。何故だか、あたたかいと感じた。
「これで完了です。オルグ様にかけられた陛下の術を解きました」
誇らしげにペリエは告げた。そして涙ぐみ、耐えるように上を向く。
奇跡というものがこの世にあるのなら、彼の人を帰したまえと多くの人が願った。
それでも、皇帝の亡骸は未だに見つけることもできず、その魔力の波動すらつかめてはいなかったのだ。
――では、アミルカーレはいずこに消えたのか。
海底に眠っているとしか考えられなかった。
しかし、それは真相ではなかったのだ。
アミルカーレ・ド・スキュデリーは自ら隠れたのだ。この時のために。
「――まったく、忠犬ならば私の命には従え。この馬鹿者が」
この声を、どれほど夢想しただろう。
尊大で自信に満ちた、太陽のような輝き。
他の誰かが放てるはずもない光。
「まさか……」
乾いた喉を絞り、つぶやく。
そんなノアに、崖の上で最後に見た時と寸分違わぬ姿のアミルカーレがニヤリと笑った。
「主を見紛うな。私は誰だ? 答えろ、ノア・オルグ」
「こ、皇帝陛下にございます」
「よし」
アミルカーレはサッと羽織っていたクロークを払った。そして、民衆に向けて腕を突き出す。
「ノア・オルグの処刑は取りやめだ。私がここにいる以上、罪状などなかろう」
民衆は唖然とし、それから再び昇った太陽に歓喜の雄たけびを上げた。
じわじわと、これが現実であることを噛み締めて。
「皇帝陛下万歳!」
「モルガド帝国に栄光あれ!」
場が祭りのように――祭り以上に賑わい、帽子が空に飛び交う。
足元を揺るがさんばかりの歓声の中、あまりに現実味がなかった。
ノアはただ立ち尽くしていたが、アミルカーレは満足そうにうなずく。
「茶番は終いだ。後片づけをせねばな」
「おかえりなさいませ、陛下」
ペリエがアミルカーレにかしずく。彼はアミルカーレの思惑に気づき、ノアに解除の術をかけたのだ。
ノアの中に潜んでいるアミルカーレを表に出すために。
「うむ。すべて思惑通りだ」
安堵というよりは緊張の糸がプツリと切れた。まだ、これはノアの見ている夢ではないのかという気がしてならない。
しかし、アミルカーレは民衆に手を振りつつ、ノアに言ったのだ。
「不穏分子をあぶり出すためにひと芝居打つのが手っ取り早かったのでな。嘘のつけないお前に真相を伝えると計画が破綻する。よって何も知らせなかった」
「そ、そんな……」
言いたいことは山ほどあるが、どうやら叱られるのはノアの方だった。
「私がおらずとも生きろと言っただろう? お前は私の意に反する行いをした。私はお前に後を追ってほしいなどとは微塵も思っておらぬわ。あんな娘を手懐けておいてさっさと死ぬのか? この薄情者」
最早兵に押さえつけられてはいなかったが、地面に座り込み放心しているブランシュがいる。
アミルカーレはノアに向かってうなずいた。ノアもうなずき返すと、ブランシュのもとへまっすぐに駆けた。
民衆が乗り越えてこないように立てられた柵を除けたが、誰もノアを止めない。
ブランシュは無言で涙を流していた。バルテスもやっと人ごみの中を抜けてくる。
この時、ノアを前にバルテスは言葉が出ないようで、ただ目頭を押さえていた。ノアは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「すまない、バルテス。またこんなどうしようもない俺に仕えてくれるだろうか?」
かすれた声で、はい、と返してくれた。
そして、ノアはブランシュの前に膝を突いた。
「どこか痛むか?」
見ると、手を擦り剥いていた。押さえつけられた時に転んだのだろう。
それでも、ブランシュは泣きながら微笑んだ。
「もう平気です。ノア様が生きていてくださったから、痛みません」
――必死で目を背けていたけれど、もうその必要もない。
この娘が愛しいと感じる心を、ノアは受け入れた。
ブランシュの擦り剥いた手を両手で包み込む。
こんなことまでさせて、真に手がかかるのは一体どちらの方だろう。
それは衝動的に、押し留めることもできずに口から零れる。
「俺と結婚してほしい」
しかし、その途端にブランシュの笑顔は凍りついた。
「………………え?」
第1部【 ✤亡き皇帝のためのパヴァーヌ✤ 了 】
第2部 ✤花嫁によるメヌエット✤ に続きます。
ここで本当に終わったら怒られますよね(笑)




