↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡き皇帝のためのパヴァーヌ  作者: 五十鈴 りく
第1部✤亡き皇帝のためのパヴァーヌ✤

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/49

22◆加護

 冷たい拘留所で、ノアは頭を空にしていた。


 ただ瞑目してアミルカーレに詫びる。

 生きろという命令に背くことを。


 あれは命令などではなく頼み事であったのかもしれない。

 どちらにせよ、従えない。あの世で叱られよう。


 この時、扉についた格子窓が開いてそこから声をかけられた。


「失礼致します。あなたに面会に来られた方がいらっしゃいますが、どうなさいますか?」

「面会?」

「ええ。家令だという老人と、その孫らしき若い娘です」


 未婚のバルテスに孫などいない。その娘はきっとブランシュだ。

 まさかここまで来るとは思わなかった。バルテスを動かしたのもブランシュなのだろうか。

 そうでなければ、バルテスは主の意向を尊重したはずだ。


 ――別れは済ませた。

 会って、それで。

 これ以上どうしろというのだ。


 それよりも、どこか遠くに行ってほしい。自分のことは忘れてほしい。

 この首と胴が離れるような光景を見せたくはないのに。


「誰にも会うつもりはない。帰してくれ」

「本当によろしいのですか? それくらいの権利は認められますが」

「構わない」

「……わかりました」


 遠ざかる足音が虚しく響く。

 これ以上、心を掻き乱さないでほしかった。




 しかし、来訪者がこの独房に現れた。

 それはバルテスでもブランシュでもない。


 グェンダル・ド・スキュデリー。

 アミルカーレの二つ年下の異母弟だ。


 独房の外から安全にこちらを眺めている。


「ノア、兄上のことは不運な事故だったのだ。お前の忠義には恐れ入るが、お前は兄上の分も生きて国に尽くすべきではないのか?」


 輝くような威厳を放つアミルカーレとは似ていない、日陰の存在。

 アミルカーレが存命中は誰も彼の存在に目を向けることはなかった。それが今、ようやく花咲いたとでも言わんばかりの自信に満ち溢れている。


「私にとって陛下が国そのものです。私は陛下と国に殉じます」


 そう返したところ、グェンダルは矜持を傷つけられたらしい。


「だから、私が次の皇帝だ。兄上が遺されたものはすべて私が引き継ぐ。お前も、(きさき)も、城も、民も!」


 真似をしたところで凡人がアミルカーレになれるはずがないのに。

 こんな男が皇帝かと失望するばかりだった。

 これからモルガド帝国は衰退していくのだろう。民たちが苦労する。


 その民の中にノアの大切な人々がいる。そして、ブランシュも。

 彼女を守ってあげられたらよかったけれど――。


 色よい返事を返さないでいると、グェンダルは焦れたのか地団太を踏んでいた。


「もうよい! 断頭台から許しを乞うたところで遅いのだ!」


 癇性な足音を立て、グェンダルは去った。

 あの存在の何もかもが不快だとすら感じる。


 そうして独り取り残されると、心が黒く塗り潰されて頭を抱えた。


 ――生きろと。


 生きて過ちを正せとアミルカーレは願ったのに。

 自分はそんなにも強くは在れない。




 そして。

 公開処刑の日はやってきた。


 早く終わらせてほしいと願ってしまう。どこまでも自分のことばかりだ。


 公開処刑は見世物でしかなく、大抵は汚い野次が飛ぶ。楽しげに手を叩いて刎ねられた首が転がる様を(わら)う。


 ただし、アミルカーレの治世にはほとんどそうした光景は見られなかった。アミルカーレが品位を欠くと嫌ったせいだ。


 この日、処刑場と化した広場は静かだった。囃し立てる声もなく、民衆は静まり返っている。

 本当に不思議なほど静かで、空を飛ぶ鳥の声が聞こえるほどだった。


「罪人、ノア・オルグをこれへ」


 手鎖はされておらず、囚人服ではなく軍服のままで、最低限度の礼節は残っていた。

 ノアは神妙に前へと進んでいった。その時、民衆の中から声が飛ぶ。


「ノア様――!」


 ブランシュが、人を掻き分けて前に出てきた。

 あまりのことにノアは一瞬立場を忘れそうになった。囲いの内側へ飛び出しそうな勢いで、ブランシュは兵に制止される。


 抵抗する彼女をつかむ手が乱暴で、思わず兵を止めに走りそうになった。痙攣したように動こうとする足で踏み留まり、目を閉じて息を吐く。


 あそこまでしてもらうほどのことを、自分はブランシュにしただろうか。

 諦めてくれればいいのに。最後の最後に、こんな複雑な胸の内を抱えて逝かなくてはならなくなった。


 ブランシュはずっと叫ぶような声でノアを呼んでいる。

 ノアが群衆の前に立つと、斧を手にした覆面の処刑人がそばに来た。そして、もう一人。


 アミルカーレが再編成した魔術師団の長、レミー・ペリエだ。

 長い髪をひとつにまとめ、ローブの裾を捌いて近づいてくる。


 戦場に出ているとばかり思っていたが、残っていたらしい。

 アミルカーレほどではないが、彼もまた若くして天才と呼ばれた。アミルカーレに心酔していたから、憎まれていても仕方がない。


 ペリエはスッと目を細める。


「やはり、オルグ様にはまだ陛下の御加護が残っております」


 場がざわつき始めた。ペリエは見物人に演説するように語る。


「ノア・オルグ様は陛下の腹心でした。それ故に、陛下はオルグ様に身体を強化する加護の魔術をかけておいででした。それがまだ残っているのです。このまま処刑などできません。このような刃では首を落とすどころか刃が欠けるだけです。まずは術の解除から始めなくてはなりません」


 そう言われてみると、アミルカーレにはそんな術をかけられたことがあったかもしれない。下手な鎧よりもずっと役に立つと言って。


 亡くなった今もアミルカーレはまだこんなどうしようもない男を守ってくれていたのかと、その心に感謝した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。