#76 チェックメイト
「ツォーネ様! 敵の勢いが増しております!」
魔物に跨る魔剣士が剣を振りながら叫んだ。
ツォーネは二振りの突撃槍を巧みに使い、獅子奮迅の働きを見せ白城の入り口を死守していた。
だがその顔は苦々しげであった。
「連中の統率が取れ始めていますわね……とはいえまだ杜撰ではありますが……」
向かってくる騎士を数人串刺しにしたのち、ツォーネは周囲を見やる。
「人間ども、城を落とされればどのみち終わりだとやっと気づいたようですわ……。貴族連中の護衛はともかく、黒紫騎士団とやらが主力か……うっとおしいことこの上ないですわね! 防衛陣、張り直しッ!」
敵の波状攻撃をしのいだ後、一時の隙間にツォーネの号令によってゴブリンやオークが体勢を立て直す。
魔族側の被害はどんどん増えていく。持久戦では数に劣る現状不利と言わざるを得ない。いかに人間どもの統率が取れておらず魔族の方が強靭とはいえ数という物はそれだけで脅威となる。
と、どこからか飛来した矢がツォーネの肩口に突き立った。ツォーネは一瞬顔をしかめた後つまらなそうな顔で矢を一挙に引き抜く。至極鬱陶しいといった顔のまま、引き抜いた矢をそのまま家屋の上にいた弓兵に投げ返した。矢は弓兵の眉間に突き立ち、弓兵は屋根から転げ落ちた。
それを見て、ツォーネはふんと鼻を鳴らす。肩の傷からは赤い血が滲み、黒い装束を染めた。そんな様子に城の入り口からキエルが駆け出てきて叫んだ。
「ツォーネさん!」
「なんですの!? 今は構ってられませんの。黙って隠れてなさいな!」
傷など気にしていないといった風体にキエルはたたらを踏んで立ち止まる。
「でもっ……このままじゃ……」
「じゃあかしいッ! 黙って守られてろってんですのよッ!」
苛立たし気に騎士の一人を突撃槍で突き刺し、一振りして遠くへ吹き飛ばす。槍が抜けた騎士の胸の穴から血が噴き出したのを見てキエルは口を覆う。
そんなキエルの様子にツォーネは鼻を鳴らした。
「はんッ! 戦いにビビってるやつはおとなしくビビってろってハナシですわ。お前はココット様のお気に入りですし? キズモノになってはわたくしが怒られてしまいますもの」
二振りの槍を地面に突き立て、周囲の魔族を集め城の前に陣を張る。キエルの不安げな顔を見て気合が入った。
目に見えて敵の数は増えていく。ぞろぞろと集まる腐った果物に必死にたかる虫めいてぎらついた瞳が魔族に注がれる。私たちはこのクソったれな街という楽園を奪おうとする不届きもの、というわけだ。堕落極まった人間は、醜い。
ほんとうに、クソにたかるハエどもではないかとツォーネは心の中でほくそ笑んだ。
そしてキエルに再び下がるように促し、その前に立つ。
「何より? ココット様はわたくしにここを守れと仰ったのですわ。ならば元将軍としての実力、存分に披露せよとの思し召し! あの方がアレハンドロ何某を討ち取るのは確実ですし、これは勝ち戦なのです! ならばこの戦いが終わる前に、わたくしもせいぜい暴れてやるってェ事よ……ですわ!」
ニィ、と笑ったツォーネは魔族を伴い人間たちを迎え撃った。その強さは恐ろしく、向かってくるそばから人間たちを屍に変えていく。
それでもなだれ込んでくる人間たちの表情を見て、キエルは思う。
彼らは、ここ以外に生きられる場所がないのだと。
アレハンドロが築き富と欲を与え続けた人々は、もはやそれなしでは生きられない。だからあんなに必死な顔で向かってくるのだと。同じ人間の屍すら踏み越えて、この不気味な白い城を目指す人たち。
その目に映っているのは、己の欲望だけ。
「こんな恐ろしくて、悲しい事……早く、終わらせてください……ココット……!」
♢
アレハンドロめ!
随分と粘るものだ。多数の魔剣士に囲まれているが、奴め……複数の魔剣士相手に劣らない戦闘力を有しているなどとは。
魔剣士たちが一斉に切りかかるも、まるで踊るようなしぐさで剣戟を躱し、あるものには蹴りを、そしてあるものには銃撃を見舞う。
魔剣士達も弱い魔族ではない。しかしアレハンドロを捕らえられずにいた。
あの銃も厄介だ。とはいえ魔剣士たちの鎧は貫けているが、威力はそれほどでもないようだ。胴体に弾丸を受けた魔剣士達も、すぐに立ち上がった。急所にさえ受けなければ問題はなさそうだ。
それに……どれほどアレハンドロが粘ったとてもう奴は終わりだ。魔剣士達も一人、二人と脱落はしていく。しかしアレハンドロもまた息が上がっているのがわかる。
魔剣士の大盾の後ろに隠れながら様子を見ている私を忌々しげに見てくるのがわかる。
弾丸もそう数があるわけではあるまい。剣を躱しながら装填が可能な奴の手腕も驚くが、時間の問題だろう。
だが、これ以上魔剣士が傷つくのも面白くない。
魔剣士だけでカタが付けばいいと考えていた。奴が恐れ、悔しがる様を見るには……やはり。
「ココット、いいかげんにしたまえよ! こんな雑兵相手では僕を殺すことはできない!」
アレハンドロが叫ぶ。事実、魔剣士たちはアレハンドロを捕え切れていない。何かの拳法を会得しているであろうアレハンドロはそれを銃撃と組み合わせた闘法を用いている。
セグンほどではないにせよ、人間にしては大した戦闘力と言える。
普通に考えれば、現状不利は私だろうな。魔剣士も消耗し、いずれは倒される。10人近い魔剣士相手に大立ち回りできるアレハンドロの戦力は予想外だったのだから。
だが、だからこそだ。
あの銃も、アレハンドロの戦闘力も。
予想外だったが、予想していた。
すなわち、奴が奥の手を残しているという事を織り込み済みで警戒していたのだ。
私はただただ冷たい瞳でアレハンドロのあがきを眺めていた。何度か周囲に気を配りはしたが、あの日私がここに連れて来られた時と同じ静寂。人気のなさだ。
こいつは本当に、一人なのだろう。シアでさえ、信用していなかったのだろうから。
シアも哀れな奴だった。ゾフは奴を見事殺すだろう。そういう確信があった。さしたる感慨はないが、もったいないやつだったな、とだけ。
「ココット! 君がわざわざ自分でここに来たという事はだ、そんなに僕が憎かったんだね? 嬉しいよ! へし折りがいがある!」
「まだそんなことを言うのか。お前は殺すが、お前に興味はない」
「ふうん、なるほど。……そうか、わかったぞ。ミオだね? ミオを僕から奪いに来たんだろう! 君もミオにご執心という訳だ!」
私は小さく舌打ちをした。苛々させてくれる男だ、本当に。
ミオを奪いに来た、という表現は正しくない。お前のような男から救いに来た。少なくとも今はそのつもりでいる。
「ミオは絶対に渡さないよ……僕はいつだって窮地を乗り越えて欲しいものを手に入れてきた男だ。この程度の窮地など、幾度も潜ってきた。そしてこれを乗り越えた暁には晴れて君も僕のモノだ!」
――――だからもう、会話は無意味だ。
「アレハンドロ、好き勝手に戯言を語っている所悪いが、私の勝ちは揺るがない」
「強がりを言わないほうがいいよ。魔剣士では僕は殺せないさ」
「いや、お前が奥の手を隠しているのは計算していた。そしてそれがさしたる障害ではないことも確認できた。もう十分だ。――なあ、じゃんけんをしっているか?」
私の言葉にアレハンドロはピクリと眉根を寄せた。知らない、だろうな。この世界にはない文化だ。
似た遊びならあるのかもしれないが、私が知らないのでどうでもいい。言葉を続ける。
「まあ簡単に言えば、相手が出す手がわからない以上は勝つか負けるかもぶつかってみるまでわからない遊びだよ。だが相手が何をしようが勝てる方法がある」
「何を、言っているんだい?」
「後出しだ」
私がそういって笑い、指笛を吹く。それと同時、アレハンドロの私室の壁を破りトグーヴァが部屋の中に突っ込んできた。
後出しじゃんけん。相手の手を見てから、勝てる手札を切る。ただそれだけのこと。
瓦礫をまき散らしながらトグーヴァは私とアレハンドロの前に立ち、グルルと唸った。魔剣士たちがすぐさま手はず通り私の前まで戻ってくる。
「ま、魔獅子……ッ!?」
アレハンドロは目を丸くして驚いていた。そして、本当に悔しそうな顔と恐怖の混じった顔を、確かにして見せたのだ。
「それだ。その顔でいい。それを見に来たのだからな。やっとその顔を見せてくれたな、アレハンドロ」
「こ、ココット……君は、魔獅子すら従えて……ッ!?」
街中でトグーヴァも大分派手に暴れていたはずなのだがな。戦況の伝令はまったく届いていなかったか。
ま、城の中の人間をああも虐殺するような者に何を伝えるのかとも思うが。
ともあれトグーヴァをはじめから伴わなかったのは、部屋の中に聖弓が居た場合や、アレハンドロが逃走を含めて予想だにしない奥の手を持っていた時の場合に備えた保険だったが、一番の理由は驚かせたかったからだ。
調子に乗らせてから、へし折る。シンプルに相手の精神にダメージを与える事が出来る。
事実アレハンドロはトグーヴァを見て顔色を真っ青に変えた。
あの銃程度では魔獅子に太刀打ちできないという事だろう。それもそのはずだ。あんな小口径、それも装弾数が2発の銃ではな。この時代の武器にしては最先端だが、2発を確実にトグーヴァの急所に当てる技術と、外れた場合に装填までトグーヴァから逃げられない限りは、まあ、無理だろうな。
クマ相手でさえ猟銃を持っていても相手にしたくないのに、ライオンの二回りも大きい魔物相手にどれほどあの銃が役立つものか。
アレハンドロは勝てないと悟ったか私ににっこりと笑いかけた。恐怖を隠しきれないひきつった笑みで。
「な、なあココット……僕は」
「トグーヴァ、やれ」
話など聞かず、私はトグーヴァに命じた。トグーヴァは咆哮を上げ、アレハンドロに突進する。
「ひっ、いぃ!」
アレハンドロが銃の引き金を引く。しかしトグーヴァはそれを避けた。大柄な体躯をして恐るべき敏捷。もとい、アレハンドロが震える腕で放った弾丸は明後日の方向へと飛んだのだが。
しかして銃という物の説明を事前にしていたのが伝わっていたか、トグーヴァは銃口が自分に向いた瞬間には身を捻っていた。
なんと、頼もしい事か。
トグーヴァの剛腕がアレハンドロに迫る。その爪で引き裂かれれば確実に致命。
アレハンドロは顔を恐怖に歪めながらもその爪を避けた。が、すぐにトグーヴァがその頭を振り、避けた姿勢のアレハンドロに頭突きを見舞った。
悲鳴すら上げられず吹き飛ぶアレハンドロ。そのまま壁一面の窓ガラスを派手な音を立てて突き破り庭園へと転がった。
すぐさまトグーヴァがガラス窓に突撃する。ガラス窓は一面全て粉々に粉砕され、ガラス片から躍り出たトグーヴァが立ち上がろうとしているアレハンドロの前に立つ。
砕けたガラス片を両腕で頭を抱えて防ごうとするアレハンドロだが、トグーヴァの眼光にまるで脱兎のごとく駆け出した。逃げ足が速い。
庭園の入り口は様々な植物が生えており、樹木も含む。奴はそれらを盾にして逃げているようで姿はすぐに見失った。
だがどちらにせよ庭園は袋小路だ。
逃げ場などないぞ。お前は既に詰み。手駒は全て失った裸のキングという表現すらおこがましい、ただの手負いの狐だ。
そして狩人は、私だ。




