表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/122

#67 拷問

 




「ぐが、あああっががぁああぅあ、ぎゃあああ!」



 喉が焼ける。肺にある全部が絞り出る。内臓がひっくり返る。


 今出ている叫び声、それは私のものに他ならない。体中の穴という穴から液体が噴き出ている。涙、汗、涎、鼻水。ぐしゃぐしゃになった顔は眼球が裏返るほどに見開かれた瞳がぐりぐりと勝手に動き、その剥き出しの様とは裏腹に何も見えない。


 聞こえるのは、ただただ自分の絶叫と、笑い声だけだった。



「いい声だ! 何も取り繕わない真に迫る声! カエルの断末魔? 牛の嬌声? んー形容し難いなア」



 酷く楽しそうにアレハンドロは笑い、手に持つ金属棒を指揮棒のごとく振るう。



「今君に投与した薬は……作るのに苦労した特別製の拷問用試薬でねえ。効果が発揮されると全身の痛覚が何十倍にも何百倍にも膨れ上がるんだ。肌に触れる風、擦れる衣服……それだけじゃない。内臓同士の接触や流れ出た涙が皮膚を伝う際にも素晴らしい痛みが襲ってくるだろう?」


「あがっ、が……」



 アレハンドロが喋るたびに、狭く暗い部屋に反響した声が私の皮膚を裂く。痛みに歯を食いしばれば歯が粉々に砕け散ったような痛みに襲われる。身じろぎをすれば内臓がぐちゃぐちゃになった錯覚が起き、叫べばそれだけ痛みとなって帰ってきた。


 この部屋に連れて来られるや否や突然首筋に何かを打たれた。そしてすぐにこの地獄が始まった。痛みの逃げ道がない、この地獄めいた拷問が。



「どれだけ耐えれば君は真っ白になるのかなあ。この髪のように」


「はっ、はっ、ひゅー……ひゅー……」


「おっと、安心したまえ。この薬で死ぬことはない。最も、痛みに耐えかねて舌でも噛み千切れば別だがね」



 アレハンドロは楽しそうに笑い私の髪を撫でた。それだけでも神経を直接撫でられたような痛みが走った。反射的に体をエビのように反らし、また床に転がりのたうち回る。


 私は拘束などはされていない。ただただ、転げまわっている。視界が歪みながらぐるぐると目まぐるしく回り、ジェットコースターにでも乗せられている気分だ。


 なんとか想像を絶する痛みの中目をアレハンドロに向ける。



「児童、虐待だぞ……」


「は、ははは! 君は自分を児童……子供だと言い張るのかい? 違うね、君は悪魔さ」



 アレハンドロは金属棒で私のあごをくいと持ち上げた。痛みに涙が溢れ、そしてまた痛みが膨れ上がる。



「そう、悪魔。君がそうなるにはよほどの苦労と絶望があったのだろう。これ以上の絶望を味わう前に僕が救ってあげよう」


「が、う……馬鹿、な……事を」


「そうでもないさ。魔族はもう終わりだよ。君が何をしようと変わらない。僕が戦争を変える。あの銃でね」



 アレハンドロは笑い手を引く。金属棒の支えを失った私は顔を床にべちゃりと落とす。ゴン、という鈍い音がしたが、私は床に頭を打ち付けた痛みをほとんど感じていなかった。ほかの痛みが強すぎて。



「あの銃はすぐ量産できるだろう。設計図がある。それを国に売るのさ。ファルトマーレにね。私は財を得てより安寧を得る。そして銃が浸透したファルトマーレ軍の前に魔族軍は悉く打ち破られる。君の部下たちのようにね」



 何という事だ。眉唾ではない。銃が仮にファルトマーレ全軍に浸透すれば、主戦場の情勢すら変わってしまう。そして銃を産んだ功績でアレハンドロはより高い地位に就くのだろう。


 しかしどうやって銃をあんなに量産できたんだ。この街の連中は堕落しているだけだろうに。



「気になるかい? 何も私は娯楽のためだけにこの街に人を集めていたわけじゃあない」


「う……外から集めた連中を充てた......のか」


「……それにね、君に打った薬はね。魔族にも効くのさ。みんなすぐに大人しくなる。よく働くよ」



 まさか、そういう事か。合点がいった。先日ルイカーナに潜入し奴隷市を覗いた時の事。誇り高い魔族があのように心無い有様で大人しくしているのはなぜかと思ったが、この薬品による拷問を受けたのだ。


 それで心を折られ、手足として働かされたと、そういうのか。だが、それでも魔族が痛みに耐えられないなど……。



「君の疑問は分かるよ。どうして屈強な魔族が薬なんかで人間に屈するか、だろう? 君は勘違いをしている。この薬を打たれてなお私と会話できるほどの君が痛みに強すぎるだけなんだよ。そして魔族も痛みに強いものとそうでない者がいる。例えば、軍人か……そうでないか」


「非戦闘員に……薬を打ったのか……っ」


「評判がいいんだよ。捕まえてきた魔族が従順にならないというので私が心を砕いてあげるのさ。結構儲かるよ」


「外、道……あぐうぅ」



 呻く私の頭を踏みつけたアレハンドロはひどく楽しそうに笑っていた。



「外道? はは、外道とは恐れ入る。それは君もだろう? 魔に身を落とし生き延びるためにどれだけ人間を殺したんだい? アウタナやフリクテラの大勢の人々は? 君が殺めたんじゃないのか?」


「ああぐ、ぎ……」



 痛みでそろそろ意識がもうろうとしてきた。


 アレハンドロの言葉が何重にも反響して聞こえている気分だ。



「そろそろつらいだろう。救ってあげるよ。君が君でいたくないと思えばいい。全部忘れて幸せになりたいだろう? ミオのように」


「忘れる……?」


「そうさ。君が君であることを放棄すればいい。痛いだろう、苦しいだろう。逃げ道はあるよ」



 忘れるだと?


 アウタナで受けたあの苦痛と悔しさを?


 奴らを焼いたあの記憶を?


 そして手に入れた温かい食事と柔らかなベッド。


 クォートラ、ゾフ、ツォーネの事。


 キエルの事……。


 エルク―ロ様や……レイメの事を?



「ッ嫌だ……嫌だ! この記憶は私のものだ! これをなくしたら私じゃいられなくなる!」


「君をやめてしまおうよ。楽になれるよ」


「あ、ぐぐぁあああああっ!」



 アレハンドロが私の髪を掴み上げ、もう片方の手で腹部に指を食いこませてきた。想像を絶する痛みが再度襲い来て私はついにこの痛みから逃げたいと、一瞬そう思ってしまった。


 その刹那。


 歌が、響いてきた。


 ミオの歌だった。


 その歌が聞こえてきた瞬間、アレハンドロは確かに小さく舌打ちをした。


 そしてゆっくり私の事を床に放ると懐から何かを取り出した。



「……やれやれ、気まぐれな歌姫にも困ったものだ。彼女の歌を悲鳴と嬌声で汚すのは忍びない。今日はこれまでとしようか。後でシアを迎えに寄越すから、それまではここにいたまえ」



 そう言いながらアレハンドロは取り出した注射器で私に何かを投与する。するとすぐに全身の痛みが引いてくるのが分かった。解毒剤か。


 私は息も絶え絶えになり涎と涙塗れの顔を上げて去っていくアレハンドロの背中を睨み、呪詛を吐いた。


 扉が閉まる。鍵はかけられていないようだが、私はすぐに動けずに暫く地面に転がっていた。大理石の床が冷たい。



(助、かった……)



 私は安堵とともに瞼を閉じ、意識を失った。







 いくらか時間が経ち、私は扉が開く音で目を覚ました。


 またアレハンドロがやってきたのかと思ったが、目の前に居たのはシアだった。


 シアはおずおずとした様子で、私の前に立つ。そうか、確か迎えをよこすと言っていたから、シアに担がれでもしてミオのところへ戻るのだろう。私は床に倒れたままふう、と安堵の息を吐いた。


 アレハンドロの拷問がまた始まると思って身構えた自分が情けなくなった。しかしあの痛みは確かに拷問としては恐ろしいものだ。痛みから逃れられるなら、全てを手放してもいいとさえ思わせる代物。危なかった。


 さあ、早く運ぶなりなんなりしてくれ。いまは自分で動ける気力がない。


 そう眼だけでシアに訴えてみれば、シアはばつの悪そうな顔で言った。



「ぼくがきらいになった?」


「ぁ……?」



 まるで怒られるのを怖がる子供のような顔で、シアはそう言ったのだ。あの暗殺者が? ゾフを手玉に取り背中を切り裂いたコイツが、何を言う。


 私はあの時と同じく大っ嫌いだ、と言ってやりたかった。しかし、あの時とは違う考えが頭をよぎったのだ。


 シアもうまく使えば利用できるかもしれない、と。


 アレハンドロの命令には忠実なようだが、不思議なことに私に敵意はないらしい。まして、好きになってほしいだのとのたまう程だ。あの戦闘力を有していても、内面的には年相応というわけか。暗殺者として育てられたならば心などどこかに置き忘れているものではないかと、フィクションの子供暗殺者のイメージでは思っていたが。


 どうやらアレハンドロは情操教育はしっかりしていたらしい。殊勝なことだ。コレクションとはよく言う。


 しかしそれが私に有為に働くなら、利用させてもらう。


 即ち、シアの心を奪う。



「お前は悪くないよ、シア。嫌いじゃない」



 だから私はそう言ってやったのだ。シアの顔が見る間に明るくなる。年頃の少年のままだ。



「ほんとう? きらいになってない?」


「ああ。だけど私はいますごく疲れてて、自分じゃ立てないんだ。ゆっくり運んでくれないか? ここは、冷たい」


「わかった! えっと、ココット!」



 ……なれなれしいガキめ。


 そう心では思いつつ、身体を支えられる。そして、おんぶでもするのかと思えばシアはひょいと私を抱えた。


 そう、お姫様抱っこだ。



「おい……」


「ん?」


「……恥ずかしい」



 流石の私でも少年にお姫様抱っこをされるなど羞恥心が湧き出てきたのでか細い声でそう訴えれば、シアはにこりと笑ってそのまま私を抱えて部屋を出た。


 どうせおろしてもらえないのだろうなと察し、私は静かに目を閉じた。



 心の内では、わずかな恥じらいとともに、暗い決意を固める。


 ……魔族の助けは当てにしてはいけない。


 私は何を勘違いしていたんだ。


 これまで、自分の力で何かをしたつもりで、誰かの助けを待ってばかりだった。助けてもらってばかりだった。それでこの状況に陥ってみれば無力か。笑えない。


 生きるのに必要なのはいつだって自分の力。何としても、私はここから自力で脱出しなくてはならない。


 とはいえ私は非力。故にこの場にあるものを使い、脱出する。



 シア、お前はその第一号だ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ