#54 潜む殺意
「待ってくれ!」
話を終え、長屋を出たばかりの折。流石に眠気が回ってきていた所へレコが背後から叫んできた。
眠気眼をこすりながら私たちは振り返る。
後を追うように扉を開けた姿勢で何かを覚悟したような瞳のレコと、付きのゴブリン達が集まり私たちを見ていた。
「あんた達、ルイカーナを落とすんだろう……? 俺達にも手伝わせてくれ……!」
その言葉、予想していなかったわけではなかった。
先の話。悪魔の相を持つ者に脱走を企てた仲間の殆どが殺されたという話。クォートラ達は与太話と切って捨てた話だった。私も正直信じられたものではなかった。私のように子供の、悪魔の相を持った人間が自分たちを半壊させた……レコはそう語った。だからレコは私を仇の仲間と認識していたのだと。
話を聞いた私は、キエルの父……セグンのような猛者ならともかく私のような子供の悪魔が、武器を持たなかったとはいえ魔族を殺せるものかと私も流石に呆れが先に来てしまった。
しかも、たった一人だというではないか。錯乱か、興奮のし過ぎか、幻覚でも見たんだろうとゾフも笑っていたな。
だがレコの表情からはとても眉唾な話とは思えない鬼気迫る何かがあり、それを感じ取った私は少なくとも連中に戦意があることは認めていた。だから、協力の申し出が来るとは踏んでいた。私の腕を斬ったゴブリンも含め、レコは形式上は謝罪もしてきていたし。
だが、私は眉根を寄せて、目を細めながらレコをじっとりと睨んだ。
「戦力が増えるのは歓迎する所だが、扱えない狂犬を使うわけには行かない」
レコはぐっと歯噛みするが、事実だ。戦闘中に謀反を起こされてはたまらんし、そうでないにせよいう事を聞かない手駒などごめん被る。
憎悪ばかり先走り、目的を果たせないのは愚の骨頂。感情のままに暴走されては、と。
……エルクーロ様も、私を見るときこんな気持ちだったのだろうか。
だから、私を行軍させることに反対していたのだろうな。私が憎悪のままに暴走するのでは、と。エルクーロ様は真面目なお方だから作戦遂行に支障があると危惧したのだろうと、ふと思った。
だけど、エルクーロ様に食事に誘って頂けた時、私が行軍を決めた時のあのエルクーロ様の表情だけは、未だに分からない。
私は苦笑する。まあ、私はレコとは違う。同じ憎悪を糧とする者同士ではあるから胸中は知って余りはある。だが、そんなものに同情する気はない。
他人の復讐のせいで、この私の復讐が躓くなどあってはならないのだから。
故に、私が欲しいのは駒であり、同胞ではない。そういった意味を込めて言葉を紡いだ。
だからレコらも配下には加えず、放っておこうとしたのだが。
「俺はルイカーナの城に入る裏道を知っている……その情報と引き換えだ……悪くない筈だ」
そういったレコの言葉で私は足を止めた。
「何?」
あの城に入る方法を知っている、と。
先のルイカーナ潜入においてどうやってもわからなかったあの城への侵入経路。どうしたものかとあぐねていたのは事実。
故に、レコの言葉が本当か嘘かはひとまず置いておいて、興味をそそる言葉だった。
「……続けろ」
レコは頷いた。
「あの街の地下には水路のようなものが張り巡らされていて、水源として利用したりしている。もちろん城の地下にも伸びている。だが魔物も住みつくから定期的に掃討が行われていて警備もある。通常は潜入には使えない」
「それで?」
「だが、通常の水路とは別に、古くて汚水を流すのにしか使われていないものがある。長く奴隷をやっていた仲間の魔族が、長い時間をかけてそこへつながる隠し通路を作っていたのを教えてもらって、脱出して来た」
ふむ、と私は鼻を鳴らした。チープな話だ。捕らわれの身の上、脱獄の為に通路を自ら作るとは。途方もない時間がかかったろうに。
どこかで聞きかじった物語めいた脱出劇に思わず苦笑しかけたが、現に脱出して来ているらしい以上眉唾でもあるまい。
一度出られて、且つ隠し通路であるならば侵入にも使えそうだが、脱出に使ったことが発覚していれば警備も置かれているか塞がれているだろう。その当たりも含めて聞かねばならないか。
レコの話を有益と判断した私は作戦に組み込む余地ありとして詳細を聞くことと決めた。
しかし、不安要素は拭えない。それも、細かいものが複数ある。
私はその中から最も分かりやすいものをレコに投げかけた。
「だがいいのか? 命からがら逃げ出した敵の居城に舞い戻る事になる」
「構わないさ。ウラガクナ様に手土産の一つでも持っていかねば無様にも捕まっていた間抜けの身の上、申し訳が立たねえ。なにより、同胞の仇を討てるチャンスならば、行かない理由はかけらほどもない!」
宵闇の中レコは真っ直ぐに私を見て、はち切れんばかりに感情が込められた燃えるような赤い瞳を突き付けて来た。
♢
ココットがクォートラとゾフに守られ、村へと戻ってきた後。
あのウェアウルフを連れて会議用の長屋に入る際、私は戻っていろ、と言われました。
私は妙に重い足取りで、ココットが寝床にしている長屋までの道のりを歩きながら、もやもやとした気持ちでいたのです。
……ココットが夜起き出した音で目が覚めれば、丁度出かけるのか上着を羽織ったココットに寝ていろとだけ言われました。
ルイカーナから帰ってきて、疲れ切った顔色をして早々に寝床に入ったはずのココットが、夜更けに出歩くのは妙だなと思って。
そして、ルイカーナで彼女が見せたあの表情と怒りの様子。
ココットは、私があの魔狼を気遣った事に怒ったのでしょうか。なんでかは、わかりません。ただ、私の役割はその時確かに、彼女の思うものではなかったのでしょう。
話に聞いたココットの境遇。彼女が人間を憎む理由。
家畜のような扱いを受けて、殺されかけ、唯一守ってくれた母を失った事。それが彼女の復讐の理由。
私だって、彼女に父を奪われたのに。
そう、確かに考えてしまう自分も居ます。
でも……私の中には憎悪だけではない、別の気持ちが浮かんできていて……それがどうしようもなくわからなくて、認めたくなくて。
そんな気持ちでいたものだから、出かけて行ったココットがどうしても気になって。私の見張りか、ココットの護衛なのか、近くの魔剣士にココットを追っていいかを尋ねたのです。
勿論一蹴されましたが、私はココットの使用人でもあり、所有物だから、と。ココットのそばに常についているように言われている、と。不本意ながらそう言いくるめるように言えば、魔剣士は迷ったようなそぶりの後黙って顔を背けました。
それを許可と受け取った私は、ココットの後を追ったのです。
家屋を出てすぐに、ココットの行先は分かりました。
大きなオークが、ゴブリンに囲まれながら話していたのです。ココットは水浴びに行った、と。
私はオークの身振り手振りから水浴びができる泉の場所を察して、向かいました。何度か魔族に呼び止められそうになりましたが、後でどうとでも説明できるはずとして、半ば無理やり歩き去りました。
村を出て暗い森を進み、茂みを抜けて水音が聞こえて……そして、楽しそうな……本当に、楽しそうなココットの笑い声が聞こえて。
泉に辿り着いて私が見たのは、月下の水面に白く踊る、本当に妖精のような……ココットの姿でした。
あんなにおぞましいとされてきて、私もその習いで嫌悪していたあの白い髪さえ、弾ける飛沫に照り返す月明かりに目映く翻り、その細く白い華奢な体と、普段の顔とは違う、純粋に楽しむ子供のような笑みを浮かべてはしゃぐ表情は……私の心をかき乱しました。
――――綺麗、と。
彼女は、仇なのに。
人を大勢殺す、悪魔なのに。
どうして私は、踊る彼女から目が離せないのだろう。
と、突然ココットが背後に倒れるように水面に沈みました。私は焦りましたが、すぐにぷかりと浮いて来たので安心しました。
そして、彼女が無事だったことに安心などをした自分に、また困惑したのです。
だからか、一糸まとわぬ姿で水面を漂う彼女から目を背けるように、踵を返そうと思って……がさりと音を立ててしまったのです。
はっとしてココットを見れば、彼女と目があいました。彼女の私的な姿を盗み見たような形からよくわからない言い訳をして、問答をして。
そして、ゴブリンが現れて……ココットの部下かと思って。それでも違って。襲われて。
……彼女は私を庇って怪我をした。
どうして彼女は、あんなことをしたのだろう。
そう、考えながら歩く足取りはどこか力のない有様だったのです。
と、突然私は声を掛けられます。
驚いてきょろきょろと周囲を見渡しても誰も居ません。
もう一度声を掛けられ、やっと顔を見れば村の家屋の隅の陰から私を呼んでいた人影が目に入りました。
「え、ええと、ルク……さん?」
陰に居たのはルクさんでした。この村の子で、若者がいない中一人で狩りなどの仕事をしていた……と聞いています。
私と目が合ったのを見てルクさんは静かに、というジェスチャーと共に私を手招きしました。魔族はまだ村を闊歩しているのに、抜け出してきたのでしょうか。おずおずと近寄ってみれば急に腕を引かれ物陰に引きずり込まれました。
驚いているとルクさんが真剣なまなざしで私を見ます。
「ねえ、あなたさ……キエル……であってるよね?」
「え? あ、はい」
「よかった。間違ってたらどう謝ろうかと思ってたんだ。だってあなた……あのココットとかいう魔将軍の仲間じゃ……ないよね」
驚きました。ルクさんが発したその言葉。私が魔族の仲間ではない事。
それはもちろんそうです。私は、奴らの仲間なんかじゃない。
私のそんな表情を読み取ったか、ルクさんはふう、とため息をつきました。
「やっぱりなー……そうじゃないかって気がしてたんだ。多分、捕まってて……奴隷みたいな……とか? あ、気は悪くしないでね」
「いえ、そんな……」
正直、嬉しい気持ちがわいてきました。
私の味方が現れた。私を見つけてくれる人が居た。村人たちに魔族の仲間だと思われて冷たい視線を投げかけられて。
居場所が無い様な窮屈さと寂しさを胸に秘めたまま過ごした日々に、ルクさんの言葉はじわりと染み込んできました。
そして、ルクさんは私の肩に手を置き、真剣な表情で続けたのです。
「お願い、力を貸して! みんなを助けたいんだ!」
「え……?」
「ルイカーナが落ちたら村のみんなもどうせ用済みで殺される……! それにルイカーナには村の男たちがいるんだ……一緒に殺されちゃう!」
「で、でも……大人しくしていないとそれこそあなたたちは……!」
ココットが怪しい動きを許すはずがない。見つかればそれこそ皆殺しのはず。
「そんなことをしたらあなたたちは、殺されてしまいますよ……」
今現在今だ犠牲者が出ていないのが不思議なほどなのです。あの子は、フリクテラを落としてゼンビアーノ様のご家族を処刑した。
絶対に、変な動きをしたほうが危ない。あの子は、残酷だから。
目を伏せた私にルクさんは再び肩を掴んできて懇願するような眼で訴えてきました。
「お願い! あなたはココットから信頼されてるんでしょ? 協力して欲しいんだよ!」
「信頼……!? されて、なんか……!」
無い。
どうして信頼などされているように見えたのでしょうか。近くにいるからでしょうか。なら、なおさら違う。
彼女は憎悪の写し鑑として私を身近に置いて居るだけ。
だから、そうだ。私を庇ったのも、所有する鏡が壊れないようにしただけなのだと、思います。
だから、怪我をしてまで私を庇った、だけ。
「……なの、かな」
「え……?」
「いえ、なんでも……それよりどうするつもりなんですか? 協力という事は、何かをするつもりなのですか?」
思わず言葉に出た疑問を誤魔化し、ルクさんに問います。
「ココットがルイカーナを落とせば全部終わってしまう。だから……その前にけりをつける。私の弓をどうにかして持ってきてほしい。あの悪魔は私たちを抑え込んだつもりでいるみたいだけど、私たちは村を守りたいのと同時に、ルイカーナに連れていかれた男たちも守りたい……その覚悟を見誤ってる」
「何を言っているのですか? 弓なんか……まさか何かするつもりですか……?」
「さっき、あいつらが会議しているのを盗み聞きした。ルイカーナを落とすつもりなんだ。だから出発の直後を狙う。あなたには私たちが怪しまれないようにうまくやってほしい」
「待ってください! 狙うって……」
私が思わず大きな声を上げそうになり、ルクさんにすぐ口をふさがれました。ガシャガシャと魔剣士達が歩く音が聞こえます。
魔族の足音が少し離れた頃合いで、ルクさんは私の口から手を放しました。
「まさか、そんな事したって……」
「そんな事じゃない。悪魔は野放しになんかしちゃいけないんだ。ユナイル教の教えは正しかった。私たちが悪魔を斃せば、ルイカーナから援助を受けられる可能性もある」
「そんな……でもココットは貴方達がおとなしくしている限りは安全を保障すると……!」
勝手なことを言っている自覚はありましたし、聞きようによってはココットの肩を持つような発言。
ですが自然と私はそう言っていたのです。おそらくココットは、約束を自分からは破らない。そう、思えたから。
しかしルクさんは耳を貸しません。
「それを信じろって言うの!? 確かに今はまだなにもされてないけど、村には老人や子供しかいないんだ。食料もずいぶん減った。あいつらに奪われているから。このままじゃもたない」
ルクさんからは、焦りが見られました。気持ちは、わかります。
魔族に村を占領されて、それがずっと自分が頑張って守ってきた村だからなのでしょうか。自分が何とかしなくてはという責任感は、魔族に捕まっていた侍女仲間を慰めている時の私も感じました。彼女のそれとは、比べるべくもないかもしれませんが……。
しかしどうにかしなくてはという気持ちが先行しているようにさえみられるルクさんの考えは無茶としか言えませんでした。
何とか落ち着かせて止めなくては、と。私は考えましたが……彼女が語る言葉の節々にあるココットへの侮蔑。
ユナイル教の教えで定められた悪魔の相を持つ者に対する差別意識。人であるとはされず、忌み子とされた者が今自分たちを脅かしていることに対する屈辱の色さえ見て取れたのです。
(……まるで、少し前の私みたいだ)
そう、思ってしまいました。
「村の皆は守る。あの悪魔にはバレてないけど、ルイカーナの騎士たちにもう一度村に来てもらう手筈になってる。あいつが出立して、村にも魔族が残ったとしても、大した数じゃなければやっつけられる。初めて会った時に当てておけばよかったんだ……今度こそ私が……」
まるで鏡でも見ているような錯覚に陥り呆けていた私ですが、ルクさんが眼を細めて、私をじっと見て言った言葉は抑えた声量でもはっきりと私の耳に入ってぎょっとすることとなりました。
彼女は言ったのです。とても小さな、それでいてはっきりとした殺意の込められた言葉で。
かつて私が同じ事を願い、実行しようとした。それをなぞる様に、目の前の彼女は呪いの言葉を口にしました。
――――ココットを殺す、と。




