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#51 そんな目で私を見るな

 



 奴隷市にやってきた私は酷く神経を使う事となった。


 原因はツォーネ達だ。同胞たる魔族が檻に入れられている光景にひどく募りを感じている。魔剣士達は人の姿をしているが怒りに任せて骸骨の姿に変じてしまえば一発で終わり。そのあたりはツォーネに監督させているのだが当のツォーネもこぶしを握り締めてプルプルと震えていた。


 人間、魔族、魔物。様々な種が檻に入れられて競りめいて取引されている。広大な広場で取引される様は魔王城のそれを遥かに超える規模だ。


 美しい奴隷は愛玩用に、屈強な奴隷は労役や護衛に。見世物に近い有様で檻に人が群がっている。


 ステージのようなものまで屋外に設置されており、道化師のような格好の司会者めいた小太りの男が、番号の書かれた札を持たされた美しい女奴隷を鎖でつないで並ばせて、衆人にあれやこれやと謳い文句を垂れている。そして衆人の金持ちどもが番号と値段を口々に叫び始めるのだ。競り、というやつらしい。奴隷オークションなど本当にフィクションでしか聞いたことがなかったが……実際こうして自分の目で見ると胸糞悪い。


 競りに出される奴隷には魔族ももちろん混ざっていた。


 プライドの高い魔族ですらおとなしくいう通りにしているのを見るに相当気をやられているらしい。商品に拷問をしておとなしくさせたのかとも思ったが外傷はなくきれいなものなのでそうでもないようだ。目がうつろになっているところを見るに薬か何かを打たれているのかもしれないと想像がついた。


 奴隷の中にはヴァンパイアも混ざっていた。元々ヴァンパイアは美しい容姿を持つ魔族だ。強力な身体能力さえ御すことが叶えば欲しがるマニアはごまんといるらしい。


 はっとしてツォーネを見れば、その赤い瞳を充血させてステージを睨んでいた。すかさず私は急ぎツォーネの服を引っ張り無理やりしゃがませる。そしてこいつのフードをぐいと深くかぶせた。


 私はツォーネに堪えるように言う。わかっておりますわ、との返事はあったが落ち着いている様子ではない。元々プライドが一躍高いヴァンパイアという種族のツォーネには、魔族が人間の下でモノのように売買されている現状をその眼で見たことによる憤慨は計り知れないのだろう。


 しょうがないな。私だけで行くか。



「ツォーネは市の目立たないところで待っていろ。視察は私だけで行ってくる」


「そんな! わたくしもお傍に……」


「警邏が来ないか見るのも重要な役目だ。ルクとそこの騎士を見張っておけ」



 ツォーネは了承するとルクの腕を捻り乱暴に連れていく。端に向かったのを確認すると私はキエルを小突いた。



「行くぞ。いう通りに歩け」


「わ、わかってます」



 奴隷の檻を眺めながら歩きつつ、私は目を細めた。懐かしい光景だが、おぞましい。魔王城でも奴隷市はたびたび顔を出してはいたが、ルイカーナのそれは趣が違う。


 魔王城での奴隷の扱いは捕囚も兼ねていたとはいえ、こちらは完全にモノ扱いだ。貴族らしい身だしなみの男女がしげしげと檻を眺めては近くの男に値段を交渉している。



「反吐が出るな」



 私は吐き捨てた。


 キエルもこういった場には嫌悪感でも感じているのか、きょろきょろと伏し目がちに周囲を見回している。嫌悪、嫌悪か。



「お前は一丁前にこんな光景を嫌悪するのか? 哀れとでも思うのか?」



 キエルを見上げず、私はそう言った。びくりと肩を震わせた後キエルは私を見た。



「あ、あ、当たり前でしょう……! 人をモノのように売り買いする行為など、嫌悪して当然です……!」


「人以外は嫌悪しないのか?」


「ッ……しますよッ! ま、魔族だって……売り買いされていいものではありません……あんな檻の中で……閉じ込めていいはずがない」



 魔王城で自分も奴隷として檻に閉じ込められ手枷を付けられ、モノ扱いされた経験を暗に私に訴えるようにわなわな震えながら憤慨して見せたキエル。私はそれを少しだけ驚いて、直ぐ鼻で笑った。



「はっ。奴隷商として名高いゼンビアーノに仕えていた癖に」



 何を、とキエルが続ける前に私はきょろきょろと周囲を見渡し、一つの檻を見つけるとキエルを引っ張る。キエルは文句を中断させられ私の手が引くままに歩く。


 やって来たのは一つの魔物の檻。市のはずれにあり、その檻の回りには人が全くいない。


 中を覗けばそれもそのはず。やせ細り、明らかに健康ではない様子の魔狼なる魔物が横たわっていたのだ。


 檻の中はまともに掃除もされていないようで酷いにおいがする。エサ入れもひっくり返っていて、中に入っていた半液状の餌がぶちまけられていた。見れば魔狼の前足の片方に傷があり、乱雑に包帯がまかれただけで血が滲んでいた。



「キエル、お前はこれを見てどう思う?」



 私はじっと魔狼を眺めながらキエルに問う。


 魔狼は横たわったまま、首を少しだけもたげて床に散乱した餌を舐めていた。


 キエルは私と檻の中をなんどか見て、ぎゅっと服の裾を私とつないでいる手と逆の手で握った。



「……痛ましいです。多分、魔物を戦わせる見世物に使われたのでしょう。檻の掃除も手当ても粗雑で……哀れです」


「少し前の私はこれと同じ扱いだった」



 じっと魔狼を見つめながらそういった私に、キエルは驚きの表情で私を見た。



「驚くのか? 鎖でつながれまともに動けず、用を足す場所もない。衣服も無い様なもので、その時私は人ではなかった。世話係は私を虐めたよ。餌入れをひっくり返されて床に散乱した残飯くずを家畜のように食い、腹を壊して檻を汚せば殴られ、蹴られる。……檻と一緒に体に水を掛けられ乱雑に洗われ、体を壊しても薬の一つももらえない」


「っ……そんな……」



 キエルは魔狼の凄惨な扱いを見ながら私の話を聞く。目の前で死を待つだけにすら見えるような環境に居る魔狼を私に置き換えでもしたか、ぎゅうっと私の手を握る手に力がこもったのが分かった。



「お前に分かるか? 何度死にたいと思っても死ねない……。なんで自分がこんな目に遭っているのかもわからない。ただお前たちが悪魔と決めただけで、アウタナ伯の娘の私は家畜に落とされ、やっと外に出たと思えばスラムに捨てられ、挙句の果てにはショーめいた公開処刑で首を刎ねられかけた」



 声量はけして大きくなく。だが、それでも魔狼をじっと見つめたまま語る私の声は、確かにキエルに届く。


 アウタナ伯の令嬢であったという私の生い立ちを聞いて、フリクテラ伯の所に居たらしいキエルは衝撃を受けていた。そして、私が語った私の身に起きた事を聞いて、瞳を揺らせて困惑しているらしい。



「同情か? いまさらそんなもの欲しくないよ。お前が思うのは私に対する身勝手な思いだけでいい。当然だと鼻を鳴らせ。悪魔の私にはそんな経験すら生ぬるいと言ってみろ。お前の役割はそれだ」


「そんな……こと」


「お前は私があの憎悪を忘れないために身近に置いた身勝手な人間だ。役割を全うできなければ必要ない」



 はたから見れば、少女と幼女、並んでお互いの手を繋ぐ仲睦まじい姉妹に見えたかもしれない。だが繋ぐその手の理由は、お互いが望まないものなのだ。


 互いは目を併せず、ただ魔狼を眺めた。


 幾許かの沈黙ののち、キエルが口を開く。



「あなたは、魔族に慕われているように見えました……。それは、復讐を共にする同志だから、ですか……?」



 私は舌打ちをした。何を言い出すかと思えば。



「慕われているかは知らんが、目的を共にする同志ではある。そして、私の目的のための……」



 私が言葉を紡ぐそんな折、だれも寄り付かぬ檻に少女と幼女がそろっていることで興味を惹いたか奴隷商と思しき男が声を掛けて来た。



「珍しい。こんな場所に可憐な少女と……フードの君は……」



 私ははっとして急ぎキエルの後ろに隠れ、ぎゅっと服を握り臆病で人見知りの子供を演じながら髪と瞳を隠す。おどおどするキエルの背中を小突いて「うまく誤魔化せ」という。


 キエルは困ったような顔をした後、奴隷商に向かい合った。



「すみません、人見知りな妹なのです。体が弱く、病気がちなのでこの魔狼に自分を重ねたのか……どうしても見たいと」



 誤魔化しは結構だが余計な事を言ったキエルの背中に舌打ちをした。しかしそんな言い訳は奴隷商の良心にでも訴えられたか、大げさに目元に手をやる動作をした。



「おお、それはすまない。彼はもう長くない命でね、最後に君たちのような子が見に来てくれて嬉しいと思うよ」



 そんなはずないだろう。この魔狼の内にあるのは憎悪だけだ。一度檻から出たならば、すぐさまお前の首を掻ききりに来るだろうよ。


 私は素っ頓狂にして心のこもらぬ一方的な綺麗文句を垂れる男に激しく怒りを覚えた。キエルの服を握る手に力がこもる。キエルがそんな様子を見て困惑しているので適当に切り上げるぞと小声で言う。



 キエルは眉根を寄せた後、男にお辞儀をした。



「わ、私たちはこれで失礼します。あ、あと……その……」


「ん? 何かなお嬢さん」



 何してるさっさと行くぞと目で訴える私をちらりと見た後、キエルは男に言った。



「その魔狼……その、ちゃんとした食事と、治療をしてあげて欲しいんです」



 私と、男はそろって目を丸くした。そしてすぐさま音が鳴るほどに歯を食いしばった私によって、キエルは無理やりに連行された。



 つまらなそうにしていたツォーネの所へ戻ってくると、私は耐えかねてキエルをツォーネ目掛けて突き飛ばした。短い悲鳴と共にツォーネに抱き留められたキエルはわたしをじっと見ている。私は今すぐここでこいつを殺してやりたい衝動を必死に抑えながら、荒い息を吐いている。



「こ、ココット様? どしたんですの?」



 キエルを抱き留め、ついでにさわさわと控えめにまさぐりつつツォーネが私を見ておどおどする。


 魔剣士達も顔を見合わせており、案内役の騎士やルクは私の機嫌が明らかに悪いので怯えないしは警戒の色を見せていた。



 私はなんとか息を整え、胸に手を当てて深呼吸して怒りを抑えようとする。しかし収まりがつかない。


 キエルがあの魔狼を気遣うような発言をした瞬間、私は酷く驚いた。そしてその直後私をちらりと見たあいつの目……あれは、憐れみだった! 


 今更お前に憐れまれるなど。私はその瞬間に頭に恐ろしい勢いで血が上るのが分かった。そして同時に、酷く……動揺してしまったのだ。


 あの目、あの目は……レイメが私を憐れんで向ける目と同じ目だった!


 ふざけるな。お前がそんな目をするな。それはお前の役割じゃない。散々私を悪魔と蔑んだお前が今更彼女と同じ目をするなど、許せたものではない。


 彼女はもういない。だから私は憎しみを持てる。だというのに、あんな目で私をまやかす等と……。



「ココット様」


「っ!」



 再三名を呼ばれ、私はやっと息を整える事が出来た。ツォーネを見ればひどく心配するような顔だ。キエルの肩に置かれた手の指は喉笛を向いており、キエルが何かしたというのであればすぐ殺しますけど、といった様子だった。


 私はふうう、と大きく息を吐いてツォーネを制した。



「取り乱した。……帰るぞ。魔族の奴隷の存在は分かった。街の構造もメモできたし、長居は無用だ」



 私の言葉にツォーネ達が頷き、命じられた騎士がルクと頷きあって歩き始めた。


 その後に続きながら、私は再びキエルの手を握り……小さくつぶやいた。



「二度とあんな目を私に向けるな……お前は……いや……くそっ……」



 言おうとした言葉を飲み込んで、何が何だかと言った様子のキエルから顔を背けた。


 無理やり手を引くように歩き始め、私たちはルイカーナを後にするのだった。





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