#48 居場所のなき者
私は今、ココットが休んでいる家屋の隣の長屋に居ます。
長屋とココットの部屋は扉一枚でつながっていて、ココットのいる部屋の扉の前にはクォートラと、ゾフがいます。ツォーネは、手持無沙汰そうな様子でひっきりなしに歩き回っていました。
私は……長屋に押し込まれたシンの村の人たちと同じように、閉じ込められ、見張られています。
村人たちは身を寄せ合って固まっていました。本当に、老人と子供ばかり……。
見張られているとはいえ、子供たちは老人に囲まれるようにして眠っていました。眠っていた方が、きっと安全なはずです。泣き声など上げようものなら……どうなるか。
私は椅子に座りおとなしくしていましたが、村人たちはココット付きの使用人の私にも恐れや嫌悪といった視線を向けてきました。私がココットの一味だと思われているようです。あの少女……ルク、というらしい子も、老人たちと同じようにずっと起きていて、私たちに警戒の目を向けてきています。
私は、違うと言いたかった。でも、見張られているから、それはできない。
「裏切者……」
老人の一人が小声でそういったのが、私の耳に聞こえました。
はっとして目をやれば、老人たちが憤怒の形相で私を見ていました。
悪魔の手先め。魔族の犬に成り下がったか、と。
彼らの目は、痛烈にそう語っていました。
思わず、たじろぎました。
彼らの私を見る目は、魔族を見る目と……同じだったのです。
「私は……ちが……」
逃げ出したい衝動に駆られるも叶わない状況に、思わず声を零しながら村人たちの私を見る目に耐えられなくなって顔を逸らすと、ちょうどクォートラ達へ視線が向きました。
ゾフと目が合ってしまい、舌打ちをされました。
「おとなしくしてやがれ、人間。お嬢は今お休み中だ」
……私の周りは、敵だらけなんだと思い知りました。
顔を伏せ、身を縮こまらせました。
「雨に降られたのは不運だった。足音は消えたが、姫に風邪でも引かれては大事だからな。あの小さな体では行軍は堪えよう。ゆっくり休んでいただかねば」
「そうさなあ」
「はあ~、一声かけて下さればココット様のお体を温めるためにわたくしがぴっとり添い寝をして差し上げますのに」
「黙ってろ。てめぇも見張りだ」
ゾフに咎められツォーネはむくれながらウロウロと落ち着かない様子です。
私や村人たちの気持ちなどまるでお構いなしに、普段よりは抑えた声で会話をする彼ら。
彼ら恐ろしい魔族は……人間であるココットの体調を気遣っているようです。それが、あまりにも不公平に感じて、腑に落ちなくて。そして純粋に不思議で。村人たちの視線からも逃れるように、つい。
うっかりと、問いかけてしまったのです。
「なぜ貴方達はココットに仕えているのですか……?」
小さく問うた私の言葉に、3隊長の目の色が即座に変わりました。
射殺すような視線が私に突き刺さり、殺意が肌にぴりぴりと感じられました。
思わず小さく悲鳴を上げてしまう程に。
クォートラが私の目の前まで歩いてきました。殺される、と思いました。
「口を慎め……立場を弁えろ……奴隷人間の分際で姫の名を軽々しく口にするな……ッ」
クォートラが鬼の形相で私を睨みながらそう言いました。
その圧力に私は思わず椅子から転げてしまい、床にへたり込んでしまいました。
「姫の言いつけがあるので我々は貴様に例えかすり傷一つでも付けることはできん。しかしゆめ忘れるな。貴様の命など姫の指先一つで消えゆる風前の灯火よ」
クォートラはずいっと顔をへたり込む私に近づけて、牙を見せます。
「貴様は人間。姫と、俺たちの敵だ。姫が一度御命じになられたならば、この俺が貴様のその頭から噛み砕いてやるぞ」
思わず私は体中に氷を押し付けられたように肌寒い感覚を味わいました。屈強な魔族からこの距離で浴びせられる生の殺意。それは私個人にむけられたもの。誰かから自分に殺意を向けられることがこんなに恐ろしいものだったなんて。
口をパクパクとみっともなく開けていると、ゾフが小さく笑ったのが聞こえました。
「は、は。クォートラよ、随分気が立っているじゃねェか」
クォートラはゾフを振り返る事もなく、私を睨んだままです。
「この人間は姫を殺そうとしたと聞いた。警戒して然る」
ツォーネもそのセリフを聞いてゆっくりとこちらに歩み寄って来ました。私があの日ココットに襲い掛かったことは周知のことだそうです。それも、当然だとは思いますが。
クォートラは私にもう口を開くなと言って扉の前に戻りました。
ですが、私は……黙りませんでした。恐ろしい気持ちを必死に抑え、どうしても聞きたいことを聞かなくてはならなかったのです。ココットが命じない限り彼らが私を害さないと言うならば、まだ安全なはずですから。
「こ、ココット……様は、どうして人間の敵に、なったのですか」
すぐさまクォートラが憤怒の形相で睨んできました。しかし手を出されないのであればと私も負けません。
「い、いくら悪魔の相を持った子が忌み子とされていても……あんな小さな子が戦争をするなんて……!」
「黙れと言ったのが聞こえなかったのか」
「ココット様は私に自分で考えろと言ったんです! だから知る必要があります! 私の父や青翼騎士団の皆を殺した理由を!」
クォートラの額に青筋すら浮かび、爪の伸びる屈強な拳はこれでもかと握り締められていました。今すぐにでも私をくびり殺しそうなまでの圧を放ちながらも、必死で抑えているようでした。そんな彼らに、私は勇気を振り絞って問いかけます。
そんな様子に、ゾフが何か納得したような顔で私を見ました。
「随分肝っ玉が据わっているが、思い出したぜ。こいつはフリクテラの領主屋敷に居た、一人だけ怯えを隠して女どもを鼓舞していた奴だ。俺が領主を殺したときに、その場にいた女だ」
ゾフが舌なめずりをしました。同時にツォーネがふうん、と楽しそうに私の体に手を回します。
傷はつけられない筈じゃ、と身をすくめるとツォーネは背後から私を抱くようにくっつき、私の頬に自分の頬をくっつけました。体を洗われた時と同じ嫌悪感で鳥肌が立ちそうでした。魔族に体を触れられるなど。
「そういえばぁ、ココット様から聞きましたわよ。あなた……セグンとか言いましたっけ? あれの娘だとか」
「っ!」
私は思わず瞳だけツォーネに向けました。
「あのクソ騎士野郎には土を付けられましたわ。まったく忌々しい限りでしたのよ。それでも、ココット様のおかげで借りは返せましたし?」
「まさか……」
震える瞳でツォーネを見ていれば、ツォーネは私の頬に長い舌を這わせました。ぞくりとする感覚に耐えながら彼女を睨めば、恐ろしいまでに満面の笑みを浮かべ、言ったのです。
「あなたのお父様を殺したのはわたくしですわ」
予想はしていたその言葉を聞いた瞬間、私の目の奥が熱くなりました。
「――っ! あなたっ……!」
「あはぁ! 怖い怖い!」
するりと私から離れたツォーネはクォートラらに並びます。
お父様を殺めたのが彼女だったなんて……ならば私は、父の仇に体を洗われたんじゃないか!
「あの作戦の指揮はココット様が行っていましたが、実際に戦って殺したのはわたくしですもの。当たり前でしょう? ココット様、か弱いんですのよ? くふふふっ」
揶揄うようにツォーネが笑います。私は涙すら浮かべながらただ睨む事しかできません。
「肉親を奪われて憤慨するか、人間。多少は我らが受けた傷の痛みを思い知れ。そして、貴様が感じる怒りや悲しみなど、俺達のそれと比べるべくもないと知れ」
クォートラ達が一転して真顔になり、私に言いました。
「俺には娘がいた。だが、貴様たち人間によって奪われた。汚らしく卑劣で無情な手口によってな」
「っ……」
「俺達は皆貴様たちに何かを奪われた」
そう重々しく言うクォートラの目には憎悪と、後悔が……見て取れました。
「そして姫も貴様たちによって家畜のような扱いを受けたと伺っている。そして、そんな地獄の日々の中で唯一温もりをくれた母を貴様たちのせいで失ったと。あの小さな体に抱える憎悪を貴様は想像できるか?」
私は、押し黙ってしまいました。
悲しい事があったのは、わかる。あの日ココットを殺さなければと寝室に忍び込んだ時に見た彼女の別の顔。うなされながら、寝言に乗せられた心の声。母を呼ぶ、幼子の姿。
「故に俺は姫を守る。自分だけが被害者などと自惚れるな。貴様の悲しみなど俺達や姫の足元にも及ばん」
私は、私は。
クォートラ達魔族にも。背後の村人達人間にも疎まれるような今の状況になって。
クォートラの声はあまり耳に入らず。ただ、あの悪魔の。
ココットの事を、考えていました。




