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#35 楽しい茶会

 



 私は、ガチガチに緊張していた。


 理由は明白。


 私の目の前には上機嫌な様子で茶器に湯を注いでいるエルクーロ様。


 呼び出しの後、これまでも何度かあったようにエルクーロ様の茶会めいた場にいるわけだ。


 エルクーロは私を呼び出す時必ず紅茶を用意している。紅茶を入れるのが趣味なのは重々承知する所だが、こちらとしては毎度粗相をしないか気が気でないのだ。報告や辞令があるのならばもっとこう、ビジネスライクに済ませたいのが正直だ。


 とはいえ上司からの誘いを無碍にもできず、毎度こうして紅茶の芳しい香りに包まれながらの会話となっている。


 前世で言えば喫茶店での打ち合わせと趣は近いが、正直なところ勘弁願いたかった。


 まあ、それでも今まで通りそういった状況だけならば段々と慣れて来たし、ここまでガッチガチに緊張することもなくなってきていた。だが、今回ばかりは趣が違う。いや、違い過ぎる。


 冷や汗は流れっぱなしで、顔もややうつむき気味。


 心拍は既に激しく胸を打っている。



「どうした? ココット。緊張しているではないか」


「ひゃい」



 突然声を掛けられ、素っ頓狂に返事をする。


 そう、今私に声を掛けた御仁こそ、私の緊張の理由なのだ。


 今、このエルクーロ様の私室では、テーブルを囲んで私、エルクーロ様、そして……魔王様が茶会をしているのだ。



「すまないな。私と紅茶を飲んでくれる者は、この魔王城には少ないのだ」



 思考が顔にでも出ていたか、気を遣うようなエルクーロの言葉に我に返る。


 そして、そりゃそうだろうという言葉が反射で出かかったのをぐっとこらえて不格好な作り笑いをしてみせる。



「い、いえ……私も嫌いではありません」


「ならよかった。緊張をほぐすために振る舞うものなのだが、かえって緊張されることが多くてな。君のように素直に楽しんでくれるのなら甲斐があったという物だ」


「あ、あはは、あは」



 緊張の理由はエルクーロ様に茶を振る舞われていることではなく、にやにやと笑みを浮かべながら私を眺めている魔王様ではあるのだが、触れることもできずに話を併せて作り笑いを浮かべながらただ頷くことしかできない。


 というかエルクーロ様は私が緊張している理由を察してほしい。なんでいつも通りすました顔で紅茶を入れているのだ。


 ただ上司に茶に呼ばれたとはわけが違う。魔王様と同席など。実力主義の魔王軍、それに先のフリクテラ攻略戦後の報告時の出来事を思い出せばカップを取り落としただけで首も一緒に落ちるかもしれないのだ。



「今日はいつもと茶葉が違うんだ。口に合えばいいが」



 味など分かるか。


 緊張でそれどころではない。茶葉より状況がいつもと違うだろう。


 内心で突っ込みつつ、それでも答える必要があるのは変わらないから感想を言わねばと慌てて紅茶を一口飲み、うっかり舌を火傷してしまった。


「熱っ」と小さく悲鳴と共に漏らした私に、エルクーロの顔が真顔になる。


 紅茶の温度とは逆に私の背筋が冷たくなっていくのが分かった。



「だ、だだ大丈夫です! とても美味しいです!」



 だらだらと冷や汗交じりにへらへら笑って見せるがエルクーロの表情は未だ強張っている。


 まずい。上司に出された茶を無碍にするような振る舞いに気を立てているのだろうか。いや、そうに違いない。


 新しい茶葉が手に入ったと喜んでいた折だ。私がそれに水を差してしまった。


 だから茶会など嫌だというのに!


 沈黙。エルクーロ様はがちがちに固まった私をじっとり見ている。


 もうだめだ。私は沈黙に耐え兼ね座ったまま深々と頭を下げた。



「申し訳ございません! せっかく頂いた紅茶の味を理解しようと努めたのですが、とんだ醜態を……!」



 先んじて謝罪。すぐさま謝罪できなかったのは至らない所だ。サラリーマンでなくなり十年以上。大分鈍っている。



「いや、謝罪はいい。それより大丈夫か?」



 エルクーロ様の言葉に怯えながらちらりと顔を上げる。



「舌を火傷したな。水を持ってこよう」


「は、え」


「君の舌には熱すぎたか。すまなかった」



 なぜか謝罪されている。気を使われているのは分かるが私などにそこまで気を遣う立場でもないだろうに、必要性が感じられない。逆に怖い。


 席を立ったエルクーロを見て、魔王様がクク、と笑う。



「エルクーロめ、随分優しいではないか。なあ、ココットよ」


「は、全く持って身に余る恐縮であります……っ」



 紅茶を飲みながら語る魔王様に思わず敬礼をしてしまい、その場面のそぐわなさにまた笑われる。


 読めないお方だ。緊張で体中の水分が冷や汗となって出て行ってしまいそうだ。



「ところで、ツォーネを引き受けたのはどういった理由だ?」



 私はびくりと肩を震わせた。直接聞かれるとは思ってもみなかった。


 しかし魔王様からすれば自分が罰則を与えた相手を横合いから救い出したように見えるのかもしれない。



「は。恐れながらツォーネは戦闘能力に関しては有能であります。腐らせておくにはもったいなく思いました」


「では私の制裁はもったいなかったと?」


「っ……それ、は」



 いかん。言葉を誤ったか。こんな揚げ足取りのような切り返しは想定していなかったわけではないが、あまりに素直すぎる発言に機嫌を損ねたか。



「い、いえ! そうではございません! や、わた、私は……ただ使える人材が何もせずにのうのうと牢獄で怠惰に在るのが魔王軍における損失と……」


「ココット、もういい。魔王様……お戯れは程々に」



 私の決死の取り繕いは水のポットを持って戻って来たエルクーロ様によって中断された。


 諭されるような言葉を受けた魔王様は破顔し声を出して笑い始めた。



「フハハハ! 私が怒られてしまったぞ! 少し意地悪が過ぎたな」


「は……?」


「フハハハ、ツォーネの引き受けに関しては好きにしろと言った筈だ。今更どうこう言うつもりはない。上手く使うがよい」



 揶揄われた……?


 私は全身からどっと汗を拭きだし、一気に体の力が抜けたように感じ背もたれにどさりと寄りかかる。


 それを見てフハハと笑う魔王様。冗談ではない。魔王様の冗談は冗談に聞こえない。どこまで本気かわからない故に生きた心地がしないのだ。


 というかそもそもが、だ。なぜ魔王様がここにいるのだ。とてもでは無いがこうして茶会をともにするような間柄になった身も覚えはない。



「やはりおもしろい娘よ。エルクーロが贔屓にする訳もわかるというものだ」


「すまないなココット。魔王様が同席を望んだのでこのような形と相成った」


「い、いえ。私に気遣いなど無用です」



 言いはするが……魔王様が同席を望んだ? 何故? 


 いや、考えるだけ無駄だろう。読めないお方なのだ。それに、知ったところで意味はあるまい。ひと先ずは魔王様から何か用事があるわけでもないようだが。


 ならば、今すべきことは、茶をすする事でもあたふた怯える事でもない。


 私は軽く深呼吸した後、エルクーロ様に向かい、言う。



「それで、仕事とは一体?」






 ♢






「小国連合……でありますか」


「そうだ。先ほど国境の警備をさせていたハーピー部隊から文が届いた。部隊が小国連合の軍の越境行為を認めたとな」


「小国連合と言えばその名の通り、北方の小国が寄り集まった組織的国家連合……しかしなぜ? ファルトマーレと違い我らと直接的戦争状態にあるわけでもない彼らが我らが土地に踏み入る理由など見当もつきませんが」



 エルクーロ様は紅茶をすすり、頷く。そこで魔王様が口を開いた。



「理由などどうでもよいのだよ、ココット。彼奴らとはいい取引をしているが、それはあくまで互いの芝生を踏まぬ前提だ。我らが土地に踏み入るのならば、芝生を踏みつぶされる前に対処しなくてはならない」


「は、ごもっともかと」



 返事はしたが、それならばなぜ国境警備部隊に越境前に対処させなかったのか? という疑問は浮かんだ。


 が、すぐに魔王様の口から狙いが語られた。



「政治とは面倒でな。敷居をまたいで足をのばしたことを咎めても、上げた足をすぐさま引っ込め芝生を踏んでも居ないのにと文句を垂れる輩もいる。だから一歩くらいは踏ませてやらねばならん」



 成程。あくまで正当防衛の体を作らねば政治的不利を背負い込む事にもなると。前世でも訓練哨戒機や漁船が国境を越えた越えないで散々問題になっていたな。ここはあえて越えさせて正当なる迎撃の形を作るという訳か。



「事の次第は承知しました。越境部隊の規模は?」


「調査中だが、エルクーロ」


「は。ハーピー部隊の報告ではおよそ500名と」


「500?」



 私は思わず聞き返す。


 斥候が茶々を入れにきたなどという数字ではないな。紛れもない先行部隊だ。魔族領内をぐるりと見物でもして帰る気なのだろう。そんな中で不慮の戦闘が起きた場合を想定した頭数だ。



「それは随分と、気合の入った観光客ですな」



 私の言葉に魔王様は頷き、椅子にもたれた。代わりにエルクーロ様が紅茶にミルクを入れながら私を見て言う。



「ついてはココット将軍。君の軍に出撃命令を出す。越境行為を行った小国連合の軍をもてなし、丁重にお帰り願え」



 ……なるほど。仕事を頼むと言われた時は囮行軍の話を期待したが、ファルトマーレとの闘いに横やりを入れられては叶わない。


 小国連合の介入は様子見とあっても阻止すべき案件なのは間違いない。そして、「お帰り願え」という事はつまりこうだろう。


 まだ小国連合と事を構えるつもりはない、と。


 だからこそ、もてなしたうえでお帰り願う。つまりは奴らの越境行為に対する正当なる防衛の体を取りながら、程よく潰して逃げ帰らせろ、ということか。


 大々的に宣戦布告を行っていない小国連合がこの様な偵察めいた行為をするにはおそらく政治的な理由がある。


 そういった辺りは魔王様の管轄だろうから詳しくはわからないが、私にも想像がつくのは正当防衛の体裁が整えば今後の取引に優位に立てるということだろう。消極的な行動をする小国連合はまだ我々魔族との戦争を良しとはしていない。が、激化していくファルトマーレと魔族軍の戦争に、身の振り方でも考えている頃合いだろうか。


 なるほど。ならば与えられた職務は完ぺきに遂行しよう。魔王様直々の任務でもある。成功すればさらなる評価を得る事は間違いない。



「小国連合の動きに今のうちに対応しておきたい。囮行軍作戦は目下準備中である。余計な横やりは入れられたくないのだ」


「成程」


「実は前線の戦況が芳しくない。メーアは奮戦しているがウラガクナが押され気味でな」



 エルクーロ様はため息と共にそう言う。前線に動きがあったのか。確かウラガクナ様は勇者達と睨み合っていたはず。大分長い間戦況は膠着状態だったが、それがここで動きありとは。



「ファルトマーレが本腰を入れて来たと?」


「それもあろうが、動きが妙だ。先のフリクテラ攻略で警戒したならば、前線にここまで注力するのも道理が通らない。そして今回の越境だ。タイミングが良すぎる」


「では小国連合がファルトマーレに加担している……」


「まだ前線からの詳しい報告は受けていないため断定はできんが、敵軍に国籍不明の兵士が混ざり始めたとは聞いている」



 この段階で小国連合がファルトマーレ側につくのは宜しくないが、想定していなかった事態でもないだろうな。


 小国連合は魔族以外の多国籍自治体の寄せ集め。ファルトマーレが魔族によって倒されれば、次は自分たちかもしれないと思うのも道理。であらばファルトマーレと組んで、さっさと魔族を倒してしまおうという腹か。


 魔族が勝利した時を見据えてこちらにすり寄ってくれば可愛げもあったものを。



「結局は人間、ということですか。国家単位となっても、強者にすり寄り己が利益ばかりを考える」


「……ココット将軍、いけるな」



 エルクーロ様が言う。私は座ったままびしりと敬礼をして見せ、答える。



「承知いたしました。軽薄な行動には制裁を。我が領内を跨がんとする不届きな輩には相応の礼を持ってお帰り頂きましょう」



 私の言葉にエルクーロ様も、魔王様も頷いた。



「失礼します。すぐさま支度ののち、出ます」


「よろしい」



 私は高い椅子から多少苦労して降りると、一礼して応接間を去る。


 さあ、どうしてやろうか。本格行軍の前のちょうどいい前菜だ。再編された部隊の試運転にもなる。


 そして何より、憎きファルトマーレに与するというのなら、小国連合とて容赦はしないさ。


 主戦場が押された今囮行軍は出撃が急務。タイミングを逃せば意味をなさない。


 なればこそ。


 私は帽子を被り直し、目深にかぶった帽子の影に赤い瞳を揺らめかせた。











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