#20 話にならない
その後指令所とした領主の部屋の中でいくらか話をした。領主の椅子にふんぞり返るツォーネとの会議は困難を極めた。
「だから、わたくしの軍であれば小細工なんかしなくても正面から突き崩せると言っているのですわ」
ツォーネが語る作戦。フリクテラを落とすための策略。一言でいえば力押しだった。自分に絶対の自信があるのか、ツォーネは突っ込んで蹴散らすという作戦しか持たないようだった。その言葉の節々には明らかなる人間への過小評価と、驕りが見られる。
そうやって過去どれだけ戦果を挙げて来たのかは知らないが、平地でのぶつかり合いならともかく街を落とすという攻城戦のようなシチュエーションで、ただの力押しが通じるとは思えなかった。
最も、それでフリクテラが落ちるのならば話は早いのだが、そう単純な話ではない。
「ツォーネ将軍、此度の戦に我々の軍も加えて頂きたい。街攻めは野戦とは違う。万全を期すべきと考えますが?」
「一切無用。いくらアウタナ落としの傑物とはいえ、人間が率いる軍など信用できないですわあ~」
「それは捨て置いて頂きたいですな」
人間と呼ばれるたびに私の眉根がピクリと動くが無表情を貫き会話を進める。
話を進めるたびに私とツォーネの雰囲気が剣呑なものに変わっていくので、脇に控える魔族たちは気が気ではない様子だ。
来賓用に適当に出されたアウタナ伯の赤ワインを、グラスを揺らして眺めながらツォーネは言う。
「エルクーロ様直々に仰せつかったのはこのわたくし。故にフリクテラ攻略についての全てはわたくしに決定権がありますの」
赤ワイン越しに私を見ながらそう言うツォーネ。私は相も変わらない無表情でその視線に答える。
「だからこうして具申しているのです。恐れながらツォーネ将軍は戦術を侮り過ぎです」
「あら、あらあら、侮って当然ですわ。戦術だのは弱い人間が必死に知恵を凝らした児戯。そして人間など脆弱な烏合の衆。少し撫でるだけで塵になる雑魚ですし? それに、警戒されているとしてもこんなに早くフリクテラを落としにかかるとは人間どもも思ってやがりませんわ」
「速攻に関しては同意ではありますが、考えなしに破れるほど人間の街は脆弱ではない」
「人間だから人間の擁護を?」
「事実を述べているのです。過去アウタナの攻略に時間がかかった理由は戦術の軽視だ」
「小さいくせに五月蠅いですわ。いくら愛らしくても殺したくなる」
紅い爪を弄りながら私を見もせずにぼやくツォーネに、私は何度目かわからないため息をついた。
私が作戦を提案し、ツォーネが一蹴する。そんな形の堂々巡りがしばらく続いた。
「話にならん」
結局討論にもならず、作戦の立案は先の堂々巡りの域を出ず。ツォーネに自分たちがいかに華々しい活躍をし、陥落したフリクテラをどう凱旋するかなどという夢物語を聞かされるに終わった私たちは、指令所をツォーネに明け渡し退室していた。
結局幾度か試みた、後方戦力たる私たちを戦線に加えるという案は悉くが却下された。とはいえこれに関しては予想通りなので別に構わない。有事の際のバックアップに関しては何も言われなかったのでまだ動きようはある。最もツォーネ自身は有事などありえないと言った風だったが。
とりあえず概ね予想通りに話が進んだので、見た目ほどは機嫌も悪くない私だったが、ツォーネが話しながらも私を捕食者のような眼で見て来るのでやっと解放されたという思いはあった。
「はあ。しかしどこも同じなのか、これは」
「お嬢?」
「戦術や戦略の有為性をなぜ理解しようとしないのかということだ」
「そりゃまあ……俺たちだって、お嬢に世話になるまではあれこれ頭なんぞ使わなくても人間どもを潰せるって思ってやしたからね」
ゾフが苦笑いを浮かべる。
(エルクーロ様は職務怠慢だぞ。本人だけ戦術を理解していても意味がないだろうに。まあ、おかげで私はやりやすいのだが)
私は頭の中でエルクーロの教育に呆れつつも感謝をした。ツォーネはあの変な趣味さえなければ扱いやすそうで助かる。
と、廊下を歩きながらクォートラが私に問う。
「姫は、ツォーネ将軍がフリクテラを落とせるとお思いで?」
「あの様子で落とせると思えるわけがないだろう」
アウタナのように中の状況を知っていれば話は別だが、内情や戦力が不明なフリクテラ攻略に際しては、攻城戦のような構図となる今回の戦い、簡単には落とせないだろう。ツォーネの実力が如何程とて、アウタナが落ちたことで警戒されている状況。殊更に苦戦は必至。
フリクテラにアウタナのような鉄壁の城壁はない。しかし、おそらくフリクテラを治める領主は先のアウタナの陥落もあり、マトモな兵力を揃えているだろう。
あの街の攻略は、戦術なくしては成り立たない。しかしツォーネは私の言葉を聞かないし、今回の作戦に私が口出しできるのは何もない。
だがしかし、ツォーネとの対談で有益なものがなかったかと言えばそうでもない。
ツォーネは私の主観でみれば脳筋の阿呆だが、それは魔族全体に言える。故に、私も私の作戦の立てようがあった。
どう動くかわかっている友軍は、駒にしやすいのだから。
「クォートラ、ツォーネ将軍が敗れれば、人間どもはどう出ると思う?」
私は髪を指で弄りながら、隣を歩くクォートラに言う。
「見当もつきませんが、士気は高まるのでは、と」
「その高まった士気でアウタナまで反攻進撃に出るとは?」
「思いませんな。リスクが高いと考えるでしょう。アウタナの堅牢さは我らの知るところでもあります」
「確かにな」
納得したような言葉を漏らすが、その実私の脳裏では、言葉とは裏腹の事を考えていた。
(人間の浅ましさを侮るなよクォートラ。奴らにあるのは欲。だからこそ、釣り人は竿を投げようもある)
私は目を細めながら、フリクテラの領主に思いを馳せる。いつぞや亡きアウタナ伯から聞いた話がここで役立ちそうだ。
私はくすりと笑い、人間どもへの憎悪の炎を今一度滾らせるのだった。




