表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/122

#19 高慢と好色

 







「はぁー、なんですのこの小さいのは」



 広場にて出迎えをした私を見たツォーネ将軍は開口一番そんなことを言った。


 ツォーネは、表すのならば無礼、強気、傲慢。そんなものが服を着て歩いているような、そんな雰囲気だった。


 私と似たような軍用コートめいた装束に身を包み、漆黒の艶やかな膝ほどまである長い黒髪をツインテ―ルに結い上げた少女。


 喋る度にヴァンパイアらしくギザギザとした歯が覗く口。


 強気を最も象徴しそうな目じりのつり上がった瞳は、赤い。


 腰に当てられた手と突っ張られた豊満な胸からは、明らかな自信と、私を見下す感情が伝わる。傍らに控えさせた魔剣士たちを従える様は、女王様といったところか。それにしては整っている顔立ちにあどけなさが残るが。


 私はとりあえず、ツォーネを会った瞬間に「明らかに面倒くさいタイプ」であると認定した。



 出迎えた私に挨拶もなしに遠慮なく近づいてくると、ゆらゆらと揺れるように右から左からと私を眺めるツォーネ。


 挙句くんくんと匂いまで嗅がれる。今日はよく嗅がれる日だ。正直不快極まりないが私は黙って表情も変えずにただただ姿勢よく立っていた。帽子を深く被り、ただただ好きにさせる。



「ツォーネ将軍。よくいらっしゃいました。物資搬入は滞りなく」


「そうでなければ困りますわ」



 ツォーネはにやりと笑う。



「アウタナへの物資搬入と指令所の構築などは、わたくしが優雅に座るためのクッションを用意する仕事。それくらいはこなしていただきませんと」



 完全に馬鹿にしている。確かに私たちが命じられたのはツォーネの前座、そして後釜、且つ縁の下の仕事だ。


 とはいえここまで高飛車だとは。ゾフが嫌う理由もよくわかった。私たちが再建しているアウタナは、粗削りだがそれなりに立派にはなっていると思うが、ツォーネにはどうでもいい風であった。


 しかし今更この程度のセリフや態度でイライラする私ではない。こんなもの、とっくに慣れきっている。懐かしいくらいだ。



「あなた、ココット将軍……でしたわね。エルクーロ様に拾われアウタナを落とした傑物……と聞いてはいましたが、何も感じませんわね」


「過大評価を頂いているだけにすぎません。先達に比べれば私はまだ若輩ですよ」



 私は一切感情のない冷たい無表情のまま語る。元々まともに相手する気などない。あれやこれやと会話したとて、目の前の美少女の姿をした魔族は、私の目的のための道具に過ぎない。



「若輩どころかお子様ではありませんの? それに、この匂い……話は本当だったのですわね」



 ツォーネの表情が暗くなり、その眼は見下すものから侮蔑のものへ。



「人間が魔族の将軍とは、笑わせる」



 言葉と裏腹に全く笑っていないツォーネだが、私は言われると予測していた言葉にため息を漏らした。


 また人間か。やはりか。


 ツォーネの言葉に背後に控えていたクォートラとゾフが半歩前に出た。彼らは私の部下であるが、ツォーネは私と階級的には同格の魔族。つまり。ツォーネが私を殺そうとする可能性すらあったのだ。クォートラとゾフもそれを察知してか私をいつでも守れるように控える。しかし彼らは上級魔族ではあるが、将軍の地位にいるツォーネが本気で私を殺しにかかれば守り切れる自信がないと言っていた。故に、私にとってもこの対談は命がけであった。


 とりあえず数回の会話で何となくツォーネの性格は分かったから、最低限の保身をして、あとは持ち上げる。階級が同じでも私が敬語で話していたのもそのためである。



「恐れながら。ツォーネ将軍。私は魔王様より直々に将軍を任された身。それだけで信用して頂けませんか」


「そのくらいは分かっていますわ」


「流石は聡明なツォーネ将軍でありますな。聞きしに勝る程。ご理解も早くて助かります」


「あら、殊勝な物言いですわね。人間にしてはよくわかっていますわ」



 単純だ。自意識の高い者程、権威の力を知っている。魔王のお墨付きという事を話に出すだけで、その意味は伝わったらしい。


 そして少し自分を持ち上げられれば、鼻高々に機嫌を良くする。分かりやすい高慢様だ。


 少しどうなるかと冷や汗の一つも心の中ではかいたものだが、今後もこの方法で、話が通じる魔族であれば言いくるめられよう。


 さりとて衝突する気も威圧する気もない。私は帽子を取り、胸に当てると礼をする。



「願わくば親密な関係を築きたいものですね。我々はツォーネ将軍のフリクテラ攻略の手助けをしにここにいるのですから」



 にっこりと笑ってそういう。悪い印象は受けまい。営業スマイルというやつだ。前世でも散々やったなと思い出す。


 そして私のこの姿勢は背後のクォートラとゾフに万が一を起こさせないための一手でもある。余裕がある様に見せなくてはならない。


 周囲を戦い前の魔族に囲まれたこの状況でも、貫かねばならない平静。



 と、ツォーネが震えている。はて。



「な……」



 その腕が、拳が強く握りしめられ、わなわなと震える様子に私は一気に背筋が凍った。あれ? 待て。ちょっと待ってくれ。何か失敗したのか。


 失言? 態度? それとも予想以上に話が通じない脳筋だったか? 


 明らかなる異常。先ほどまでの様子とは打って変わってツォーネはぷるぷると声すら震わせている。


 ツォーネに襲い掛かられればまず間違いなく私は死ぬ。絶対に死ぬ。なぜだ。絶対うまくいったと思ったのに!



「あなた……」



 ツォーネがじりじりと私に詰め寄ってくる。


 そしてその両手はがしりと私の頬を掴んだ。



「ひっ」



 急に触れられたことで情けない声が出てしまう。


 同時にクォートラとゾフが武器を抜いた。それに合わせてツォーネの背後にいた魔剣士もその顔を人のものから骸骨へと変じさせ剣を抜く。


 まさしく一触即発。後ろからは姫、だのお嬢から手を放しやがれ、だの二人が叫んでいる。しかし、私とツォーネの二人だけが違う時間の中に居るような、重くべっとりとした感覚に陥っていた私には、二人の声がひどくゆっくりに遠く聞こえる。


 ツォーネの目は血走っており、明らかにまずい雰囲気だ。


 頬に触れているツォーネの白い両手は、とても冷たく感じる。氷を押し付けられているようだった。そしてその圧倒的な膂力は、がっしりと私の頭を固定していた。抵抗などできるはずもなく、私はただどうすれば切り抜けられるかを必死にぐるぐると思案する。


 しかしその思案はツォーネの一言で停止する。



「なんて、愛らしい顔をしていますの」


「……は?」



 聞き間違いかと思ったがツォーネの顔を恐る恐る見上げればどろりと蕩けた表情が目に入った。


 眼はとろんとしており、舐めるような目つきで私を見つめている。



「ツォーネ、将軍……?」


「……あっ」



 ツォーネは私の言葉で我に返ったように手を離すと、こほんと一つ咳をして私から離れた。


 同時に魔剣士も剣を鞘に納め、その姿を人のものへと変える。やれやれといった風の魔剣士の様子から察するに、また始まったとでも言わんばかり。


 クォートラとゾフは未だ武器を抜いたままだが。私はぽかんとしつつ腰が抜けてよろりと倒れそうになる。あわやというところでクォートラに支えられた。



「姫、お怪我は」


「あ、ああ、大事ない」



 クォートラは安堵したように息を吐いた。


 私は小さな体をクォートラに支えられながらもなんとか自力でしかと立つと、改めてツォーネを見やる。


 立ち上がりながら私は先ほどツォーネが発した言葉の意味を必死に考えていた。


 愛らしい顔立ち? 誰が。いや、それは分かる。嬉しくはないが。それよりも何故、の方が問題だ。


 ツォーネはその顔を、白い肌を赤く紅潮させながらちらちらと私を見ている。


 まさか、そういうアレなのか。



「失敬。わたくし可愛い女の子が大好きですの」



 こほんと咳をした後、ツォーネはそう言った。やはりそういう気の持ち主だったか。


 可愛ければ人間でもお構いなしか。ヴァンパイアが女を好む理由など前世のフィクションで語られていたものから適当に推挙すれば概ね想像がつくが、深く触れないでおく。どうせろくなことではない。


 だが、まあ趣味はどうでもいい。私はツォーネの趣味よりも、自分が殺意を持たれたわけではなかったことに安堵した。魔族に自分の意志と無関係に触れられたのはまだ二度目だ。一度目はエルク―ロに頭を撫でられた時だったか。あの時とは違い、すごく怖かった。



「ツォーネ将軍、戯れは程々に。フリクテラ攻略の為の有意義な会話ならいざ知らず、そのような戯言を」


「あら、あらあら、そうでしたわあ~」



 私の中でツォーネへの評価が面倒な奴から気持ち悪い奴に変更された。



「とりあえず、フリクテラ攻略の準備もありますわ。指令所はもうありますわよね? そこでお話ししましょう」


「……そうですね。ご案内しますよ」



 なるべく平静を装いながらツォーネを屋敷へと案内する。歩きながらも背後から視線を感じたが、私は帽子を深く被りなおして無視することとした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ