表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/122

#118 迷い断つ槍

 










 戦場はカオスの様相を醸す。


 私は戦場の中に在ってひたすらに目を動かし聖剣の姿を探す。


 奴は未だに現れない。虎の子という訳か? 舐められたものだ!


 聞こえるのは咆哮、絶叫。そして剣戟の音と鎧が擦れる音。風の音さえ掻き消すほどの喧騒と雑踏。我が軍とバルタ兵どもの正面切っての衝突を一歩引いたところから眺める私は戦の空気を肌で感じていた。


 唸り声が、悲鳴が、一つ上がるたびに命が消えていく。



 構図はあの時と同じ。


 ゾフがデオニオと切り結び、ツォーネがレーヴェ達を相手取る。


 魔族とバルタ兵たちはそれを囲むような形で混戦していた。ドラゴニュート達によって投下されるロックボム。誤爆を恐れ数は少なくとも空中からの爆撃は効果絶大。初手の接触から此処まで我が軍は優勢の勢いを見せていた。だが、私の表情は険しいままだった。


 我ら魔族軍は初手の攻防を押し切り旧市街の入り口を抜けたところまで進んだ。だが違和感があった。これは押し込んだのではなく引き込まれたのだとすぐに理解できた。


 バルタの兵どもは平野の防衛陣が取るべくした戦術同様、我々が押し込んだだけ引き下がり、残りが左右へ展開し包囲する腹積もりだ。



「膠着……いや、不利だな」



 私は唇に指をあて笑いながらそう呟いた。








 ♢










 不利を悟ったココットは戦いの推移を冷静に予見していた。


 戦場全体に動きあり。防衛陣が機能を取り戻し始めていたのだ。左翼に回した魔族達はチックベル率いるハーピー部隊と、()()()()()のおかげで良く粘っているが、右翼に当たった銃士隊はいくら銃があったと言えど数に圧し負け既に半壊。突破した右翼のバルタ兵たちはすぐさま反転しココットの追撃を開始していた。


 バルタに未だこれだけの兵がいたのはココットにとって想定のうちではあったが、予想した中でも苦戦必至の状況であった。


 このままでは後方兵力に回す戦力が足りないのは明白であり、ココットの軍主力はいずれ包囲され数で押し切られる。右翼の連中が中央に合流してしまえば飲み込まれる。


 ココットはもはや後ろを気にする余裕を失ったことを自覚していた。




 右翼の指揮を任されていた指揮官は剣を振りながら魔馬を駆り、全力で中央を抜けたココット達の追撃に向かっていた。



「追撃! 追撃しろォ! ココットを大門に行かせるなァ!」



 ココットの囮部隊の持っていた謎の筒によりそれなりに打撃は受けたが、まだ軍としての機能は健在なほどに兵力は残っている。


 刹那。ココットの背後から進んでいた右翼軍の中央が切り裂かれた。


 何事かと指揮官が背後を振り返る。


 上がる血飛沫。吹き飛ぶ手足。何かが我らが軍を一直線に食い荒らしている。


 蜥蜴めいた影や4足の獣の姿。魔物が突如として自軍に乱入し好き放題に暴れている。こんな時に辺境の魔物の群れが襲い来たというのか。


 いや、違う。あまりにも種が入り混じりすぎている。これはただの群れではないと指揮官は悟る。


 そして対処指示を下そうとして、闇夜の中兵たちの中で暴れ狂う、巨大な影を見た。


 その姿は恐ろしくも気高く。雄々しく繁った鬣は闇夜の中に在ってなお爛々と輝くようで。隻腕ながらもそれを感じさせぬほどの機敏な動きと一撃で騎士甲冑を砕き裂くその剛力。


 誰が見ても一目でわかる存在。過去このエルサレアの大地に根付いた多くの国家、名家が紋章を象った魔物の王。


 その存在を理解した指揮官はその顔を青ざめさせ、全身の毛穴から汗を拭きだしながら悲鳴めいて叫んだ。



「魔獅子だとぉッ!!?」



 草原の王。おおらかなトグーヴァ。


 前足を一本失いながらも数多くの魔物を率いて人間どもの群れに穴をあけていた。


 此処から先へは誰一人として生かして進ませることはないと言わんばかりに。







 ♢









 旧市街の戦いもまた徐々に変化の兆しが見えてきた。押されている。


 私を狙って放たれた矢や、向かって来る兵士達は護衛として付くツォーネの配下の選りすぐりの魔剣士達が対処しているが、狙われる頻度は増えてきた。包囲が完成してきている。


 想定外は良き事も悪い事も起き放題だ。正直ここまでバルタ兵相手に手間取る予定ではなかった。聖剣の勇者抜きにもかかわらず、だ。


 そして未だに陽動にかかった敵防衛陣の兵もまた姿を見せない。囮部隊がこれほど持ちこたえてくれるとは。チックベルには感謝するばかりだ。


 しかして我々の戦況は徐々に不利となっていっている。


 いかな防衛陣をすり抜けたとしても、バルタ兵の数は我々を上回っている。新市街の防備を捨て、全ての兵力をこの戦場に投入したと見た。


 そして予備兵力であり戦意と経験はともかく練度はあるバルタ兵に対してこちらの兵は先の戦の傷が癒え切らない状態。


 こちらの兵一人に対して三人の敵を相手する状態。魔族達は徐々に倒され、地面に伏した。


 だがそれでも魔族達は勇猛果敢にバルタ兵に突貫していく。その様にデオニオは一抹の疑問を浮かべていた。



「随分士気旺盛なようだが、自殺志願者の集まりか貴様らは!」


「死だと? ……くだらない。たかが死じゃないか」



 私はデオニオにそう言い返す。ゾフとの鍔迫り合いから距離を取り、息を吐いたデオニオが私達を睨む。


 私の眼前には屍と為った魔族達が多く映った。犠牲者はどんどん増えていく。



「狂ったか、ココット! 戦況は我らが優位に進んでいる事は貴様ならばわかるだろうに、それでも部下に死を命じると言うのか! 愚将のすることだぞ!」



 挑発なのか、あるいは。なんにせよそんなデオニオの言葉に、私はおかしくなって笑ってしまった。


 私の笑い声に怪訝な顔を見せたデオニオを見ながら、ひとしきり笑った後に私は表情を冷徹なものへと戻す。デオニオが言った言葉はまったくもって的外れだ。確かに私は愚将ではあるが、敗北はしない。この状況も予想通りなのだから。


 私はゆっくり息を吸い、何かを手繰るように片手を前に突き出し……黒い手袋に包まれた指を交差しパチンと弾いた。


 刹那、次々と立ち上がる魔族達。


 首が半分取れかかっているゴブリン、臓腑がはみ出たオーク。目に生気がないままに、彼らは次々と立ち上がった。



「我々は……死など恐れない」



 そして私の言葉と共に起き上がった彼らは恐るべき機敏さでバルタ兵たちに襲い掛かっていったのだ。得物を用いていた者たちですらそれを投げ捨て、ただただ爪と牙を以て。


 唐突なる復活に兵士たちは目を丸くし、反射的に襲い来た魔族に剣を突き出した。それは深々と彼らの身体を貫くが……それだけだった。


 剣を体にうずめながらも、腕を伸ばしたオークの指が兵士の身体を掴み、引き寄せる。そして大口を開け、その首筋に深々とかぶりついた。チェインメイルごと噛み潰された首から鮮血が舞い、兵士が悲鳴を上げた。


 心臓を刺されても、腕を斬り飛ばされても、蘇った魔族達は止まらない。その姿はまさしく不死身の兵士。まるで再びレブナントを相手にしているようだと前回アンドレオの軍と戦った経験の豊富な兵士は思っただろうか。


 しかしその姿はレブナントの不死性とは根本的に異なる。


 レブナントは心臓が二つあり死ににくいだけだ。だがこの魔族達は違う。確実に死んでいるのに蘇った。


 バルタ兵達の脳裏にあの出来事が蘇る。


 元々新市街の予備兵力であった彼らにとって直接鎮圧にあたった因縁浅からぬ出来事。即ち、悪魔の相の蘇り。


 目の前の魔族達の様子はあの時の少年少女らに酷似……いや、そのものだったのだ。


 デオニオははっとして私を睨み、軽蔑の目でもって叫んだ。



「まさか……外道めがッ! 己の部下に寄生させたのかッ! リビングデッドをッ!」



 ああ、そうとも。この場の魔族全てにリビングデッドを仕込んでいる。死すれば再び蘇る兵によって、数的劣勢は帳消しとなる。まして精神的な打撃も大きい。バルタ兵たちはやっとの思いで倒した魔族が蘇るもので皆怯んでいる。こんなに効果覿面なのに、使わない手はないだろうが。


 勿論ゾフとツォーネには仕込んではいない。こいつらがもしリビングデッドになり果てでもしたら手が付けられないからな。暴走したリビングデッドの始末も含め、彼らには仕込まずに置いた。


 この作戦を語った時、初めはひどく反発を買った。特にゾフとツォーネ、クォートラの反発はすさまじかった。だが、私の覚悟で説き伏せ、承諾させた。リビングデッドの危険性、魔物を統率できるトグーヴァも居らず、居たとしてもコントロールは不可能な低知能の魔物を作戦の核に使うなど。新市街で振りまいた時とはまるで違う、あくまで軍勢の一部として使う事への懸念を訴えられた。


 それに、部下にリビングデッドを使うなどと言う外道な行いも非難の対象と言えばそうだろう。とはいえ、彼らが怒ったのはひとえに私の身を案じての事だったのだが。


 私の身の危険については、一蹴した。私の安全などはどうでもよかった。それに、私は……リビングデッドについてそれなりに詳しくなっていた。取り扱いには慣れたものだ。


 リビングデッドは知性をほぼ持たず、本能のままに生者を襲う魔物。だがその習性については養殖に際した観察で理解していた。


 即ち、リビングデッドは苗床に適した生き物を狙う際、より死にやすく殺しやすい生き物を優先して狙うという事だ。


 その優先順位として魔族より人間の方が弱く脆い。いつぞや墓場で出会ったリビングデッドが魔族達を無視して一直線に私を狙ってきたのもその習性による。故に、蘇った魔族達はバルタ兵を襲い始める。




 勿論この習性などはある程度魔物に精通していれば知っていて然る。


 だからデオニオは驚愕していた。


 この場において最も脆く弱く、死にやすい生き物をリビングデッドたちは狙わずに、自分たちに襲い掛かってくる。


 つまるところ、リビングデッド達はもっとも脆弱な生物……()()()()()()()()バルタ兵どもに襲い掛かっているのだ。




 すぐ脇を抜けていくリビングデッドの背中を見送りながら、私は悠然と笑う。


 そう、私はリビングデッドを養殖する過程である事に気づいていたのだ。世にほぼ知れ渡ることのないリビングデッドの習性を。リビングデッドの解剖から生餌を使った実験まで色々やった甲斐があったなあ。


 私はにやにやと笑みを絶やさず、馬上からバルタ兵に襲い掛かるリビングデッドを眺めていた。


 トリックは存在しているとしても、他者から見れば死者さえも手駒とし操って見せる幼女の姿に、バルタ兵たちは恐怖していた。




 デオニオは苦悶の表情で歯ぎしりをしていた。左翼に回ったはずのバルタ兵達がこの場に現れないのが不思議と言った顔だな。いや、もう理解しているか。


 私の想像通り案山子ばかりの囮相手に伝令を出す余裕もないのかとデオニオは訝しんでいたが、タネはこれかと考えていた。左翼に向かった魔族にも、リビングデッドが仕込まれていたのだろうと想像したろう。そしてそれは当たりだ。



 リビングデッドと化した魔族達はバルタ兵の喉元に食いつき、屍にまたリビングデッドの幼体を植え付け同胞へと変貌させる。殺されたバルタ兵は蘇ってこの私の尖兵となり、バルタ兵に襲い掛かった。


 襲い来る人魔混在のリビングデッドを斬り捨てながら、デオニオは焦りと理解の出来なさを覆い隠すように私に叫ぶ。



「どういう絡繰りだ……死霊術士でも気取って見せるか、ココットォ!」


「死霊術士……ああ、詐欺師のことか。あんなものと一緒にしないで欲しいなあ。心外だよ、とても」



 私が襲われないトリックには勿論種がある。仕組みは単純なんだが、効果は覿面だな。実際やってみると拍子抜けるほどにリビングデッドは私を認識しない。いや、認識しているが無視している。


 まあ、ただ私を襲う優先順位を下げただけなのだがな。これもリビングデッドの簡単な習性を利用しているだけだが……説明してやるお人好しではない。理解不能のまま殺してやる。



「慌てるな! たかがリビングデッドだ! 本体を斬り捨てればよい! 無理な者は手足を狙い動きを封じろ!」



 ゾフの大斧の攻撃を息を切らして受けきりながらデオニオは叫んだ。



「レーヴェ! ココットをやれ! どういう絡繰りだろうが連中の頭を取れば状況は一変する!」


「……はッ!」



 レーヴェは一瞬デオニオとココットを交互に見やると、ぐっと歯を食いしばって頷いた。


 だが、駆け出そうとしたレーヴェの前にツォーネが立ちはだかる。



「させませんけどねぇ!」



 レーヴェもすぐにたたらを踏んで立ち止まり改めて長剣を構える。



「この私を前にココット様を狙う? はッ! 笑わせてくれますが……できねえことを吠えるのが人間ですし? まずわたくしを殺してみやがっては?」



 ツォーネはレーヴェをココットの下へ行かせる気などさらさらない。自分を無視して主の下へ向かおうなどとは笑止千万。侮られたものだと憤慨し額に青筋さえ浮かべていた。だがそれでも表情はあくまで冷静を装い、溶岩のように煮えたぎる胸の内の怒りをレーヴェに対する刺すような視線に乗せて突撃槍をくるりと回した後、構えた。



「最も、わたくしに殺されない事前提ではありますが……もちろんわたくしが殺すので不可能ですわね。ええ、殺しますとも。殺してやるさ。ココット様の為、ミオの為。てめえらをブッッッ殺してえ理由なんざ溢れ出るほどにあるんだからなァッ!」



 ツォーネは怒鳴りながら突撃槍を突き出すように構え、漆黒の髪をはためかせながらレーヴェめがけて疾駆する。レーヴェは額から汗を流しながら迎撃の構えを取り、襲い来る元魔将軍のヴァンパイアを睨む。


 その様子に殊更に殺意を煮えたぎらせたツォーネは裂帛の表情を以て吠えた。てめえら全員あの世で懺悔しやがれ。その為にすぐに送ってやるぞと。


 槍を構え、ツォーネはギザギザの歯の並ぶ口を大きく開き、レーヴェめがけて殺意を吠えた。



「死ねやらァアッ!!」








 ♢










 旧市街入り口での戦闘の模様は、その音のみでもってして大門の拠点に知らされる。


 剣戟や咆哮に交じってバルタ兵たちの悲鳴が多く聞こえるようになったことを、この場に居たものは気づいていた。はじめは優勢に思えた戦の音。だが今は何かが起こり、戦況に変化があった。詳細が送られてこないほどの混戦か、あるいは。


 フォルトナは手すりを握りしめながら戦場に目をやる。しかし平野はともかく旧市街での戦いは家屋が邪魔で視界に捉えることはできない。


 デオニオとレーヴェが揃って出て行ったのだからすぐに敗北することはないはずだが、この不穏な空気は何なのかとフォルトナは直感とでも言うべき感性で言いようのない気持ち悪さを覚えていた。


 それにデオニオ達が勝ってしまえばその場でココットを処刑する筈だ。このままここで指を咥えているわけには、いかない。



「キエルさん、やはり僕は行きます」


「フォルトナさん……?」


「このままではよくない。よくないんだ。全部が悪い方へと進んでしまう。その前に僕が止めなければいけない。バルタだけではないよ。君や、君の語るココットも……皆が不幸になる戦いを僕は許せない」



 フォルトナは隣のキエルにまっすぐな瞳でそう告げると、聖剣の鞘を掴みベルトを締めなおす。そしてマントを翻して振り返り、ぽかんとした顔の教皇に向かい合うと深々とお辞儀をした。



「教皇様、お傍を離れることをお許しください」


「はっ……何を言っているのです!? 離れる!? では誰があの悪魔から私の身を守ると言うのですか!」



 フォルトナは何も言わず、すぐに跳躍し櫓から飛び降りると、繋いであった馬に跨って駆けて行ってしまった。



「ちょっ、待ちなさっ……勇者よ!」



 慌てふためく教皇を尻目に、キエルはフォルトナの背中を見送っていた。


 恋人であった聖女の妹であるココットと彼が出会った時、運命はどう動くのか。


 キエルはただそれだけを胸の内で考え、祈るように両手を組んで目を閉じた。


 願わくばどうか、誰も死なない結末でありますように、と。











 ♢










「性懲りもなくココット様ココット様っててめえらはァァッ! 自分勝手な生き物だよなあ人間ってやつはさァァッ!」



 ツォーネの突撃槍がレーヴェの胸当てを掠める。レーヴェは歯を食いしばり躱しざまに体を捻って体重を乗せた横薙ぎの剣を振るうも、ツォーネはこれを一歩も動かずに受け止める。鍔迫り合いの構図に一瞬でもなったかと思えば、すかさずツォーネはそのギザギザの歯をレーヴェの首筋に立てようとして、慌てたレーヴェが距離を取る。


 そして再び両者は互いへ疾駆し、剣戟の応報が再開される。


 激しく打ち合うツォーネとレーヴェ。


 先の戦いの傷のせいでツォーネの動きは悪いが、それでも尚レーヴェを圧倒する。気迫、執念。まさしくそれが傷の痛みを無視する精神力をツォーネに与えていた。


 対してレーヴェには迷いがある。受け手に回れば即敗北に繋がるヴァンパイアの猛攻に、レーヴェは息を切らしながらなんとか凌いでいた。


 これではココットの所へ辿り着くことなどできない。なんとかしてツォーネを下さなくてはとレーヴェは歯噛みする。ちらりと目を向ければデオニオもゾフと一進一退の攻防を繰り広げている。ゾフの身体に撒かれた痛々しい包帯からは血が滲んでさえいて、明らかに満足な状態ではないにも関わらず押し切れないのはツォーネと同じ。


 一体何がここまで魔族を駆り立てるのか。やはりあのココットなのかとレーヴェはツォーネの肩越しに見えるココットを睨んだ。


 何故、あんなやつのために命を張れる。憎くてたまらない。仲間を平然と捨て駒にするような……あんな、聖女様を殺したあいつなんかに。



「どこ見てんですのよッ!」


「ううッ!」



 ひと際激しい一撃がレーヴェを襲う。ツォーネの突撃槍の叩きおろしを受けるが、骨にひびが入ったかのような衝撃が走った。


 痛みに顔をしかめながらレーヴェは飛び下がるが、疲労が激しく剣を地面に突き刺し大きく息を吐いた。


 くるくると突撃槍を回し、切っ先をレーヴェに向けたまま構えるツォーネの直線上に居るココット。



「あの方を見ないでくださる? キレそうになりますわ。いやもうブチギレてますけれど」



 レーヴェはツォーネを見て悔しがる。なんでそんなに怒っている。あんな、あんなやつのために。


 ……憎いから、か。


 私は聖女様を殺された憎しみで戦っている。だが彼らも……ツォーネも。


 そしてその憎しみの理由は? 暗殺者によって誰かが殺されたから? 


 レーヴェはそこまで考えてもう一度ココットを見る。


 そしてその冷たい目の奥の感情にやっと気づいて、拳を握りしめた。あの目は冷ややかな怒り。憎悪。そしてその奥にあるのは悲しみだと、気づいてしまった。



「……本当に、先に裏切ったのは我々の方だとでも言うのか……?」








 ♢









 目が、合った。


 ツォーネと打ち合っていたレーヴェが私を見ていた。睨んでいるように見えて、そうでもない顔だ。戦いの最中にあんな迷っているような顔をするのか、バルタの騎士は。


 私はあくまで冷たい瞳で奴を眺める。



「ツォーネ、さっさと殺せ」


「了解ですわ」



 ツォーネに命じ、彼女は突撃槍を激しく回転させながらレーヴェに向かって歩いて行った。


 片手を痛めていてなおツォーネはレーヴェを圧倒している。これならば押し切れる。さっさと仕留めてもらうとしよう。



 が。


 戦場に不釣り合いな素っ頓狂な悲鳴。


 私とレーヴェは同時にそちらへ顔を向けた。


 そこではリビングデッドと化したオークと……その先に居る女と子供。難民……?まだこんなところに居たのか。


 のろまな奴もいたものだと思ってよく見れば、廃墟の影に潰れたテントがあり、女の身体は半分その布に埋まっていた。瓦礫にでも潰されたのかと思ったがそうでもないようだ。あの女はどうやら足が悪い。土気色の足に包帯がまいてある。ずっとテントの中から動けずに逃げられなかったか。であればあの子供は……娘か?


 懸命に母親をテントから引っ張り出そうとして、そこへリビングデッドが迫っていく。


 別段気に留めるほどの事でもないかと思った私だが、リビングデッドが迫っていきもはや逃げられない状況が明白になった頃。娘が母親を庇うようにリビングデッドの前に立ち、両手を広げた。


 馬鹿か。立ち向かえるものか。


 呆れながらその様を見守っていたが、次第に妙な気分になってきた。



 涙目になりながら必死に母を守ろうとする娘と……自分はもう助からないから娘にしきりに逃げろと叫ぶ母親。


 なんだこの、気持ちは。


 胸がチクリと痛む。



「やめて! 娘には手を出さないで! 早く逃げるのよ!」


「お母さんを置いてなんか行かない! 絶対、絶対置いて行かない!」



 互いをかばい合う親子。リビングデッドはじりじりとそんな親子に迫っていく。その姿をぼうっと眺めて、私は胸が締め付けられる感覚を覚えた。


 ……そうか、過去の自分に重ねているんだ。私は。そして、後悔している。


 私はあんな風にレイメを守ろうとすることさえできなかった。ただただ守られ、そして……死なせてしまった。死ぬべきは私だった。レイメではなく。私が彼女を守ろうと少しでもしていたなら。あの親子のように、出来ていたのなら……。



 と、ついにリビングデッドの千切れかかった太い腕が娘に伸び、母親が悲鳴を上げ娘はぎゅっと目を閉じた。


 私はそれを見て反射的に手を伸ばした。



「やめッ……」


「やめろォォーーッ!!」



 叫び声。はっとしてみればレーヴェが吠えながらすさまじい速度でリビングデッドに疾駆し、瞬く間にその躯体を粉々に切り刻んだ。


 リビングデッドの千切れ飛んだ肉片がぼとぼとと落下する様を背に、レーヴェは娘の前に立つ。


 そして何か言葉を交わした後、兵士を二人呼びつけて母親を担がせた。そして心配そうに寄り添う娘と共に戦場から姿を消した。


 そんな様を……私と、ツォーネまでもがぽかんとした顔で眺めていた。




 レーヴェは親子を見送った後、少しだけ俯いて長剣の柄に力を込めた。



「……そうだ。こんな、庇護されるべき民が命を脅かされてはいけない。民を守ろうとしたのが聖女様なんだ。見捨てるなんてできない。そして、殺そうとする者を許す事も出来ない」



 レーヴェはゆっくりと振り返り、キッと鋭い目を私とツォーネに向けた。



「迷うな私……どういう理由があれここは戦場で敵同士。恨みつらみはその先の事だ。私は聖女様の騎士であるが故にッ……!」



 そして眉根を潜めたツォーネが地面をける前に、レーヴェが先に突貫した。


 疾駆の勢いそのままにツォーネの左側より剣閃が襲い掛かる。ツォーネは隻眼を少しだけ見開き、左手の突撃槍でこれを防いで、左腕に奔った痛みに顔をしかめた。



「この剣を執ったんだッ!」



 ツォーネが僅かに体勢を崩す。続けざまに襲い掛かるレーヴェは今度はツォーネの右手側に回り込む。


 そして繰り出される一撃。ツォーネは防御が僅かに遅れたことで完全に攻撃を受け流せずに再びよろめいた。



「てんめッ……このッ……」



 ツォーネは舌打ちし、大きく回転するように突撃槍を薙ぐ。だがレーヴェは必ずツォーネの右手側になるように避け、また攻撃を加える。


 動きが変わった。迷いがない。


 迷いなく、ツォーネの弱みとなる部分を突いている。ツォーネは左腕を痛めており、力が籠めにくい。そして隻眼であるツォーネは右側に死角を持つ。


 それは戦う者にとっては敵の弱点を突くとして当然であり、まして隻眼相手には有効で、常識的な戦い方だ。だがそれをこれまでレーヴェは行っていなかった。それが迷いが故であったのだとして、今のレーヴェにはそれがない。



 私は眉根を潜める。レーヴェの顔が先ほどまでとまるで違う。戦場で思い悩む馬鹿の顔から騎士然としたものになっている。


 その忌々しい変化により、ツォーネは己の身体の不甲斐なさに憤慨しながら翻弄され、形勢が逆転し始めていた。


 ツォーネは吠えると、一挙に地面に突撃槍を突き立て、激しい衝撃波を巻き起こした。


 私は飛んでくる砂ぼこりから目を守り、口に入った小石をぺっと吐き出した。



 ツォーネが荒い息を吐きながらレーヴェを睨む。


 レーヴェは先の一撃でツォーネから距離を取らざるを得なかったが、長剣を構えたまま静かに呼吸を整えていた。


 そして澄んだ眼光を以て私を睨んでいた。




「私は迷っていたんだ……お前たちの言っていることが正しくて、私たちが間違っていたのかもしれないと! 聖女様の思いを踏みにじったのはお前たちではなく我々なのかと!」


「はあ……?」


「だがお前たちは人に害なす存在だ! どんな理由があれ、民を傷つけることは許せない!」


「何を言うかと思えば身勝手な事を! 元はと言えば貴様らがッ」


「それでも私は聖女様の騎士、聖歌隊の副隊長だ!」



 私の発言を斬り捨ててレーヴェは再びツォーネと打ち合う。


 そして、レーヴェの言葉に感化されたか弱腰になっていた兵士たちも口々に己を鼓舞する言葉を吐き始める。


 聖女様の為に。聖女様の為の戦いを、と。



 なんと忌々しい言葉か。


 聖女がなんだ。あんな女を称えあんな女の為に私の前に立ちはだかるのか!


 私は髪を掻き毟り、耳を塞いで歯をぎりぎりと鳴らした。



「やめろ……やめろ……! あんな女の事を私の前で言うなッ! あんな、裏切者の事をッ!」



 慟哭めいて私は吐き捨てるが、兵士も騎士も口々に聖女様のためにと叫んで果敢に戦う。


 耳障りだ。胸の中がぐちゃぐちゃにざわつく。不快だ。不愉快だ。ツォーネ、何をしてる。早くそいつらを黙らせてくれ。




 私を一目見たツォーネも異変を察知したかギザギザの歯を見せて唸り、レーヴェを下さんと槍を振るうが、やはりレーヴェの弱点を突いてくる戦いに決めきれない。


 だがツォーネはついに吠えると、地面に突撃槍を深く突き刺す。それは今しがた振るわれたレーヴェの剣戟を防ぎ、はっとしたレーヴェのその髪を空いた手がつかみ取った。そしてそのまま痛みに顔をしかめるレーヴェを投げ飛ばした。


 いくらかの髪が引きちぎれ、レーヴェは廃墟の壁に激しく背中を打ち付け口から血を吐いた。


 激しく咳き込みながらゆっくりと立ち上がったレーヴェの足は震えていて。ダメージの深さが伺える。


 根本的な戦闘力でツォーネはレーヴェの上を行く。それでも奴はその目に宿った闘志を消してはいなかった。



「不愉快な目をまだするのか……もういい。その目は嫌いだ……ツォーネェェッ! そいつを早く私の前から消せッ!」



 叫んだ私。ツォーネは地面に突き立った突撃槍を引き抜くと二振りの槍を構え、レーヴェに疾駆しようと足に力を入れた。



 と、突然聖歌隊の数少ない生き残りの騎士達がツォーネに向かって突貫する。


 はっとしたツォーネが舌打ちをしてこれをすぐさま迎撃。何人かが突撃槍で刺し穿たれるが、それでも勢いは止まらない。


 腹部に突き立った突撃槍を抑え込む者があり、続くように逃がすまいとしてツォーネに次々と掴みかかる。


「こいつらッ……!?」


 ツォーネは異変を感じ取った。


 己が傷つくことを厭わず。聖歌隊の生き残りの騎士たちは次々にツォーネに掴みかかる。その腰に抱き着き、腕を抱え込む。


 ただ、動きを止めるという一点の目的でもって彼らは命を捨てていた。


 そんな決死の行動は確かにツォーネの動きを封じ、その場に釘付けにすることに成功していた。



「お前たち……ッ」


「レーヴェ殿! この魔族は我々がッ! あの魔将軍を……聖女様の仇をどうかァ!」


「邪魔をッ……くそッ、クソがァッ! 離しやがれカスゴミ共がァアアッ!!」



 ツォーネの戦いに異変を感じたゾフが顔を向け、表情を変える。突破されたのかと。そこに愚弄の感情は無い。ツォーネとて本気も本気。下手をうったのであれば人間どもの覚悟の賜物。


 故に焦りと心配の感情の織り交ざりを叫ぶ。



「おいッ! ツォーネッ! ぬぐッ!?」


「どこへも行かせはせんぞ!」



 ゾフがツォーネの援護に向かおうとしてデオニオに阻まれたのが見えた。


 ――――まずい。




「……私はァぁあッ!!」




 一直線に向かってくるレーヴェ。迎撃にと魔剣士達が向かうが恐ろしき勢いで突っ込んでくるレーヴェに斬り捨てられる。なんだこの強さは。こいつはここまで強くは無かったはずだ。いかん、これはよくない。


 私とレーヴェを隔てる手駒はまだいる。だが、止められる気がしない。レーヴェは私だけを見て、群がってくる魔剣士を斬り捨て、または躱しながら恐ろしい勢いで向かってきている。


 ツォーネが突破されたのが想定外だ。私は背後で魔馬を手繰っていた同乗の魔剣士にも迎撃を命じる。魔剣士はレーヴェに向かい、剣を振るう。選りすぐりの魔剣士の剣技、まともに躱せるわけはないのだが、レーヴェはこの剣の一撃をあえて片手を犠牲にして受けたのだ。篭手が粉砕され骨が砕けてなお、レーヴェは止まらない。


 剣を受けた後すぐに跳躍し、魔剣士の肩を踏みつけ再跳躍。抜けられた。なんだこの覚悟と気迫は。


 私ははっとして懐から銃を取り出そうとするが間に合わず。馬上へ飛び掛かるように突っ込んできたレーヴェに肩を掴まれ、そのまま落馬し地面にまで押し倒された。



「けはッ!?」



 背中を地面に強く打ち、肺の空気が吐き出た。


 土の地面であった事が功を奏したか幸いにもどこかを痛めはしなかったらしく急ぎ立ち上がろうとして、身を起こそうとしたところで胸を踏みつけられ再び地面に背中を打ち付けた。


 再び痛みに声を上げながら目を向ければ、私の事を踏みつけて抑えるレーヴェが私の真上に映ったのだ。


 その目にある明確な殺意と、明らかに命を握られている絶体絶命の状況に、私は息を飲んだ。



「ココット様ァア!」



 緊迫した意識の中で、ツォーネの絶叫が聞こえた。









 ♢








『レーヴェ、今私の指に止まっているものが見えますか?』



 クーシャルナはそう言いながら自分を見て笑った。



『はい。蝶々が羽を休めていますね。美しい藍色の羽をしていますよ』


『まあ! それはさぞ美しいのでしょうね』



 いつの日かあの縦穴の底の泉でレーヴェと聖女クーシャルナはそんな会話をした。



 レーヴェは、過去の記憶を思い出していた。


 何故戦いの中でこんな記憶をリフレインさせたのかはわからない。


 だが唐突に脳裏によぎったのだ。聖女と過ごした記憶。


 10年も前からレーヴェは聖歌隊の見習いとして、そして年の近い聖女の警護役として身近にいた。


 盲目であり、そして教皇派から疎まれていた聖女クーシャルナは昔からずっと幽閉に近い扱いを受けていた。


 だからレーヴェだけが、年の近い女友達として聖女と騎士以上に信頼しあっていた……まさに友人であったのだ。



『私は皆が平和になる世界を作りたい。この目で見ることは叶わなくとも。だってそれが、私が聖女に選ばれた理由なのかもしれないと思えるんですよ』


『貴女ならできます。不肖ながらこのレーヴェもお力添えをお傍でさせていただければ』


『嬉しいです、レーヴェ。貴女のようなお友達がいて私は幸せ者ですよ……きゃあっ』



 あの時は路傍の石に躓いたクーシャルナが顔から地面に転び、慌てて駆け寄ってみれば鼻血を垂らしながら笑っていたのだったか。


 どこか抜けていて、それでいて底抜けに優しいクーシャルナは危なっかしかった。よく転ぶし、目を離すとすぐにいなくなる。


 女だてらに騎士と為った事でレーヴェの心にあった孤独は、クーシャルナと過ごすことで緩和されていた。


 彼女の事は大好きだった。



『私には母の記憶がないのです。物心ついた時には此処に居ました。だけど寂しくないんですよ! レーヴェが居ますし、最近お友達も増えましたから! 小さくて可愛い、女の子なんですよ。なんだか本当の妹みたいで、家族になれたらって……あ、もちろんレーヴェはもう家族のようなものですからね! えへへ』



 最近そんな話もしていた。今思えばそれがココットの事だったのだろう。出兵の直前の会話だったと思う。


 そんな彼女は死んだ。殺された。手を差し伸べた相手に裏切られて。


 そんな仇を前に、レーヴェは生殺与奪の権利を握っている。


 聖女を殺された時も多くの聖歌隊の騎士のおかげで逃げ出してこれた。そして今も、彼らの決死の覚悟でもってココットの命に剣が届かんとしている。



 だというのに、レーヴェは聖女の今際の言葉を思い出してしまったのだ。



『ココッ……トを……憎まないであげて……くだ、さい……』



(憎むなとはどういうことなのですか。この悪魔は貴女を裏切り殺したのに。覚悟だって決めたはずだ! 私は騎士であり、民を守る剣。聖女様だって民の平和を常に願っていた。だからこれは、ココットを撃ち滅ぼすことは聖女様の想いを継ぐことではないのですか……!)



 そう考えて雑念を振り払おうとする。この期に及んでまた私は迷いなどを。


 だが、もしも。


 あのキエルの言葉。デオニオの違和感。暗殺者の存在。


 もしも、先に裏切ったのが我々だったとしたならば。


 心当たりは多くあった。教皇は聖女を疎んじていたのは知っていた。そして何かを隠しているデオニオの様子。ココットに従う魔族達の怒りと悲しみ。相対して分かる。あれも何かを失った者達の目だと。




 レーヴェは震える瞳を眼下に向け、構えた剣を眺めながら瞳を見開き恐怖か悔しさか……何とも言えない表情で自分を見上げる小さな幼女の姿を見る。


 やっぱり、クーシャルナ様にどうしようもなく似ている。


 この子を狂わせたのは我々人間なのですか、クーシャルナ様。貴女はこの娘と本当に心を通わせていたのですか。


 この娘を殺してしまえば、自分の気は晴れる。しかしクーシャルナ様、貴女は私をお叱りになりますでしょうね。


 ならば貴女に報いる方法として、この……私の復讐は……何の意味も無い誤った道なのですか……?


 レーヴェの胸の内で答えを求め懇願するように紡がれた問いに、クーシャルナの記憶は何も……何も答えてはくれなかった。







 ♢









 冷や汗が鼻筋に沿って顎まで達する感覚。呼吸さえできぬまま、見開いた瞳で私はレーヴェを見上げていた。目に映るのは私の胸に向けられた長剣の切っ先。そしてレーヴェの苦悶するような表情。


 レーヴェは剣を振りかぶったまま私を見下ろし硬直。なんだ、どうした。なぜ剣を振り下ろさない。


 私が荒い息を吐きながら何事かと疑問を覚えた頃合い。レーヴェは目を閉じ深く息を吐いた。そして、ゆっくりと構えた剣を下ろしたのだ。



「クーシャルナ様……私はッ」



 そして泣きそうなほどに顔を歪めて呟いた。


 その刹那、その胸に突撃槍が深々と突き立つ。私を踏みつけていたレーヴェは横合いから恐ろしい勢いで疾駆したツォーネの槍に貫かれ、そのまま私の視界から凄まじい勢いで消えた後、右の方の壁に激突音が聞こえた。


 私がはっとして見やれば瓦礫を粉砕しぱらぱらと石片が舞い散る中、荒い息をしたツォーネが壁に突き立った槍の柄を握って支えにしながら肩を上下させていた。



「はぁっ、はぁっ……クソアマが……」



 私は驚き見開かれた瞳でツォーネと、先ほどまでツォーネが居たはずの場所を交互に見る。ツォーネを捕まえていた聖歌隊の騎士たちは、一人残らず死体となっていた。


 ツォーネは大きく息を吐いた後すぐに私を振り向き、心配そうな顔をする。



「ココット様、ご無事ですの!?」


「あ、ああ……」



 返事を返し、レーヴェを見やる。


 レーヴェは、胸の中央を突撃槍に穿たれたまま壁に張り付けになっており、既にその目に生気はなかった。口から血を零し、息絶えていた。



「レーヴェ……! 不甲斐ない奴めッ」



 怒声が聞こえた。


 見れば今しがたゾフを剣圧で吹き飛ばしたデオニオが憤怒の表情で死体となったレーヴェを睨んでいた。まるで使えない道具が壊れたとしか思っていないような、軽蔑の目をしていた。




 私は駆け寄ってきたツォーネに支えられてすぐに立ち上がると、装束についた土ぼこりを払った。


 そんな私を守るように魔剣士が集まって来て前に立つ。ツォーネも私のすぐ前に立ち、槍を構えた。


 デオニオも騎士を招集し隊列を立て直す。リビングデッドに対処しながら、仕切りなおすつもりか。


 レーヴェが死んだことで均衡は崩れた。今や我々が圧倒的に有利。バルタの連中に生じた綻び。作戦は次のステップに移行できるはず。


 私はレーヴェに襲い掛かられた際に自分が思っていた以上に狼狽し、心臓の鼓動が早くなっていたことを認めた。それに苛立ちはしたが、もう奴は死んだ。荒い呼吸を整え、冷静に頭を切り替える。


 そしてデオニオを睨みつけ、次は貴様の番だと言わんばかりに赤い瞳を揺らめかせる。





 だが。





 戦場に馬の嘶き。白い馬を駆る何者かが唐突に戦場に割って入った。


 そして先行していたリビングデッドの群れを馬上から薙ぎ払ったのだ。眩いばかりの白い剣を以て。


 一瞬、戦場の時が止まったような錯覚を覚えた。そしてその止まった時の中でその馬だけが動いているような。


 直後、リビングデッドを吹き飛ばした剣圧によって巻き起こった風が吹き荒れた。私は両手で顔を守り、目を閉じ耐えた。


 暴風めいた衝撃波の音が耳をつんざく中、私は戦場に響いた言葉を聞き逃さなかった。



「なぜ来た、聖剣ッ!」



 聖剣。聖剣といったか。


 デオニオが発した驚きの入り混じる叫び。


 その声を聴いた瞬間に私はすぐさま目を見開き、体をがくんと折り曲げ、ぐるりと眼球を動かし聖剣と思しき男の姿を捉えた。


 黒髪の無造作な髪の毛先に朱が入った中性的な顔立ちの青年。クーが言っていた通りの外見。白馬に跨り戦場に現れたその青年は並の騎士とは一線を画す雰囲気を醸している。


 間違いない。聖剣の勇者フォルトナだ。


 そう理解した瞬間、私は口の端をニィと引き上げて抑えられない昂りのままに笑みを浮かべた。



「来たァ……♡」







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ココットからの、そして初めての♡頂きましたッ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ