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#114 貴方の前ではせめて笑顔で

 






「ココット」



 カチャカチャと銀食器の音だけが響いていた豪奢な食堂の隅の席。


 名を呼ばれた私は食器を操る手を止め、テーブルに置かれた料理から対面に坐する彼へと顔を向けた。



「はい、エルクーロ様」



 エルクーロ様は料理をつつく手を止め、じっと私を見ていた。




 私は今、魔王城に居る。


 エルクーロ様の手を取った後すぐに彼の一団と共に魔王城へと単身帰還したのだ。


 我が軍の面々はすぐに動かせない状態であったため一先ずはルイカーナにて治療を受けている。ゾフや、ツォーネもクォートラと共にルイカーナに居た。


 ……そんな状況で私だけがこの場に居ることに思うところがない訳ではない。


 しかし、私は安心していた。


 エルクーロ様が居てくれる。魔王城に戻ってもう数日。


 エルクーロ様は職務の傍ら、ずっと私を傍に置いた。気を遣ってくれているのだと思う。


 そんな彼に甘えるように私はここ数日軍務と言う軍務を全く行わずに傷病兵という名目で彼と共に過ごした。


 卑怯者、臆病者。無責任な自分を苛むもう一人の自分の首を絞め続け、黙らせてきた。


 もう、十分やった。それで無理だった。


 だから私は弱い自分を認め、受け入れ、彼の庇護の下全てから目を背けて生きる事を考え始めていたのだから。



「此処の食事を覚えているか? 初めて君と外食をした場所だ」


「はい。席も同じだったと記憶しています」


「そうだ。あの時も君は私が選んだ食事を摂っていた。自分で頼んでもよいのだぞ」


「……いえ、貴方の選んだものなら間違いはないかと」


「まあ、いい」



 エルクーロ様はそう言って再び食器を手に持った。


 この場所は覚えている。エルクーロ様に連れられて食事をした食堂。


 あの時はエルクーロ様に対し恐れと畏怖と、どう利用してやろうかという事ばかり考えていた。


 だが今は、彼と共にいることに安息を覚えている。


 問題は多々あるのだが……。



 先ほどから周囲の視線が私に向いているのは感じていた。


 場を同じくして食事をする魔族達は、エルクーロ様とのんびり食事を摂っている私に良い目を向けない。


 当然と言えば当然だ。


 魔王様からの命令、それはバルタを落とす事。


 囮行軍と言う大役を任され戦意向上のため催されたパレードで盛大に送り出された私が、おめおめと逃げ帰って来てのうのうと食事をしているのだから。


 バルタ攻略の命令をエルクーロ様は魔王様に直訴し撤回させた。


 たかが人間のためにそこまでするものかと、他の魔族達はエルクーロ様にも疑問を持った。


 細々とした陰口が聞こえる。聞こえてくる陰口のすべては私に向けられたもので、不満はあれどもエルクーロ様の事をいう者はいない。それでもエルクーロ様にも聞こえているのか先ほどから表情が険しい。


 しかし何も言わないのを見るに彼らにも一理あるという事だ。





 食事を終え、静かに店を後にして街中を歩く。



「次は私の部屋で静かに食事を摂ろう」



 そう言ったエルクーロ様に私は短く「はい」とだけ答えた。


 魔族が行き交う街中。


 そこでも私は陰口に曝された。


 足早に歩くエルク―ロ様の後ろを付いて、軍施設の前までたどり着くまでさらし者のような扱いだった。


 だが、私は不満を言うつもりはない。


 言うつもりは、決してない。



「今は辛いだろうが耐えてくれ。皆の鬱憤も戦争が終われば晴れる」


「辛くなどありませんよ」



 私は笑顔でそう言い、驚いた顔のエルクーロ様を見上げた。



「エルクーロ様がいれば大丈夫でしょう?」



 そんな私の言葉に、彼は再び驚き、わずかに口を開けた。


 そして少しだけ笑って、目を閉じた。



「ツォーネを檻から出した時にも同じことを言われたな」


「そうでありましたか?」


「君は私を恐れないのだな」



 微笑みながらそう言ったエルクーロ様の言葉から嬉しさのような感情を確かに感じた私は首を傾げた。


 恐れ、恐れか。以前は感じていた。エルクーロ様は生物として私と格が違う生き物だ。あっという間に命を摘まれてもおかしくない存在を前にして恐怖しない生き物はいないだろう。


 だが、そのような存在が己の庇護者であれば話は違う。心強さと安心を得るだけだ。


 そういえば、トグーヴァと心を通わせた時も似たような感覚だった。信頼と安堵。庇護者の強さはトグーヴァをも凌ぐエルクーロ様のお傍に居られるというのに恐れなどあろうものか。まして庇護者にそのような感情を持つはずがない。


 だからか、エルクーロ様の言葉が少しおかしくて、私はかしげた首を戻すと小さく笑った。



「何故笑う」



 不思議がるエルクーロ様に私は「申し訳ございません、つい」と述べた。


 かつてならば不敬の極みとして震えあがっていただろうに、私は有ろうことか殊更に笑みを堪え切れなくなった。


 自らを恐れないものを不思議がる。それでいて仄かに嬉しさを感じているような様子にふと、私は有り得ない思いを浮かべた。


 可愛いところもあるのだな、と。



「エルクーロ様。貴方はもっと怖い方だと思っていました」


「……そう思う根拠は?」


「私がいつからか貴方に恐れではない感情を抱くようになったから……と言う理由では曖昧でしょうか」



 口に手を当て必死に笑みを隠しながらそう言えば、エルクーロ様は咳ばらいを一つした。


 そして何とも言えない表情をしながら肩を落とした。



「……そういう言い方は誤解を生むぞ」


「そうでしょうか……あっ、まっ……そうですね……」



 指摘されて確かにと改まる。


 すっと出てしまった言葉ではあったが、まるで告白のような言葉だ。遠回しにあなたが好きですと言っているようなもの。


 私は口籠ったままもじもじと体を揺らす。そんな私をエルクーロ様は不思議そうに見るが、私は否定も肯定もせずにただ目をそらして唇をすぼめた。




 その後私はエルクーロ様の後について魔王城に駐留している軍の視察を行った。


 といっても本当に私はくっついて回っただけであり、職務は全てエルクーロ様が行った。


 ただただ私を一人にしないための配慮なのだろうと察しはついた。私の部下は全てルイカーナにあり、チックベル達もそれなりに自由にしているらしいとは言え私に構いっきりという訳にも行くまい。


 ならばなおさらエルクーロ様がずっと私に付き添う事こそ違和感があったが、傷病兵と言う扱いの私の監督と言う名目らしい。


 私の身の安全を考えれば有難いどころの話ではない。


 私を想ってくれている存在がまだ身近にいる事。それは壊れかけの私の心を確かに支えている。


 宿舎の中に入り仕事をしているエルクーロ様を扉の外で待ちながら、私は自分の頬を両手で抑えた。


 女子のような思いを浮かべた自分が恥ずかしくなり覆った顔。奇しくもその所作さえ、生娘めいたものであろうに。


 本当に私は、都合がいい人間だ。



「よく笑うようになったな」



 突然そんな言葉が聞こえて私は面食らう。


 見れば宿舎の中から出てきたエルクーロ様が、壁に背もたれてもじもじしていた私を見ていた。


 急ぎ姿勢を正した私だが、顔がなんだか熱い。恥ずかしいところを見られたと思った。



「やはり、小さな悪魔と言えどもそのように恥じらうのだな」


「も、申し訳ございません!」


「何故謝る。愛いと思ったが」


「か、揶揄わないで下さいと申し上げたはずです……」



 上目遣いでエルクーロ様を少し睨んでみる。


 彼はそこでやっとくすりと声を出して笑った。



「揶揄ってなどいない。本心だ」



 笑顔を見せてそう言った彼とは対照的に、私は白い肌をやや赤く染めてそっぽを向いた。


 だがそれでも自然と口の端が持ちがあるのを感じ、小さくお礼を言った。



「……ありがとうございます。嘘でも嬉しいです」


「……そうか」



 本日何度目かわからない互いの無言。


 私達は共にいる期間は多いが決して言葉を交す数は多くない。


 それでも、私はこの沈黙が今は好ましかった。



「行きましょう。まだお忙しいのでしょう」









 その後いくらかの仕事を済ませたエルクーロ様に同伴した私は、ある仕事の折休憩も兼て一人で待たされた。


 街中の奴隷商との談話らしく、今私があまりかかわるべきではない場であるからとして一人で行かれた。


 私は街はずれの人気のない場所でエルクーロ様を待つ。あたりを見ても誰も居らず、落ち着いた雰囲気が漂っている。


 ここで待つようにと言われた場所は大通り終点の道端。小さな街灯の下だった。


 しばらくぼうっと立ちすくんでいたが、ふと花の香を嗅ぎ、私は目を向けた。


 路地裏の向こうからわずかに香るこの匂い。私の足は自然とそちらへ向いていた。


 魔鼠を踏みそうになりながら薄暗い路地を抜ければ、開けた場所に出た。


 おそらく魔王城上層の外れも外れ。そこにあった場に私は一瞬息をのんだ。


 そこは公園めいた広場だった。


 緑の絨毯に色とりどりの花が咲く、魔王城内に在る場としては些か違和感を覚えてしまう場所。美しく静かで、魔と言う文字は間違っても似つかわしくない、穏やかな場。


 ミオと会った庭園を思い出し、私は目尻が熱くなるのを感じた。


 頭を振り、後悔を振り払う。


 そしてもう一度花壇へ目を向けて、私は足を踏み出した。



 帽子を脱ぎ捨てて、静かに花畑へ踏み込む。


 そして大きく息を吸えば、香しい花の香りが鼻腔を満たした。




 ひざを折り、地面に座って一輪の花を摘み取り眺める。桃色の花弁を持つ花は、小さいながらも美しく見えた。


 この花にも花言葉があるのだろう。キエルならば教えてくれたかな……。



 花を手に天を仰ぎ見る。山をくり貫いた魔王城には日の光は差し込まない。空を見上げても見えるのは岩壁。しかし薄暗くもなく、ぼんやりと明るいこの場所は、花畑と相まってこの世ではないような錯覚を覚える。


 本当はこの世界も、私も……全部夢なのではないか。あの日事故で死んだサラリーマンとしての私が、天国か地獄か、どちらかへ行く前に見ている一抹の夢。最も、その夢の中で行った蛮行を考えれば、私が行くのは地獄だろう。


 此処に来るまで色々あった気がする。


 アウタナで畜生の扱いを受け、レイメを失った。


 魔族に拾われてどういう訳か魔将軍となり、アウタナを火の海にして父と弟、義母を殺した。


 フリクテラに侵攻し、ツォーネを利用してセグンを殺し、その娘キエルを捕らえた。


 キエルに殺されかけ、奴隷として買い付けて。


 囮行軍の指揮を任されてルイカーナを目指し、途中立ち寄ったシンの村で村を守ろうと私に弓引いた小娘、ルクを殺し村も潰した。


 ルイカーナに潜入し貴族アレハンドロを殺そうと試みて、私と同じ悪魔の相持つ少年……シアに捕まった。


 囚われの身の上であの子、ミオに出会ったんだったな。


 そしてシアを殺し、アレハンドロを殺し……勇者の一人、聖弓ヨーンをも殺し。そしてミオを助けた。


 手のかかる子だったな。水浴びさせるのにも苦労した。世話を頼んだツォーネも苦労しただろうな。


 そして私の復讐の終着点となるはずのバルタの戦いを前に……勇者の一人、聖女クーシャルナと出会い、裏切られた。


 私を狙って放たれた暗殺者が悪魔の相と言うだけで私と間違い、ミオを殺した。


 そして私もまた聖女クーシャルナをこの手で殺し、バルタへ攻め入った。


 あと一歩、あと一歩で終われるはずだったのに……勇者の一人、聖剣のフォルトナが現れて全てが狂い、私は負けた。


 エルクーロ様に助けられなければ私は生きていない。


 だがそれ以上に、我が軍の疲弊によりバルタ攻略が断念されたことで私の戦いは望まぬ形で終止符を打たれたのだ。


 もう私は終わりたかった。


 だが、これだけの事をした。行く先は地獄で間違いはない。


 ならば……天国に居るはずのレイメやミオには会えないのだろうか……。それは、嫌だな……。


 そんな事を考えて景色を眺めていれば、悲しみと寂しさが胸中に満ちてきて。眠れていない体の疲れも相まって体の節々から力が抜けていく。



 不意の脱力感と共にゆっくりと私は背中から花畑に倒れ込もうとして……瞬間、ふわりとした自らの身体を支える感覚を覚えて、一陣の風が舞った。


 花弁が舞い上がる中ふっと顔を振り返ってみれば、漆黒の装束に視界が覆われていた。


 身体に触れる布の感触。そしてたくましい体の感触。


 漆黒の黒々とした手が、私の肩に添えられていた。



「気分が悪いのか」


「エルクーロ様……」



 いつの間にか戻ってきていたエルクーロ様が、倒れる私を背中から包むように支えていた。



「あの……お仕事は?」


「もう済んだ。目を離した隙に居なくなるのはやめてくれ」



 その優しい声色に私は少し驚き、目を細めるとエルクーロ様に無意識に体を預けた。


 私の体重に驚いたかエルクーロ様が私の肩に置いた手に力が入るのが分かったが、すぐにそっと体を離された。



「すまない、触れすぎた。女性に対し軽率だった」



 私はエルクーロ様に背を向けて立ったまま、先ほどまでエルクーロ様の手が置かれていた己の肩に触れた。



「なぜ謝るのです?」


「どうも……責任感が先走ってしまった。君の身の安全は私が保証すると、少しばかり力んでしまっていたようだ」



 意趣返しと思って少し意地悪に返したつもりだったが、エルクーロ様が気まずそうにそう言ったのが背中越しに聞こえた。


 私はゆっくり振り返ると、早足でエルクーロ様に近づき、彼が驚いて一歩後ずさるよりも早くその手を取った。


 やや困惑したエルクーロ様が困ったように私を見下ろす。しかし私が握った手を振り払う事はしなかった。


 私はそのままその手を両手で握り、ゆっくり自分の頬に添えると目を閉じた。



「……私のこの手は血で汚れている冷たい手だ」



 エルクーロ様はそう、悲しそうに言った。


 黒曜としての過去を、彼は悔やんでいるようだった。荒れ狂う将としての過去を捨てたいがために、こんなにも優しく、暖かく在ろうとするのだろうか。


 その暖かさに救われているものもいるのだと、訴えかけたくなるほどに。



「貴方のこの手は優しく私に触れる暖かい手です」



 頬に添えた手に頬をこすりつけ、私はそう言った。


 エルクーロ様は息をのんだように驚き、空いた手を口元に充てて小さく咳払いをした。照れているのだろうか。可愛いと思ってしまった。


 だが、彼の顔を見て笑った私に、すぐに平静を取り戻したエルクーロ様は笑いながら言うのだ。



「……実の所君の事は少し前に見つけていた。だが声をかけず、見惚れていた。花畑に囲まれる君の姿にな」


「えっ」



 今度は私の方が照れて赤面することになった。


 彼に面と向かって見惚れていたなどと言われたら並みの女子は一撃でやられてしまうだろうに。容姿端麗の美丈夫であるエルクーロ様は人外故か魔性の魅力もつ方だ。


 分かって言っているのだろうか、この方は。


 どもってしまい口籠る私を見て、エルクーロ様は今度こそ声を出して笑った。



「恥ずかしい事を言ってくれた仕返しだ」


「うっ……エルクーロ様は意地悪です」


「お互い様だと思うがね」



 また揶揄われた。まさかこんな方だとは以前の私では夢にも思うまい。


 魔王軍四天王、"黒曜"のエルクーロ。そんな方が私に笑ってくれる。この方ならばきっと……いなくなったりはしないのだろう。


 私はにっこりと笑って帽子をかぶった。


 この方にだけは、弱みを見せたくない。


 これ以上迷惑をかけたくないから。






 一緒に戻ってきた魔王城軍部の廊下を歩いていれば、エルクーロ様は立ち止まって言った。



「私は休む。君も休みたまえ」



 休むと言ったエルクーロ様。だが、いつもならばエルクーロ様のお部屋までお送りしていた。こんな場所で私を部屋に返そうというのならば、おそらくは彼はこの後も執務に励むのだろう。私がなし得なかったバルタ落としの穴埋めに追われているのは想像がついたので、私は彼を引き留めた。



「しかし私にも何かお手伝いを」



 執務に向かう事がバレていたとして眉根を潜めたエルクーロ様だが、すぐに私を諭すような口調で言った。



「必要ない。君は傷病兵だ。まず傷を癒せ」


「しかし元はと言えば私の失態が原因で……それに傷など大した……」


「傷とは何も身体のものだけではない」



 そう言った彼はすぐに踵を返し背を向けて歩いて行った。


 見透かされている、と思った。


 私はその背中をしばらく眺めた後、少しだけ俯いて。


 やがてエルクーロ様が見えなくなった頃合で背を向けてふらりと自室へ足を動かした。












 その後自室に戻った私はベッドに体育すわりをして、ランプも点けずに真っ暗な中シーツにくるまっていた。


 身体が震え、肩を抱く。


 息が荒い。体は疲れているのに眠れない。


 眠れないのだ。


 一人で座るベッドのなんと大きい事か。体が小さいだけではない。いつもこのベッドには誰かが居た。


 だがミオもキエルももういない。


 襲ってくるのは冷たさと寂しさ。そして呪いめいて纏わりつく罪悪感。


 自分たちを放っておいて何をしているのだと責め苛まれているような錯覚。すべて自分が自分を苛んでいるのに他ならないのだが、ミオやキエル、そしてレイメの顔が脳裏に浮かぶたびに私に訴えかける。


 なんでお前だけ生きているんだ、と。


 殺したい。バルタの奴らをどうしようもなく殺したい。あと少しだった。本当に、あと少しのところまで追いつめた。


 後一押し、一押しさえあれば叶うだろうに、私にはその一押しを行う力がない。クォートラ達の回復を待つのはバルタの連中の回復を許すも同じ。痛み分けに終わった結果に、私は頭を痛めていたのだ。



「はあ……はあ……ふっ、ふっ……ひ……」



 呼吸がどんどん荒くなる。


 シーツごと自分の体を強く抱きしめる。


 汗が噴き出しているのがわかり、寒気もする。寂しい。とても。


 肩を抱く指に力が入り、爪が肉に食い込む痛みで邪念を振り払おうとするも意味はなく。


 私は目を見開き呻きながら、結局眠れずに朝を迎えた。













 翌朝を迎えて、私は部屋を静かに出た。


 襟を整え、毅然として歩く。一切の衰弱を外へ見せぬように。


 そしてエルクーロ様の部屋の前に立ち壁に背を付け数分後……扉を開けてエルクーロ様が現れた。


 彼は早くに起き自分を待っていた私を見てきょとんとした顔だったが、すぐに表情を正すと私にあいさつをした。


 私はにっこりと笑って「おはようございます」と言った。


 エルクーロ様も挨拶を返してくれたが、やや曇った表情に私は首を傾げた。



「ココット、すまない。私は用事がある」



 用事とは。であれば職務であろうから手伝いの一つでもと言いかけて先に言葉を紡がれた。



「魔王様から呼び出されているのだ」



 エルクーロ様はコホンと咳を一つした後、私の前まで来た。



「暫く一人にするが、部屋にいるといい。外には出るな。何があるかわからん」


「……承知しました」


「そう寂しそうな顔をするな」



 そういって私の頭に置かれた手。帽子越しに分かる大きな手のぬくもり。驚きで私は一瞬目を瞑ってしまったが、すぐに呆けた顔でエルクーロ様を見れば彼は慎ましやかに微笑んでいて。



「早めに戻る」



 そう言った彼は私の頭から手をどけると、静かに去っていった。


 その背中を私は茫然と見送りながら、半開きの口のまま己に驚いていた。


 私は寂しそうな顔をしたのか、と。


 そして胸に手を当ててぎゅっと拳を握りしめた後、数刻の間だけぽやぽやと呆けていたが、すぐに訪れた孤独に目を細めた。




「……寂しい」




 そうして私はとぼとぼと一人、あてもなく足を運ぶのだった。






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― 新着の感想 ―
[一言] 弱いココットがとても可愛く、とてもそそられましたっ まーべらす!、ですっ!、かなり悲しくて最初はちょっと無理かなって思いましたが、とても次が楽しみな展開だと思いましたっ
[一言] 辛いだろうねココット。ミオ死んじゃったしキエルは行方知れず、その上バルタ攻略失敗で矜持まで無くして自信喪失してるし…
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