#110 インフェルノ
ファルトマーレ領・魔族領境界線。
即ち戦の主戦場。
そのやや魔族側後方に布陣したメーアの陣地。漆黒の天幕が広がる陣営の中には同じく漆黒の魔剣士達が一糸乱れぬ列をなしていた。
その列の間、道を作るように並ぶ魔剣士の間を一人の男が歩く。
男は堂々とした振る舞いで魔剣士たちの視線をものともせずに、陣の中の最も豪奢で大きい天幕へとその足を向けていた。
そして。
天幕の戸布をするりと開けて、中へと入る。
群青の髪を持ち白い槍を背負う男は、天幕の奥で椅子に座る女と目を合わせた。
「よう、"妖艶"のメーア」
名を呼ばれたヴァンパイア……四天王たるメーアは足を組み、口元に扇子を添えたまま赤い瞳で来訪者を見やる。
「聖槍の勇者アーバーン……久しぶりですわね。随分たくましくなったものですわ」
「おう、あんたも相変わらず色気があるな」
互いに軽口を叩く。
居合わせた魔剣士や従者のヴァンパイアに緊張が走る。
二人はしばし睨みあった後、メーアがクスっと笑った。
そして椅子から立ち上がると、扇子をぴしゃりと閉じた後胸を抱えるように腕を組み、漆黒の長髪を揺らしながらかつかつとテーブルへと向かった。
そしてその傍らに立つと入り口に立つアーバーンを向き直り、椅子に手を添えて言う。
「まあ座ってくださいまし。今お茶でも入れますわよ」
その言葉に、アーバーンはにやりと笑って槍を置いたのだった。
♢
同時刻。
バルタの戦いは勢いを増していた。
主戦場で戦うアンドレオは、戦場の気配が変わったことに気づかずにいた。
バルタ兵たちは未だに果敢に挑んでくるし、久しぶりの戦いで高揚したアンドレオ達は興奮のままに武器を振るい、細やかな戦場の変化などには無頓着であった。
ココットに騙された事にすら気付かず、ただただ純粋に戦いを楽しむ魔族達は、音楽の音色に充てられてただひたすらに目の前の敵を屠ることを喜びとした。
そして、もう一つの戦場たる大門前。
この戦いの本当の主戦場と化したこの場、旧市街にある大門前では焼けただれた家屋や炎の絨毯の彩の中で既に戦いが始まっていた。
先に動いたのは、魔族。
デオニオに放たれた銃は弾丸を全て弾き落とされてしまった。人間技とは思えないが人外は何人か見てきている。銃では殺せないというだけだ。
剣を構えたデオニオめがけて魔剣士やゴブリン、オークが殺到する。アレさえ殺せばいいとでも言わんばかりに。
だが、デオニオは己に向かう魔族達を一瞥すると目を見開き、腰を落として剣を下段に構えた。
「侮るなよ魔族風情がッ」
デオニオの剣閃は曲線を描き、すべらかな軌道で奔る。デオニオが一瞬消えたと錯覚するような動きで魔族の群れを走り抜けたかと思えば、魔族達の胸や首に赤い線が走り一瞬の刹那に斬り捨てられた。
強い。私の目には動きが追えなかった。伊達ではないか、聖歌隊隊長の名は。
剣についた血潮を振り捨てるとデオニオは涼しい顔で私を睨んだ。挑発的な態度が見え透いている。
私はなおも向かっていこうとする魔族を制すると、ゾフとツォーネに目配せをする。二人も頷き、魔族達を下がらせたのち一歩進み出る。
「下がってな、お前ら。あれはお前らじゃ無理らしい」
「そう言う事ですわ。わたくしが敵の首を取るところをしっかりココット様に見せて差し上げねば」
にやりと笑う二人にデオニオも眉根を寄せ、その隣にレーヴェが立った。
ゾフとデオニオが、そしてツォーネとレーヴェがそれぞれ向かい合う形で構える。
沈黙を破ったのは、今度は人間だった。
デオニオの命令で騎士達が勢いよく突貫を敢行してくる。
その後ろから、デオニオとレーヴェも地を蹴って向かってきた。
オドらオークやゴブリン、魔剣士がこれを迎撃する。大門前は乱戦に突入した。もはや銃は使えない。
ゾフの大斧がデオニオの剣と打ち合う。
ハイオーガの膂力をいなすように受け流しの剣を用いたデオニオは返す刃でゾフの手首を狙う。ゾフは大斧を掴んだ腕を即座に離してこれを避け、そのまま拳を握ってデオニオに殴りかかるが、後ろ飛びで避けられる。
地面に落下し突き立った斧を拾い上げながら追撃するゾフ。
掠めただけで肉を削り取るかの如く、当たれば絶命必至の戦斧の乱舞を、デオニオはいなし続ける。
合間に繰り出される反撃は、ゾフもこれを巧みに躱し、斧の柄で受ける。
「貴様、腕がいい。貴様も将軍か?」
「馬鹿言うんじゃねえ! 俺はただのお嬢の武器よ!」
「お嬢……フッ、たかが忌子の小娘に屈強な魔族がご執心とは笑えるな」
「その笑った顔をこれから叩き割ってやるってんだよ!」
激しい金属音をたてて打ち合い続ける両者。
デオニオの剣がゾフの皮膚を裂き、ゾフの斧の一撃はデオニオの骨を軋ませる。
その周囲でも魔剣士やゴブリン、オークが兵士たちと大乱戦を繰り広げていた。
周囲の情勢を見てデオニオが毒づく。
「おかしなものよな……魔族の有象無象が揃いも揃って女一人のために! そんなにココットは可愛いか!」
デオニオが気迫を増し、力を込めた一刀にて大きく薙ぎ払う。
ゾフはこれを斧で受けるが、周囲にいた魔族達は一度に何体も斬り捨てられる。乱戦の中に在って兵士を巻き込まずに広範囲に及ぶ斬撃。
こいつは伊達ではないとゾフは改めて斧の柄を握り直し、デオニオへと向かった。
そしてその横合いで激しく打ち合うツォーネとレーヴェ。
お互い長い得物を難なく操り目にもとまらぬ攻撃の応酬を繰り広げていた。
剣戟の火花と喧騒。震えながら戦いを目の当たりにするキエルの傍らで、私はじっとその模様を眺める。
ゾフとデオニオはややゾフ優勢に見えるが拮抗。ツォーネはレーヴェを明らかに押しているな。だが押し切れないのはあの女騎士の技量もまた相当であるという事か。
厄介。まことに厄介極まる。早く来い、クォートラ……!
ツォーネの双槍の乱舞を受け凌ぐレーヴェはその顔色に苦悶を浮かべ始める。
重い一撃が幾重にも繰り出され、受ける剣を握る腕に痺れが走る。
「くっ……ぐっ……」
周囲の騎士もレーヴェの援護にと考えはするが激しい打ち合いは何人も侵入を許さず、迂闊に近寄ろうものならすぐさま四肢を斬り飛ばされ絶命する事必至。たたらを踏んで近寄れずにいた。
そんなレーヴェに畳みかけるように攻撃の激しさを増すツォーネ。
その顔にいつもの相手を見下すような笑みはなかった。
「今回はわたくしとてお遊び抜きの全力ですし? さっさとくたばらせてやらなけりゃあの大門を木っ端みじんにして、あの子の仇が取れねえだろうが!」
「何がッ!」
「てめぇらのやったことを考えろォ!」
ツォーネが吠えながら左右に切り拓くかの如く両手の突撃槍を振りぬく。深く腰だめに構えた長剣でこれを受けたレーヴェは実に10m程も地面をかかとで抉りながら吹き飛ばされた。
必死に足を地に張り転倒は避けたレーヴェにツォーネの追撃がかかる。
「この卑怯者がッ! クソの詰まった胸に手を当てて考えろ! その間に殺してやる!」
「やったこと……!? それを言うならお前たちだッ!」
大きく身を捻ったレーヴェは長剣を地面につき立てツォーネの槍を躱しながら跳躍すると、そのまま回転の勢いを加えた上段斬りをツォーネに振るう。
ツォーネは不意を突かれるも槍をクロスさせてこれを受けた。
「和平を望んだ聖女様をなぜ殺した!」
「先に暗殺者を放ったのはてめえらだろうが!」
「暗殺者……!? うわッ」
ツォーネの発言に驚いたレーヴェのどてっぱらにツォーネの回し蹴りがねじ込まれる。
鎧によって衝撃波軽減されたものの、数度地面を転がったのちにレーヴェは胃液を吐いた。
「血を吸う気も起きねえんですのよ! てめえらみたいな卑怯な連中はッ!」
「また卑怯だと言った……! 私たちは聖歌隊! 聖女様と女神ユナイルに誓って卑怯などと言われる云われは無い!」
「ならてめえらの聖女と女神様が卑怯だって話なんだろうが!!」
「言わせておけばァッ!」
再び立ち上がったレーヴェとツォーネが再度打ち合いを始める。
眺めるキエルもまた、私の隣で息を飲んでいた。
「ココット……」
「どうした。怖いかキエル。私は楽しい」
「それは……」
「奴らの命が散るたびにミオへの手向けができる。お前も見たはずだ、あの子の死に顔を。ああ、胸がすく。あと少しだ」
私はにこりとキエルに笑いかけた。
キエルは私を悲しそうな目で見た後に、顔を背けた。
と、空より聞こえる重い羽ばたきの音色。空を仰げば漆黒の夜空に浮かぶシルエット。
来たか、爆撃隊!
「待ちかねたぞクォートラ!」
飛来したドラゴニュート群。その足で運ぶはロックボム。丁寧に火薬の瓶を紐で巻き付けてある特製だ。
私の笑みに気づいたデオニオが空を仰ぎ目の色を変えた。
「くっ……弓兵! あのドラゴニュートを叩き落せ!」
「もう遅いッ! クォートラ、やれえッ!」
私の号令でドラゴニュート部隊が大門に飛来。弓兵が矢を番えるよりも早く、ロックボムが投下された。
そして。
派手な轟音を立てて大門にて爆ぜたロックボム。衝撃で兵士と瓦礫が吹き飛ばされる。ナイトリザード達が既に退避した壁上は設備と人を巻き添えにしながら大きくえぐり取られていく。
飛散したロックボムの破片や石くれは火の弾となって業火の旧市街に降り注いだ。黒い夜空が赤く染まるほどの大爆発。トグーヴァの背にしがみつきながら私はこの地獄を肌で感じ、胸が疼いているのを感じていた。
爆炎と煙が大門を包み、耳鳴りが次第に収まってくる頃。
私の期待のまなざしの先に、煙の中から大門が姿を見せる。これで大門が破壊できればあとは防衛隊を無理やり突破し教皇庁を抑える。
それで戦いは勝ちだ。教皇の首をエルクーロ様に捧げて、私は終わる。
だが、しかし。
大門は未だ……破壊には、至っていなかった。
「くそったれ!」
私は吐き捨てた。頑丈な事だ! アウタナと同じとはいかんか。なまじ近代化されていればナイトリザードが壁上に張り付いた時点で勝っていたものを。
大門は半壊し分厚い扉ももはや首の皮一枚と言った所ではあったが、まだ門の形を成している。
もう一押しか。焦るな、落ち着け私。
此処まで破壊すればあの扉を我々だけで突破することは可能。何より今の爆撃で城門の上の迎撃設備の大半は破壊した。
そうだいける、いけるぞ。勝てる戦だ!
「クォートラ、もう一度だ!」
クォートラ達が再び爆撃の為ロックボムを運びに引き返していく。
次が最後だ。今はこの目障りな連中を排除するのみ。
そう、優勢なのは私だ! 今の一撃で敵兵の士気は駄々下がりしている。
楽しくなってきたぞ……!
崩れた大門の裂け目。バルタの様子が僅かに覗く。
悲鳴と喧騒が見て取れた。暴れているか、リビングデッドは。
大門前の兵士も爆発に狼狽えた後、バルタ内部の様子がおかしい事に気づきうわついている。
内部で起きているのはまるでちんけなホラー映画の如き事象なのだ。
動く屍が人を襲う。
ナイトリザード達に運ばせたリビングデッドに操られる屍がまるで獣のような動きで人々を襲う。
大門の援軍を断つ作戦は機能している。故にここで押し切らねばならんのだ。
だから殺せ、ゾフ、ツォーネ……!
私のために、ミオのために!
大規模な爆発で多くの兵達はしりもちをついたり負傷していたが、ゾフとツォーネは未だ戦闘を継続していた。
「つぁあッ!」
「ちぃっ」
レーヴェの渾身の一撃を槍で受けたツォーネは一度飛び下がることを強いられる。
レーヴェとの距離が離れた事で周囲の騎士たちが一気にツォーネに殺到した。
ツォーネと距離を離したことでつかの間の休息を得、剣を地に突き刺し片膝をついたレーヴェは肩で息をしながら私に叫んだ。
「ココット! 聖女を裏切り人間を裏切った悪魔! どうしてこんな戦いを続ける!」
「馬ぁ鹿かお前は。楽しいからだよ! お前ら人間が無様に血まみれでくたばっていくのを眺めるのが楽しいっ!」
「楽しい……!?」
レーヴェは私の言葉に歯を食いしばり、剣を杖代わりによろりと立ち上がって私を睨んだ。
「楽しいなんて言う理由でバルタを……聖女様を!」
「楽しいからと言ったんだッ! 嬉しいじゃないか! お前らが死ねば全部解決する! レイメの望みは最早叶えられない……だが私の望みは叶うんだからな!」
レーヴェの言葉を遮るように私は叫ぶ。
「私がッ、お前ら人間を殺さなきゃ他の誰が手向けをするっていうんだ! お前らの首を手土産にして、逢いに逝ってやらなければあの子が寂しがるだろうがッ!」
狂気的な笑みを顔に張り付け、両手を広げて楽しそうに笑うのを見てレーヴェは冷や汗を一筋流した。
「狂っている、のか……!?」
「そうさ! 狂っているんだよ、全部! こんな人生! 一時の安寧……私が人であってもいいと思えた瞬間はあった。女として生きるのも悪くはないと! だが夢だったんだよ……欲しがったから奪われた。夢からは覚めた! 故にお前たちの命を最後の望みとした! 他にはもう何もいらない……手に入らない!」
何も望んではいけない。望んでしまえば、手に入れてしまえば……奪われる悲しみを増やすだけだ。
だからもうなにも望まない。おいしい食事、平和な生活、幸せな人生。魔族達との信頼も、実績も、キエルやエルクーロ様と生きる選択肢だって……!
最後の望みが叶えばそれでいいんだ。そう覚悟をしたからここにいる。
あの子の仇を討つ。
「それだけが私に残った望み! だから死ね! 死んでくれ! 私が終わるためにッ!」
私は叫ぶ。騎士を蹴散らしてレーヴェに肉薄したツォーネの猛襲を受けながら、レーヴェは私を酷く震えた瞳で見ていた。
そして。
「やかましい小娘だッ」
「ぐがっ……!」
デオニオの叫びに振り向けば、吹き飛ばされたゾフが瓦礫に突っ込むのが見えた。
一気に表情を険しくした私は私を睨むデオニオと目が合う。ゾフとあれだけ打ち合って息切れは見えるが致命傷めいた外傷はない。
「小娘なりに口が回る……訳の分からない弁を垂れるものよ! 戦場は子供の遊び場ではない!」
「貴様ら人間がそうさせた! せめて殺されて私を楽しませろ!」
「子供が駄々をこねおって! やはり悪魔の相は一掃して正解だったというもの!」
デオニオの言葉に私はピクリと眉根を寄せた。ユナイル教の教えで迫害したこととは別件のニュアンスが含まれているのを感じ取ったのだ。
一掃した、と言ったな。あの目、あの顔。アウタナの広場で私を見た連中と同じ目の色をしている!
「お前達まさか……!?」
「貴様のようなのが現れるから、バルタに集った悪魔の相などは民のための供物としたのだよ!」
バルタに集った悪魔の相。全員の顔を覚えているわけではないがいずれも少年少女。
聖女の救いを信じて招集に呼応し人々に石を投げられ殴りつけられながらも集った者達。
その中にいた、私にやたら構ってきたあの娘もいたんだぞ……! この戦いの最中でせめて生きていれば連れて帰ろうと思っていたのに!
「殺した……ジジを殺したのか!」
「殺してやったとも! これ以上増えぬよう男も女も子が作れぬ体にしてな! それがどうだ、貴様たち悪魔は性懲りもなく蘇り民を襲う! 貴様の差し金だろう、魔将軍!」
街で暴れている筈のリビングデッド。そしてデオニオのセリフ。
ナイトリザード達が苗床に選んだのは……そう言う事か。
「ハイオーガ、このウスノロが!」
ゾフが吹っ飛ばされたのを見ていたツォーネがレーヴェを蹴り飛ばしてデオニオに向かう。デオニオはこれを迎撃。そんな様を見ながら私は目に血が集まってくるような感覚を覚えていた。
奴らはジジ達を殺した。本当に救われると信じていたあいつらを。そして今あいつらはリビングデッドになり果てて私の手駒になっている。こんな事ってあるか?
その事実に気づいた時、私は私が思っていた以上に胸に衝撃が走った。胸に何かがせりあがってくる。肺の空気が全部針になったかのように内側から体を突き刺し続ける。
ようやっと絞り出したのは、慟哭だった。
「ああ、ああああ! あいつらは、ジジは救いを求めて来たんだぞ! それをまたお前たちは裏切って殺したんだな!」
「貴様もすぐに送ってやるとも!」
「黙れ死ね! お前は邪魔だァ! トグーヴァァア!」
私はトグーヴァの背から飛び降りながら彼をけしかける。
ツォーネと斬り合っていたところに襲い掛かる魔獅子を見て、デオニオはフンと一気に気を放ちツォーネを弾き飛ばす。
そして己に向かうトグーヴァを向き直ると剣を構えた。
「魔獅子か……獣如きが我らが聖地を踏み荒らそうとは笑止なり!」
大きく腰を落としたデオニオは、覆いかぶさるようなトグーヴァの巨大な前足を寸前で回避する。
そのまま体を捻るようにしてマントをはためかせながら振りぬかれたデオニオの剣によって飛び掛かったトグーヴァの前足がひじ先辺りから斬り飛ばされた。
「飼い慣らされた魔物などは地に伏していればよいのだ!」
剣を振り返り血を払ったデオニオが吐き捨てる。
トグーヴァは着地をしくじって転げた後瓦礫の山に突っ込んだ。そのまま3本足で立ち上がり唸るが、痛みに顔をしかめているような様子を見せる。
それを見て私は爪を噛んだ。
「っ……トグーヴァ……! おのれ……あの男セグン並か!」
トグーヴァの一撃が躱されたのと同時、間髪入れずにツォーネがデオニオに襲い掛かった。
私はどうしてもトグーヴァの容体が気になる。だがまだ闘志は消えていないようだ。あのサイズの魔物ならばあの程度では死にはしない。
しかし魔獅子に反撃ができる相手ともなれば相手できる戦力はこちらにも限りがある。
「ゾフ! さっさと立て! 貴様ならあれくらい殺せるはずだッ!」
ゾフはようやっと瓦礫の中から立ち上がって頭に乗った石くずを振り払った。不覚にも軽い脳震盪を起こしていたのか目尻を抑えて頭を振っている。
私の言葉を気付としたか、ゾフはすぐさま大斧を握りしめてデオニオを睨みつける。
「くそっ、お嬢にどやされちまった……てめえのせいだぞクソ騎士がよぉ!」
ゾフが戦斧を投擲する。
あわやツォーネの背中に突き立とうとしたところでツォーネは分かっていたかのようにひらりと回転し回避。斧はそのままデオニオに向かう。
デオニオは驚きながらもこれを身を反らして回避。斧はデオニオの背後の地面に突き立つ。
舌打ちをしたデオニオはゾフを睨みながらも再び攻撃を仕掛けてくるツォーネに剣を向ける。
が、ツォーネは片手の槍を投げ捨てるとデオニオに刺突をし、交わされると同時背後に駆け抜けながら突き立った斧の柄を掴み、まるでポールダンスの如く軌道を変えてデオニオの側面より蹴りを見舞った。
「ぐぬッ……」
なんとか手甲を纏う腕で受けたデオニオだがヴァンパイアの蹴りを受けて吹き飛び、地面を滑る。
間髪入れずにツォーネはそのままゾフの斧を引き抜き、仕留めるべくしてデオニオに向かう。
ゾフもデオニオに向かい駆け出した。
地面に接触するよう火花を散らしながら引きずられる斧を、今度はツォーネがデオニオめがけて投擲する。
再びこれをかわしたデオニオだが、その背後から向かってきていたゾフが斧を受け取り、挟み撃ちの形でデオニオを強襲する。
デオニオは流石に歯を食いしばり冷や汗を流す。
魔将軍クラスの二人、それが阿吽の呼吸で襲い掛かってくる。
例えデオニオほどの手練れであっても捌ききれるものではない。デオニオの額に脂汗が滲んだ。殺される、と。
が、ゾフとツォーネの挟撃にレーヴェが急ぎ割って入る。
ツォーネの槍をレーヴェが、ゾフの斧をデオニオがそれぞれ受け止める形で接触し、その強者たちの鍔競合いは周囲に衝撃波をもたらした。
私は拮抗した戦場に苛立ち、爪をパキリと噛み砕いた。業火に囲まれるこの旧市街大門前での戦いは既にどのくらいの時間が経ったのだろう。
あと一回、あと一回爆撃が為ればいい! 綻びは既に生まれているからもどかしい。
終わりはあの門の裂け目の向こうに見えているのに!
「クォートラは何をやっているんだ!」
たまらず吐き捨てた私の横にいたキエルが、空を見上げながら言葉を零す。
見上げた夜空は水平線の向こうに白みを帯びていた。
「夜が……明ける……」
そんなキエルのつぶやきと同時だった。
主戦場の方角で白い光の柱が立つのと激しい衝撃音が響いたのは。