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俺が彼女に告る理由  作者: 本間 甲介
最後の理由~クリスマス前~
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32/39

白状

 何十時間と経ったかのような、長い、長い沈黙だった。夏彦の問いに、一将はずっと、同じ姿勢で固まっていた。

「一将」

「――はっ!」

 肩を揺すられ、一将は全身を震わせる。

「きゃっ」

「あ、すんません」

 その衝撃で、後ろの席にいる客を驚かせてしまった。一将は一言謝り、そこで我に返った。

「わ、わりいわりい! 急に眠気が来て、寝ちまったぜ!」

 あははと一将は笑う。だが、手に取ったコップの水は小刻みに波紋を立てていた。

「それで、なんだっけ?」

「『好き』という文字が使われていないことだよ。どういう理由なんだい?」

 夏彦は姿勢も表情も崩さず、もう一度尋ねる。一将は今度は意識を失くさず、ちゃんと答えた。

「……うそぉ! 本当に一度も書いてないのぉ?」

 一応見直したが、そこまで注意がいかなかった。いや、そもそも。

「書いてなかったら、いかんのか?」

 たまたま書かなかっただけ。朝桐透子への気持ちはたしかにある。一将は自信をもって言った。

「……うん、たしかにこの文章には『好き』という文字は無いけれど、一将が朝桐さんに好意を抱いているというのは、よく理解できるよ」

「だろ? だって俺、本当に朝桐さんに『告白したい』って思ってるんだもん!」

 一将は目を輝かせる。それとは反対に、夏彦の目は真っ暗になっていった。

「告白したい……か」

「おうっ! そりゃ今すぐにでもな!」

「このタイトル……」

 夏彦は若干、呆れたようにファイル名を指さす。

「どうかしたのか?」

「おかしいよね」

「は? なにがだよ?」

「なんで、『好きな理由』ってタイトルじゃないんだ?」

 夏彦は二つ目の疑問を声に出す。一将は口をすぼめながらも、今度はすぐに返事した。

「え、いやそれはまあ……『告る理由』っていう方が、分かりやすいかなって……」


「僕には『言い訳』に聞こえるよ」


 間断なく夏彦は言葉を続けていく。

「は? 言い訳?」

 一将は低い声を出し、夏彦をにらむ。初めて夏彦に対し、怒りを覚えた。

「言い訳だよ」

 夏彦は臆することなく一将を見据える。

「僕には君が朝桐さんに『告白しなければならない』という強迫観念に捕らわれているように感じるよ」

「やめろ」

「はっきり言って、この文章は……」

 その先の言葉はなぜか理解できた。一将は拳を握りしめた。


「大したことのないことを、さもそれっぽく書いているようにしか、見えないよ」


 気づけば一将は夏彦の胸ぐらを掴んで、立ち上がらせていた。突然のことに、周りの視線が一気に集まった。

「お客様、ど、どうかなされましたか?」

 おそるおそると店員が近づいてくる。夏彦は掴まれた部分を離した。

「なんでもありません。ご迷惑をおかけして、すいませんでした」

 にこりと笑いながら、夏彦は座る。一将も何も言わず座った。

「言い方が悪かったよ。ごめん」

 夏彦は一将に頭を下げた。

「いや、こっちも……悪かった」

 頭に上っていた血が急激に下る。一将は暴力を振るおうとした自分をひどく恥じた。

「あーその……だな」

 深呼吸しながら一将はなるだけ冷静に静かに、夏彦に語りかける。

「……そう、思うか?」

 とても小さな声で、一将は訊いた。

「――うん。そう思う」

 夏彦ははっきりと答えた。

「……あーそっか」

 今度は一将は怒りを見せなかった。一将はふぅっと息を吐いて、天井を見つめる。そして、

「――お前の、言うとおりだよ」

 一将はぼそっと、観念したように呟いた。


 時間は少しずつ流れる。氷が溶け、かいていた汗が引き始める。

(そろそろ限界か……)

 一将の「答え」を待っていたが、このままではしびれを切らしてしまい、いっそうややこしいことになる。夏彦はいったんファミレスを出ることを決めた。

「ぶっちゃけた話……」

 その時だった。一将はようやく口を開いた。

「これは、俺の自信の無さの顕れなんだよ」

 すべてを自供するかのように、一将はぽつりぽつりと喋り出した。


「この中には書かなかったけどよ……俺、最初は朝桐さんの胸しか見ていなかったよ」

 真面目な顔で、とんでもなく最低なことを言い出した。

「でかい胸だなあ、本当そんなことしか考えていなかったよ。でも、それだけじゃなかったんだよなあ」

 自嘲するように一将は言った。

「大食いで、普段おとなしいくせに、本の話になると饒舌になる……変わった女の子だったよ」

 これまで見てきた朝桐透子の姿が脳裏に次々と浮かんでくる。

「でも、それも含めて彼女はとても魅力的だ。付き合ったら、めっちゃ楽しいとは思うわけよ」

「でも、『好き』とは書かなかった」

「そうだ。……一応言っておくがな、俺は朝桐さんに恋愛感情を持っていないってわけじゃないからな?」

「うん。それは分かるよ」

 この手記を読めば、一将が透子へ特別な感情を持っていることは、誰にだって分かる。

「まあ、『好き』と書かなかったことはとりあえず置いておいてでもだ。そもそも……」

 一将は姿勢を正し、腹に力をこめて言った。


「迷いが無いなら、そもそもこんなの書いてない」


 核心をつく言葉を、一将は自ら口にし、スマホを手に取った。

「…………っ」

 テキストファイルを開き、「俺が彼女に告る理由」と記されたファイル名を、人差し指で長押しする。

 自分の気持ちに迷いがあったと分かっただけでもよかった。一将は約一週間かけて作った手記を「削除」した。

 ファイルは消える。一将はスマホを閉じた。

「つーわけだ。わりぃけど、お前の方に送ったのも、消してくれねぇか?」

「その前に一つ確認なんだけどさ」

 その要望に応えるよりも先に、確かめなければいけないことがある。夏彦はぐっと震える体に力を入れた。

「いや、『好き』って書かなかったのは悪かったよ。勘弁してくれ……」

「迷っているのは『彼女』とのこと?」

「な、ななななっ!?」

 誰を指し示した言葉なのか、一将はすぐに分かってしまい混乱した。

「なーにを言ってるんでぃ! そ、そんなわけねーだろうがい!」

 汗がドバっと噴き出す。ろれつが上手く回らず、目線もあちこちに泳いだ。

「隠さなくていいよ。その態度だけでよーく分かるからさ」

 不思議と、夏彦は落ち着いていた。夏彦はまるで子供をあやすかのような言い方をした。

「うっ……はあ……」

 それに釣られるかのように、一将はついに、

「俺の負けだ」

 完全敗北を宣言した。

「負けということは、認めるんだね」

「ああ、認めるよ。あいつのことで、くっそ悩んでる」

 開き直った一将は、氷のなくなった水をガブガブと飲みほす。

「ったく、名探偵かよ。浅見夏彦シリーズでも出すつもりか」

「そんなあぶないタイトルは使わないよ。というか、ある程度一将を知っている人がこの手記を読めば、すごく意識しているってこと、誰にだって分かると思うよ」

「むっ、それは変だな。わざわざ名前は伏せて、全部、カギ括弧にしたんだぞ。フリック入力とはいえ、いちいち『かっこ』と打たなきゃならない俺の気持ちが分かるか?」

 手記を書く上で一番手間取ったのがそこだった。

「一将、『かっこ』は『や行』の部分を左・右に振れば、普通に出てくるよ」

「は? なにを言って……ほんまや!」

 目から鱗が落ちるかのようだった。まったく知らなかった……。 

「名前を伏せることが、『意識している』ということの、裏返しに思えたんだ」

 夏彦はそこでいったん言葉を止め、再び息を整える。

「それで改めて訊かせてくれないか。一将、君は幼なじみ……『小坂優希』さんのことが、好きなのか?」

 幼なじみの名前を告げられ、一将は奥歯を噛みしめた。

「……分かんねえ」

 曖昧、だが本心だった。一将はうつむいた。

「あいつ……優希とはたしかに、ガキの頃からの付き合いだよ。家族ぐるみで一緒に色んなところに行ったし、気の合う奴だとは思っている」

 推理小説の犯人が自白するように、一将は語り始める。

「でも、恋愛感情かどうかって言われたら、そうじゃなかった。あいつはあくまでも、『幼なじみ』だったんだ」

 いつの間にか、一将の脳裏には優希の顔ばかり浮かんでいた。

「そしてそれは、この先ずっと変わらないと思っていたんだ。実際、俺は事故ったあの日をキッカケに、朝桐さんのことが気になりだして、優希のことなんて眼中にすらなかった……無かったんだ」

 間違いなく、一将はあの時、朝桐透子が好きだった。恋人になりたいと本気だった。

「でも、色んなことを通して、あいつを見ていく内に……俺は、わけが分からなくなっちまったんだよ」

 それは日にちが経てば経つほど強まり、「俺が彼女に告る理由」を作る結果になってしまった。

「はは、俺って最低野郎だろ……『認めたくない』っていう理由で、俺は朝桐さんに告ろうとしたんだぜ。本当、クソ野郎だよ……」

 自覚するほど、自己嫌悪に陥る。一将は今すぐにでも死にたいと思い始めた。

「ま、最低かはともかく、優柔不断だよね」

 躊躇なく、夏彦は一将を責めた。

「今になって迷うなんて、両方に対して失礼だよ。なんでもっと早く決めなかったのか……腹ただしいよ」

 夏彦の言葉に怒りが込められるのがはっきりと感じられる。一将は殴られる覚悟を持ち、これからについて答えた。

「ああ、だからもう俺は……」

 一将は奥歯を噛み締め、自分自身に言い聞かせるよう、こう言った。

「どちらにも告らねえ」

「…………まじで言ってるの?」

 一将の決意は、夏彦を大きく混乱させた。

「大まじだ」 

 夏彦が訊き返すことで、一将の決意はさらに強くなった。

「馬鹿だクズだと言われても構わねぇ。でも、もう決めたんだ」

 それこそ、優柔不断。そんなことは一将本人がよく分かっている。だがそれくらいしか、一将は今までのどっちつかずの態度に、けじめを取ることはできないと思っていた。

「……一将」 


「それは違います!」


 夏彦が複雑な表情を浮かべ、自分でもよく分からない感情のままに、一将へ殴りかかろうとした時だった。一将の背中越しから、大きな声が放たれた。

「……っ!」

 その突然の声は、当然店内全体に響き渡った。一将は首だけをゆっくりと後ろへ向ける。

「…………」

 声の主は一将のよく知る人物だった。だがそれを、一将の脳はすぐに受け入れず、結果一将は固まった。

「……皆見くん」

 そんな一将に、声を上げた朝桐透子は、力強い足踏みでこちらの席にやって来た。

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