一番の謎
「……あ、終わった?」
時間にしては二時間弱といったところだろうか。ちょうど「理由5」――最後まで読み終わった夏彦に、目を覚ました一将が声をかけた。
「…………」
「おーい、夏彦……ナツ……サマヒコ……なっぴー」
一将は色んなあだ名で夏彦を呼んだ。
「――あ、ごめん! ちょっとぼーっとしていたよ」
ハッとスマホ画面から顔を上げる夏彦。その表情は強張っていた。
「そんなに俺の文章が良かったのか? 自信ついちゃうぜ」
「一将、もうちょっと待ってくれる?」
強張った顔のまま、夏彦は一将に頼む。夏彦のこんな真剣な顔は、文化祭以来だった。
「あ、ああいいぜ……」
気圧された一将は、今度は起きた状態のまま、夏彦を待つことにした。
「……」
夏彦は再び画面に目を通し始めた。
「トイレ行ってくるわー」
異様な雰囲気に、一将は逃げるようにトイレへと向かった。
「……俺、そんな変なこと書いたか?」
一将は今まで地道に書いてきた「日記」を、少しおもしろおかしく、分かりやすいように、小説っぽくまとめた。
これは透子の影響で小説をよく読むことになったことに起因しており、以前の自分では考えられない方法だった。
「告白する、告白する、告白する……!」
そのために、今日まで関係を築いてきた。一将は鏡の前で何度も小さな声で復唱する。
「っしゃあ!」
トイレに入ってきたおっさんがビクッとする。一将は頭を下げ、席に戻った。
「おまたせ……あれ?」
席に戻ると、夏彦の姿はなかった。どこに行ったのだろうと一将がキョロキョロとあたりを見回すと、なぜか夏彦は、入り口から入ってきていた。
「ど、どったの? 無銭飲食?」
「違うよ。座ろう」
夏彦は苛立ちを隠さないまま、席に戻る。
「ふう……」
氷の無くなったコーラを飲み干し、夏彦は首を上に向ける。
「調子わりいのか?」
「すこぶるね。はあ……」
大きなため息を、夏彦は惜しみなくもらす。ここに来た時の顔とは、えらい違いだった。
「……一将」
「は、はい!」
まるで別人のような雰囲気に、一将は背筋を伸ばし、膝に手を置いた。
「僕たちって、馬鹿だよね……」
どんよりとした声で、夏彦はそう言った。
「え、お前は馬鹿じゃねえだろ?」
「大馬鹿野郎さ。ま、大半は君のせいなんだけどね」
自虐するように夏彦は言う。一将ははなんのことだか、さっぱり分からなかった。
「…………とりあえず、色々とすっきりさせておこうか」
夏彦はスマホを取り出し、画面を見せる。「俺が彼女に告る理由」のファイルだった。
「まず第一に、これを読んで、僕が最初に疑問に思ったことを言っていいかい?」
「え、なに? もしかして文化祭の下りで、お前のことをかっこよく書きすぎたことか? でもあれは客観的に見ても――」
「どうしてこの文章の中には、『好き』という文字が、一度も出てこないんだ?」
夏彦は重苦しい声で、そう聞いてきた。




