戦いの果てに
「それじゃ、劇の成功を祝して、乾杯!」
「かんぱーい!」
夏彦の音頭とともに、クラスメイトたちは缶ジュース(担任のおごり)を飲み始める。布の置かれた机の上には、チョコやポテトなど様々なお菓子(これも担任のおg)。約三十分ほどのプチ打ち上げが開始された。
「あーったく、マジ悔しいぜ!」
宮間はバリボリとポテチを食べながら、愚痴をもらす。なぜかまだ女装の格好をしていた。
「油断さえなけりゃ、オレが勝ってたのによ!」
「言い訳は男らしくないぞ。あれは完全に実力負けだ」
橋口は無表情のまま、チョコレートを食べていく。
「んだよ、おめーは悔しくねえのかよ?」
「そりゃ悔しいさ。だが、あれは完全に朝桐の作戦勝ちだ」
橋口の視線がある女子グループに向けられる。その中心には、透子さんがいた。
「すごかったよ朝桐さん!」
「アタシ、感動しちゃった!」
女子たちは透子さんの活躍を、ほめまくる。
「あ、いえ……まぐれ、です……」
透子さんは照れくさそうに、顔を下に向ける。
「皆見、おつかれー。よかったぞ!」
朝桐さんに目を向けていると、橋口や宮間、男子たちが俺のところに集まってきた。
「――みんなのおかげだよ」
結果的に劇は大成功した。だが一歩間違えればみんなこうは笑っていなかった。それくらい、俺がしたことは危うかった。
「でよ皆見」
宮間はニヤニヤしながら、俺と透子さんを交互に見る。
「お前と朝桐さんって、付き合ってんの?」
無駄に大きな声。みんなの視線が俺に集まった。
「あ、いや……」
「え、そうなの!?」
「あー、だからあんなアドリブができたんだー!」
言いよどんでいる内に、女子を中心に「勘違い」し始める。文化祭が終わった解放感もあり、みんな変なテンションになっていた。
こんな他人に公認されるような状況は嫌すぎる。俺は慌てて否定しようとした。
「みんな、ちが――」
「はいみんなー! 屋台の余り物もらってきたわよー!」
教室のドアが大きな音とともに開かれる。「幼なじみ」は両手にいっぱい「余り物」を持った夏彦とともに、教室に入ってきた。
「うおっ、サンキュー!」
「おいしそう!」
食欲に支配されたクラスメイトたちは、話題をやめて夏彦の元へと向かう。
「はい、押さないで押さないでー!」
甘いものに群がる、アリのようなクラスメイトたちをなだめながら、「幼なじみ」は俺にウインクする。『感謝しなさいよ』……そう言っているようだった。
「皆見くん」
女子たちの質問攻めから逃れた透子さんは、俺の元にやってくる。
「あの、外に……出ませんか?」
透子さんは教室の外を指さす。俺はうなずき、そおっとみんなに気づかれないよう、教室を出た。
「おつかれ」
階段の踊場にたどり着く。俺は透子さんに乾杯を求めた。
「おつかれさまです」
缶と缶が当たる。俺たちはジュースをちびちびと飲んだ。
「ありがとう」
言うなら今しかない。俺は透子さんに頭を下げた。
「あ、いえ……あたしも無我夢中で……その、ごめんなさい」
「いやいや! それはこっちのセリフだよ。本当、ごめん……あんな風にしちゃって……」
観客にも、クラスメイトにもウケは良かった。でもやはり、俺の行為は愚かだった。
二人の戦いは、時間ギリギリまで続いた。とはいっても、二人はその間ずっと打ち続けたわけではない。むしろその逆だった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
開始から一分経過しても、透子さんも「幼なじみ」も打ち合いに出ることはなかった。二人は相手の呼吸を計りながら、間合いを取り続けた。
本来の剣道ならば、こんなことをしていたらお互い減点を取られているだろう。観客からすればつまらないことこの上ない。そう思っていた。
「……っ!」
だが観客は騒ぎ立てたりしなかった。二人から発せられる独特の気迫を感じ取ったかのように、観客たちは食い入るように二人の動きを見続けた。
「これ、やばくね?」
ぼそっと後ろから声がする。俺はハッとなり、時計を見た。
「やべえ……」
いつの間にか、二人の戦いが始まって三分も経過していた。残り時間はあとニ分……。このままだと中途半端なところで終わりかねなかった。
「な、何をしている! 早くやり合わないか!」
焦った俺は、二人の前に出て、遠回しに時間がないことを告げた。
「……っ!」
「……」
だが、二人は極限まで集中しているのか、俺の声など耳に入っていなかった。まるで本当に命のやり取りをしているようだった。
時間は無情に過ぎていく。別の意味でハラハラしてきた。
「早――ぐぇ!」
こうなりゃ無理矢理でも戦わせる。俺が二人の間に割って入った時だった。狙ったかのようなタイミングで動いた「幼なじみ」の剣が、俺に当たった。
「あ……!」
決してわざとじゃないが、邪魔をした事実は間違いない。気まずい空気が流れ始めた。
「ちょっとあんた、いったい何――」
「くっ……やはり、こんな戦いで姫を決めるなんて……間違っている!」
もうヤケだった。俺は完全に路線から外れた道を、進み始めた。
「私が、愚かだった……!」
俺は叩かれた部分に手を当て、よろよろとした足取りになる。二人とも、呆然としていた。けれど、もう退けない。
「この国は我が命を持って終わり……とする。二人とも……さらば、だ……」
ガクッと膝をつき、俺は仰向けに倒れ、かなり強引に劇をシメようとした。
「ふざけんなー!」
観客たちからブーイングは上がった。そりゃそうだ、俺だってこんなわけの分からない締め方をされたら同じようにする。
「…………」
でも、結果的にこれで良かったのだろう。俺がブーイングを受けなければ、その矛先は二人に向いていた。二人はただ、真剣にやっただけだ。その上で、時間が無くなったにすぎない……。
あとでみんなに土下座しよう。俺はこの先、イジメられることも覚悟した。
「王子……」
あと十秒経ったらステージから立ち去ろう。そう思っていた時だった。透子さんの顔が、俺の目の前にあった。
「目を、お覚まし下さい……」
そのまま透子さんは、目をぎゅっと閉じ、俺の顔に向かって、自分の顔を近づける。
鼻が当たらんばかりの至近距離。俺の唇は、柔らかな感触に包まれた。
「起きて下さい」
耳元で透子さんがささやく。俺はその通り、体を起こした。
その後のことは、よく覚えていない。ただ、今日一番の、鼓膜が破れんばかりの拍手をもらったことは、しっかりと体に刻まれていた。
そしていつの間にか、俺は教室にみんなと戻り、ぷち打ち上げが始まり、透子さんと教室を抜け出していた――。
「そもそも、あれは私が動こうとしなかったことに問題があるんです!」
透子さんは必死に非は自分にあると言ってきた。
「いやもう……やめよう。終わったことだし」
どちらが悪いかなんて言っていたら、キリがない。あれは不幸な事故、俺はそう割り切ることにした。
「それに、観客が求めていたのは、劇の内容そのものじゃないしね」
俺は自分の口元を手で抑える。すると透子さんは顔を真っ赤にさせた。
あの時、俺たちは本当にキスをしたわけじゃない。俺はとっさに、自分の唇を手で覆った。ちょうど、透子さんの髪の毛でその分は隠れ、透子さんの唇は、俺の手の甲に触れた。
それでも、観客は騙すことができた。早い話、観客は「キス」を見たかっただけだ。スケベどもめ。
「迫真の演技だったよね」
マジでキスされるんじゃないかと、俺は焦った。それくらい、透子さんの顔は俺に近かった。
「迷惑……でしたか?」
「え? いやいや、そんなわけないよ! むしろ本当にしてくれたらって――」
思わず俺は変なことを言ってしまった。透子さんは、唖然とする。
「…………ごめん、今のはその……」
「本当にしたかった……です」
「――え、それって」
透子さんは頭を下げ、教室に戻った。
「……」
あそこまで言われてその意図が気づかないほど、鈍くない。
俺の知らないところで、俺のために苦労し、あそこまで頑張ってくれた。
これが、第四の理由だった。




