戦闘開始
「みんな、本当ごめん!」
舞台裏に戻った俺は、すぐにみんなに、特に夏彦に謝った。
「いいっていいって!」
「気にしないで!」
俺の失態に、みんなは優しい言葉をかけてくれる。それが逆に、俺の心を痛めた。
「大丈夫だよ」
ポンと夏彦は俺の肩に手を置く。
「すまん」
夏彦のアドリブがなかったら、劇はおしゃかになっていただろう。俺はもう一度、夏彦に謝った。
「まだ終わっていないよ。だから今は、準備だけしててね」
夏彦は汗を流しながら、舞台を見る。そうだ、まだ終わっていない。俺は顔を上げ、舞台の方へ振り返った。
「でりゃ!」
「おりゃあ!」
舞台の上で、二人の男女が剣を交らす。宮間と「幼なじみ」だった。
力強い打撃で、「幼なじみ」の風船を狙う宮間。「幼なじみ」はそれを紙一重で避け、カウンターを食らわせようとする。
「くっ!」
それを宮間もギリギリのところで避ける。そしていったん距離を取った。
二人の緊迫したやりとりや、BGMの効果もあって、観客はかなり興奮していた。
「いいぞ!」
「お姉ちゃん、がんばれー!」
「宮間姫ー!」
茶化すようなものもありながらも、観客は劇にのめりこんでいた。二人はジリジリと距離を縮めていき、再び打ち合いが始まった。
「これ、脚本ないんだよね?」
「すごすぎじゃね?」
練習を見たことあるはずのクラスメイトたちも、二人のアクションに驚いている。俺もその一人だった。
練習で宮間と「幼なじみ」がやりあっても、宮間が勝つことがほとんどだった。そもそも、こんなにも長く打ちあうことなんてなかった。
『相手がマジな方が燃えるでしょ?』
本番に強いタイプだとは知っていたが、ここまでだとは思わなかった。俺は一人の観客として、二人を見続ける。
「はあ……はあ……!」
主に宮間の攻撃をかわし続けていた「幼なじみ」の息が先に上がった。幼なじみは舞台ギリギリのラインまで下がる。
「ふふふ、もう終わり? 大したことないのね」
劇に「入っ」た宮間は、笑われることも恐れず、姫を演じる。宮間はにやりと笑いながら、「幼なじみ」に近づく。
誰か勝つか分からない……その良い意味での不明瞭さが緊張感を持たせる。俺たちは固唾をのみ、おそらく最後になるだろう、二人の打ち合いを見守った。
「終わりよ!」
急に速度を変化させ、宮間は一瞬で「幼なじみ」の間合いに入り、剣を振り上げる。
「でりゃああ!」
パンッ。風船が割れる音がした。
「…………み、見事よ」
最後まで、オネエ口調はやめず、宮間はよろよろとその場に倒れた。
大きな拍手が鳴り響く。「幼なじみ」と宮間は、まだ劇の途中ということも忘れ、観客に頭を下げた。
「さあ、続いての戦いはこちらだ」
俺のいる方向とは逆側にいったんよける二人。本来の語り部の言葉とともに、ずっと端で待っていた橋口と透子さんに光が当てられる。
「うわっ、かわいそう!」
「無理でしょこれ」
テンションの上がった観客たちは、透子さんの方を見て哀れみの声を出す。
「ヒメニナルノハ、コノワタシヨ」
めちゃくちゃカタコトで、橋口は剣を透子さんに向ける。どっと観客が笑う中、透子さんは表情を一切崩さず、同じく剣を向ける。
「いいえ、わたしが姫です」
凛とした声に、観客たちから笑いが消える。スピーカーから、鐘の音がして、第二戦目が始まった。
「……はっ!」
遠慮も躊躇も尺の都合も関係ない。橋口はただ「勝つ」ことだけを考え、野球で鍛えた体を惜しみなく使い、透子さんに襲いかかった。
「くっ!」
練習で嫌ほど見た光景が目に浮かぶ。橋口は練習において、誰と対戦しても一番勝ち星が多かった。そして透子さんとの対決の勝率は一〇〇パーセントだった。
誰もが予想した通りの結果になる……それでも俺は目を逸らさず、最後まで透子さんの姿を見ることにした。
「――え?」
先に驚いたのは、観客たちだった。確実に透子さんの風船を捉えていたはずの剣は、透子さんの肩に直撃していた。
「やっ!」
透子さんは反撃に出た。
「――っと!」
だがそこはやはりリーチの差があり、透子さんの刀は橋口に届かない。
「まだ!」
透子さんはあきらめず、小柄な体を活かし、橋口の胸元という名の死角に入り込む。
「…………っ!」
おそらく、橋口の目からは透子さんが消えたように感じたことだろう。透子さんはその一瞬の隙を突き、さらに体をかがませる。にゅるりと橋口の脇を通り、透子さんはついに完全なる死角――背後に回り込んだ。
(いけ……いけえ!)
俺は奥歯を噛みしめ、透子さんを応援する。透子さんは突き上げるように、橋口の頭上の風船を狙う。
「うおおっ!」
怒号とともに、橋口は無理やり体をねじり、狙いをずらそうとする。
だが、少し遅かった。
パンッ。と大きな破裂音。透子さんの剣は、橋口の風船を貫いていた。
歓声がわあっと上がる。まだ劇が終わっていないにも関わらず、大きな拍手が鳴り響いた。
「すごっ、朝桐さんってあんなに動けたの!?」
「なにがなんだがよくわかんねえ!」
「ヤラセじゃないよね!?」
練習では誰にも勝てなかったことを見ていた俺たち1-Bは、観客以上に興奮した。本当、すごすぎるだろ……!
ドラマのような逆転劇に、俺は自然と涙が出た。透子さんは膝に手をつき、肩で息をしていた。
「一将」
ポンポンと肩を叩かれる。夏彦は「次、次」と俺を促した。
そうだ、まだ終わっていないんだ。俺は涙を拭い、ステージに出る。
「み、見事な戦いであった!」
俺は透子さんの手を取り、体を起こすのを手助けする。アドリブだ。
「いえ……王子、大丈夫……です!」
強がるように笑って、透子さんは自力で姿勢を正す。そこに、「幼なじみ」が出てきた。
「まだ戦いは終わっていないわ。そして、勝つのはあたしよ!」
透子さんに剣を向ける「幼なじみ」。
「――負けません」
疲れを感じさせない、強きな声だった。二人は俺の目の前でにらみ合う。観客たちはわあっと盛り上がった。
「王子羨ましすぎ」
「どっちも可愛いな」
観客たちのひそひそ話が自然と耳に入ってくる。その中で聞こえてきたある言葉は、劇に見入っていた俺に、大事なことを思い出させた。
「マジでキスするのかな?」
もう、野郎同士で変なことになることはない。俺はどちらかの女子と、キス(のフリ)をしなければならなかった。
「……」
俺はごくりとつばを飲み込む。また頭が真っ白になりかけた。
「――双方、全身全霊を持って戦うがいい!」
その前に、俺は吐き出すようにセリフを口にした。
カンッ。
鐘の音がなる。最後の勝負、運命ともいえる一戦が始まった――。




