9.私はどこの王族なのだ
「委員長って意外とずぼらなんだなー」
「何が?」
「いや、ドア全部開けっ放しでいくじゃん。あ、もしかして委員長の家では使用人がドアの開け閉めを全部してくれるとかー?」
私はどこの王族なのだ。
「ドアを閉まっていたら誰かに襲われた時素早く逃げられないでしょう」
「…委員長は普段どんな生活送ってるんだ」
勿論普段からそんな生活をしているわけではなく、これはゾンビが襲ってくるのを警戒してのことだ。恐らくチュートリアルが始まるまでゾンビやら異形やらは出て来ないはずはずだが、警戒するに越したことは無いだろう。
そしてもう一つ、部屋にある棚を開けて行く羽黒に視線を投げる。
羽黒月斗
常にマイペースなクラスのムードメイカー。主人公にも気さくな態度で接してくる。
どちらかというとムードメイカーよりエアブレイカーと言う言葉の方がしっくり来そうだ。
この実はこのファトムズブライド、攻略を進めていけば明らかになるのだが、攻略対象のほぼ総てが人外になるというどれだけ盛るつもりだという設定がある、羽黒はその中でも最初から人間では無いうちの一人だった。彼のルートに入ると人外の部分が出てきて襲われる(食欲的な意味で)イベントがある。ゲームでは彼のパートは中盤ぐらいに来るはずなのだが。
(今のは確かにイベントだった)
『僕は大神のこと好きよ』
『えっなっ何?』
『だからそんなに自分の事卑下しなくても良いんじゃない?』
脳裏に浮かんだシーンを反芻する。少しセリフが違うが、そんな事を言うならそもそもセリフを言う相手が違うのだ。しかし結果としてほぼ同じセリフを吐かれている事が指し示す事実に愕然とする。
(わたしと彼女が似ているという事!?)
「委員長なんか不機嫌ー?」
「…そう見える?」
「うん」
「気のせいよ」
「ああ…そー」
明らかに納得していないような顔だが追求しても利が無いと思ったのか棚の引き出しを開ける作業に戻っていった。
私は棚のガラスに写った自分の顔に目を走らる。表情筋が死んだかのような鉄面皮が自分を見返している。
金持ちに腹芸は必須スキルであり、事実私も必要ならどんな表情も一瞬で浮かべられる自信があるが、基本的に必要の無い場所ならば無表情一択で固定している。
(野生の勘…?)
イベントの事も含めて警戒しておいた方が良いだろう。
ロッカーのドアを開けて私はピタリと動きを止めた。
「ちょっとこれを見てくれない?」
「何かあった…」
私の肩越しにロッカーの中身を覗いた羽黒はセリフを途中で詰まらせた。
「本物?」
「どうかしら、撃ってみれば分かるんじゃない?」
そう言って私はロッカーに入っていたショットガンを取り出した。ゾンビを相手にするゲームを始めあらゆるフィクション作品でおなじみのあれである。
「重いわね」
「委員長危ないってー」
口ではそういうが羽黒も興味津々な様子で私の手元をのぞき込んでいる。
「弾は入ってないようね」
ショットガンのマガジンを覗き込みながら言う。
「かんか委員長手慣れてるねー」
「ハンドガンとそうそう基本的な構造は変わらないでしょう」
「委員長の家って…ひょっとして任侠屋さんだったのか」
「違うわよ」
任侠屋さんってなんだ。
「いや、似合うと思うよ。着物着て刀持ってー」
「着物は似合わないと思うわよ」
「似合わないのが似合っているんだよー」
何を言っているんだこいつ。
「私だって本物なんか触ったこと無いわ。エアガンが家にあるからそれを触ったことがあるだけよ」
「委員長兄弟いるの?」
「…姉がいるわ」
「じゃあ、お父さんのかー」
私のです。何故だろう、女子がモデルガンを集めるのはそんなに変だろうか?
「それより、これ」私はもっていたショットガンを羽黒に向ける。
「弾が無いみたいなんだけどロッカーに入ってないかしら?」
撃てないと分かっていても銃口を向けられると穏やかで居られないのだろう、慌ててロッカーの中を調べ始める。なるほど過去の権力者達が度々暴力で人身を支配していた理由が良く分かる。すごく楽だ。
「こんなのあった」
羽黒がロッカーの中から引っ張り出してきたのは両手のひらに乗る程度の紙箱だった。私は箱を、受け取り中身を一つ手にとってしげしげと眺める。
「本物の弾って見たことある?」
「無いよー」
私は一つ大きく息を吐くとショットガンの弾を紙箱に仕舞い、元のロッカーに入れていく。
「羽黒君、これはおもちゃよ」
「委員長?」
「他の場所を探しましょう」
私はそう言ってロッカーを閉じた。ここにショットガンがある。今はそれだけを羽黒に覚えさせておけばいいだろう。