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祝音少女《五色ノ契》〜音に選ばれた少女たちは、祝福の旋律で世界を救う〜  作者: たいしょう
最終譜 決戦譜 -七つの祝音、そして五彩ノ契へ-
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第七十八音 ディスコードが受け取る音

 大否律が割れた。


 白い空間の奥から、ディスコードの中心が現れる。


 形はない。


 けれど、そこには確かに小さな光があった。


 千年前の音。


 世界を救えると信じて鳴らされた音。


 失望の奥へ押し込められ、千年否定され続け、それでも消えなかった残響。


 詠はその光を見た。


「あった」


 声が震える。


「あなたの中に、まだあった」


 ディスコードの気配が激しく乱れる。


「触れるな」


「触れる」


 詠は《祝華》を構えた。


 攻撃ではない。


 弦を、その光へそっと重ねるために。


「傷つけたいんじゃない」


「なら、なぜ来る」


「受け取ってほしいから」


 ディスコードは沈黙する。


「私は受け取らない」


「それでも鳴らす」


 詠の金色の弦が鳴った。


 カナミの一音を宿した弦。


 その音が、ディスコードの小さな光に触れる。


 白い空間が震えた。


 ディスコードから、言葉にならない感覚が流れ込んでくる。


 疲労。


 絶望。


 怒り。


 失望。


 そして、その奥に隠されていた、音への愛情。


 詠は息を詰めた。


 重い。


 千年分の否定は、ただの頑固さではなかった。


 愛して、信じて、裏切られたと感じて、それでも忘れられなかった重さ。


「こんなの」


 詠の膝が震える。


「ひとりで抱えてたの」


「抱えてなどいない」


 ディスコードの声は弱くなっていた。


「切り捨てた」


「切り捨てられてない」


 澪が水色の旋律を添える。


「残っている」


 琴羽の春桃の和音が、その重さを包む。


「痛かったんだね」


「痛みではない」


 天音が低い拍を置く。


「痛みだろ」


 理央が譜線を結ぶ。


「定義はどうでもいい。今ここにある」


 ミヨリの鈴が静かに鳴った。


「千年、よう耐えたの」


 その言葉に、ディスコードが完全に止まった。


「耐えた」


 初めて、ディスコードがその言葉を繰り返した。


「私は、耐えていたのか」


「うん」


 詠は答えた。


「音が無意味だって証明しようとして、ずっと音のそばにいた」


「違う」


「離れられなかった」


「違う」


「それだけ、好きだった」


 沈黙。


 白い空間が、ゆっくりと揺れる。


 ディスコードの中心の光が、少しだけ大きくなった。


「わからない」


 その声は、もう巨大な否定ではなかった。


 迷子のような声だった。


「音が無意味なら、なぜ消えない」


「消えないから、無意味じゃない」


 理央が言う。


「音に意味があるなら、なぜ世界は変わらない」


「一音だけで世界全部は変わらない」


 詠は言った。


「でも、一音が誰かの中に残る。残った音が、次の音になる。そうやって少しずつ変わるものもある」


 ディスコードは答えない。


「それは遅すぎる」


「うん」


「救えないものが多すぎる」


「うん」


「それでも鳴らすのか」


 詠は頷いた。


「鳴らす」


 五彩ノ鼓動が、静かに形を変えた。


 激しい歌唱戦闘ではなく、今は子守歌のように柔らかい。


 でも、弱くはない。


 詠、澪、琴羽、天音、理央。


 五人の音が、ディスコードの中心の光を囲む。


 ミヨリの鈴が律を守る。


 カナミの残響が、その光へまっすぐ伸びる。


「あなたの音は、消えてない」


 詠が言う。


「千年前から、ずっとここにある」


「私は」


 ディスコードの声が揺れる。


「音を愛していた」


 白い空間に、はっきりとその言葉が落ちた。


 大否律が、音を立てずに崩れ始める。


「愛していた」


 もう一度。


「だから、許せなかった」


 詠は頷く。


「うん」


「救えなかった世界が」


「うん」


「変わらなかった人々が」


「うん」


「それでも鳴り続ける音が」


「うん」


 ディスコードの中心の光が、五彩ノ鼓動に触れた。


 受け取った。


 詠には、そうわかった。


 白い否定が薄れていく。


 けれど、それは許されたという意味ではなかった。


 失われたものが戻るわけでもない。


 ディスコードが傷つけた音も、切り捨てた時間も、なかったことにはならない。


 ただ、否定の奥に隠した最初の音が、ようやく誰かの前へ出てきた。


 詠たちはそれを裁くためではなく、聴くためにここまで来た。


 聴いたあとで、どう生きるか。


 その問いだけが、静かに残る。


 ディスコードは最後に言う。


「疲れた」


 その言葉は、千年分の音より重かった。


 詠は《祝華》を下ろさないまま、静かに答える。


「うん」


「千年、お疲れ様」


 ディスコードの気配が、ゆっくりとほどけていく。


「私の音も」


「あるよ」


「まだ」


「鳴ってる」


 ディスコードの中心から、かすかな旋律が返ってきた。


 それは五彩ノ鼓動とは違う。


 千年前に鳴っていた古い旋律。


 少し不器用で、まっすぐで、世界を本当に変えられると信じていた頃の音。


 詠はその音を聴いて、胸が痛くなった。


 美しかった。


 カナミが好きだったと言った理由が、今ならわかる。


 こんな音を鳴らした存在が、音を否定するしかなくなるまで傷ついた。


 その事実が、ただ悲しかった。


「きれいだよ」


 詠が言う。


 ディスコードは答えない。


「今も、きれい」


 澪が弦を添える。


 琴羽が和音を重ねる。


 天音が拍を小さく落とす。


 理央が譜線でその古い旋律の位置を支える。


 ミヨリの鈴が、消えかけた音を律へ戻す。


 古い音と五彩ノ鼓動が、初めて同じ場所で鳴った。


 長い沈黙。


 そして、ディスコードの中心の光が、五彩の音に包まれた。


 否定は砕けたのではない。


 受け取られて、ほどけた。


 その瞬間、詠はディスコードの中にひとつの風景を見た。


 千年前の誰かが、まだ名前のない歌を聴いている。


 その隣に、かつてのディスコードがいた。


 音が世界を変えると、本気で信じていた存在。


 その顔は見えない。


 でも、音は見えた。


 あまりに眩しくて、あまりにまっすぐで、だからこそ折れたときの痛みも深かったのだとわかった。


 詠はその風景へ、心の中で頭を下げた。


 その音があったから、カナミが音を嫌いにならずに済んだ。


 その音があったから、今ここに五彩ノ鼓動がある。


 否定の奥にあった音もまた、第一幕を支えた一音だった。


 詠は、その一音を胸の奥へ置いた。


 好きだったものを嫌いになるほど傷つくことがある。


 信じたものに裏切られたと思う夜がある。


 それでも、もう一度聴いてくれる誰かがいるなら。


 音はそこで終わらない。


 ディスコードが受け取ったのは、敗北ではなかった。


 長すぎた否定の終止符だった。



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