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祝音少女《五色ノ契》〜音に選ばれた少女たちは、祝福の旋律で世界を救う〜  作者: たいしょう
最終譜 決戦譜 -七つの祝音、そして五彩ノ契へ-
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第七十六音 五彩ノ鼓動、起動

 カナミの光が消えた場所に、桜色の花びらが一枚落ちていた。


 詠はそれを拾った。


 手のひらの上で、花びらは淡く光り、すぐに溶ける。


 泣いている時間はない。


 そうわかっていても、胸の奥が痛かった。


「詠」


 澪が隣に立つ。


「うん」


「行ける?」


 詠は頷いた。


「行く」


 声は少し掠れていた。


 でも、折れてはいなかった。


 正門の奥には、まだディスコードがいる。


 大否律には大きな亀裂が入っている。カナミが作ってくれた亀裂。六つの音で届いた証。


 けれど、否定はまだ崩れていない。


「カナミさんが、あそこまでやってくれた」


 琴羽が涙を拭う。


「今度は、私たちだね」


 天音がスティックを肩に乗せた。


「当然」


 理央が《律盤》を見つめる。


「カナミの一音は、五人の祝具に分散して宿った。これまでの七つの祝音とは違う状態」


「どう違うの」


 詠が聞く。


 理央は少しだけ考えた。


「七つの祝音は、五人、カナミ、ミヨリの並列合奏だった。今はカナミの音が五人の中に溶けている」


 澪が弦に触れる。


「五人の音が、変わった」


「うむ」


 ミヨリが頷く。


「ここから先は、七つを超えて五つへ戻る。じゃが、戻ると言っても元通りではない」


 ミヨリの鈴が小さく鳴る。


「七つを通った五つじゃ」


 詠は《祝華》の金色の弦を見た。


 カナミの温かさが、そこに残っている。


「五彩」


 自然に、その言葉が出た。


 五色ではない。


 ただの色でもない。


 五人それぞれの色が、カナミとミヨリの音を通って、もう一度自分たちの色として鳴る。


「五彩ノ鼓動」


 詠が呟いた瞬間、五人の祝具が震えた。


 それは、ただの技名ではなかった。


 五人がここまで通ってきた音の名前だった。


 詠が友達を求めて鳴らした最初の一音。


 澪が孤独の底で守ってきた静かな旋律。


 琴羽が優しさの奥に隠していた欲しさ。


 天音が怒りを殺さず拍に変えた鼓動。


 理央が証明できないものを、それでも記録ではなく信頼として置いた譜線。


 そこにカナミの数百年と、ミヨリの千年と、四奏卿の本物の信念が混ざっている。


 五彩とは、きれいに揃った五色ではない。


 傷も、迷いも、受け取った敵の音も含めて、もう一度自分たちの色として鳴らすことだった。


 《祝華》の弦が一斉に光る。


 《音幻》の新しい白銀の弦が、水色の旋律に溶ける。


 《花奏鍵》の三段目が完全に開く。


 《雷陣》の金のシンバルが朝の光を受ける。


 《律盤》の七つ目の譜線が、五人を円形に結ぶ。


 祝装が変わっていく。


 詠の袖に桜色の光が重なり、胸元の紋様が五彩の輪になる。


 澪の装束の裾は深く広がり、静かな水面のように揺れる。


 琴羽のリボンには小さな花冠の光が宿り、タンバリンの鈴が増えた。


 天音の肩に雷紋が走り、炎のような金の線が腕へ伸びる。


 理央の背には紫夜の紋章が浮かび、譜線が星のように細かく分岐する。


 五人は互いを見る。


 誰も、もう一人ではない。


 七つの音を通り、四奏卿の音を受け取り、カナミの一音を宿した五人。


 それが、今の五色ノ契だった。


 ディスコードの声が降ってくる。


「また形を変えるのか」


「変わるよ」


 詠は答えた。


「鳴るたびに、変わる」


「変わっても、世界は救えない」


「全部は救えない」


 詠は言った。


 否定ではない。


 認めるための言葉だった。


「でも、今ここにある音は、今ここにいる誰かへ届く」


「それでは足りない」


「足りなくても鳴らす」


 澪が一歩前へ出る。


「一人の音も、本物だから」


 琴羽が続く。


「受け取ってもらえたら、次の音になるから」


 天音が拍を置く。


「消えても、次を刻むから」


 理央が譜線を固定する。


「証明できなくても、鳴った事実は残るから」


 ミヨリが詠の肩で鈴を鳴らす。


「そして、その事実が律になる」


 ディスコードの大否律が再び強まる。


 白い空間が五人を押し潰そうとする。


 だが、今度は五彩の光が薄れない。


 五人の胸で、同じ拍が鳴っている。


 カナミの残響。


 四奏卿の本物の音。


 神響の街の小さな朝の音。


 全部を抱えた鼓動。


 その鼓動は、五人を強くするだけではなかった。


 背負ってきた痛みの重さを、ひとつずつ音へ戻していく。


 沈黙を選びかけた誰かの息。


 孤独の中で閉じた扉。


 暴れそうな感情を押さえ込んだ拳。


 意味がないと笑われた小さな願い。


 どれも消えたわけではない。


 けれど、五彩ノ鼓動の中では、すべてが次へ進むための拍になっていた。


 詠は《祝華》を構えた。


「最後に一曲、聴いて」


 ディスコードは答えない。


 詠は笑った。


 涙の跡が残ったまま。


「答えなくても、鳴らす」


 五人が一斉に息を吸う。


 神響の街が、遠くで震えた。


 音を失った商店街の看板が、かすかに揺れる。


 音楽準備室の窓辺に置きっぱなしの譜面が、見えない風にめくられる。


 まだ戻っていない音たちが、五彩ノ鼓動を待っているようだった。


 詠はそれを感じた。


 この一曲は、ディスコードだけに向けるものではない。


 神響の街へ。


 四奏卿へ。


 カナミへ。


 そして、音を信じられなくなったすべての心へ向けるものだった。


 五彩ノ鼓動が、起動した。


 五人の足元に、五つの円が広がる。


 桜紅、水色、春桃、雷金、紫夜。


 円は互いに重なり、境目で新しい色を作る。


 その中心に、小さな桜色と紫の光が灯った。


 カナミの一音。


 そして、その外側に、鈴のような細い輪が走る。


 ミヨリの律。


 五人はその輪の中で、同じ呼吸をした。


 今まで何度もバラバラになった。


 それでも、戻ってきた。


 その戻ってくる力こそが、五彩ノ鼓動の始まりだった。


 詠は胸の奥で、カナミの声を聞いた気がした。


 遠くまで届けなさい。


 泣くのはあと。


 その二つの言葉が、今の詠の背中を押す。


 詠は涙を拭わなかった。


 涙も、この音に混ぜればいい。


 五彩ノ鼓動は、泣かないための歌ではない。


 泣いてもなお鳴らすための歌だった。



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