↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祝音少女《五色ノ契》〜音に選ばれた少女たちは、祝福の旋律で世界を救う〜  作者: たいしょう
最終譜 決戦譜 -七つの祝音、そして五彩ノ契へ-
PR
71/81

第七十一音 五色ノ契 feat. カナミ

 七つの祝音が、大否律の白を揺らしていた。


 詠の《祝華》。


 澪の《音幻》。


 琴羽の《花奏鍵》。


 天音の《雷陣》。


 理央の《律盤》。


 カナミの残響。


 ミヨリの鈴の音。


 それぞれは小さい。


 世界をひとりで変えるほどの力はない。


 でも、七つが重なった瞬間、白い空間の中に亀裂が生まれた。


「なぜだ」


 ディスコードの声が初めて乱れた。


「音から意味を奪った。感動も、余韻も、解釈も、すべて白へ戻した」


「戻せてない」


 詠が答える。


「あなたも知っているはずだよ」


「何を」


 詠は《祝華》の金色の弦に指を置いた。


「千年前、あなたが音を愛していたときの意味」


 ディスコードの気配が止まる。


「あなたは、それを消そうとしてきた。千年かけて、音には意味がないって証明しようとした」


 七つの音が、少しずつ強くなる。


「でも、消えてない」


「違う」


「消えていたら、あなたはもう音にこだわっていない」


 理央の譜線が、詠の言葉を支えるように伸びた。


「音が無意味なら、証明する必要もない」


 ディスコードが沈黙する。


「あなたは今も音と戦っている」


 理央は静かに続ける。


「それは、あなたの中に音の意味が残っているから」


 大否律の白が揺れる。


 その揺れに合わせて、記憶のようなものが流れ込んできた。


 五人は同時に息を呑む。


 千年前。


 どこか遠い場所で、音楽が鳴っていた。


 街に歌があった。


 広場に弦があった。


 泣いている人の隣で笛が鳴り、疲れた人の足元で太鼓が鳴り、誰かの誕生日に小さな合奏があった。


 人は笑った。


 人は泣いた。


 手を取り合った。


 音楽は、確かに人の心を動かしていた。


 けれど、次の記憶が来る。


 同じ歌を知る者たちが、争っていた。


 同じ旋律に涙した者たちが、翌日には誰かを傷つけていた。


 美しい演奏のあとで、憎しみは消えなかった。


 感動した心は、世界の仕組みを変えられなかった。


「わからなかった」


 ディスコードの声が、記憶の奥から響く。


「音楽が届いているのに、なぜ変わらない」


「心が動いたのに、なぜ傷つけ合う」


「音に意味があるなら、世界は良くなるはずだった」


「でも、良くならなかった」


 詠はその記憶を見ていた。


 美しい音を愛した存在。


 その音が世界を救うと信じた存在。


 信じたぶんだけ、絶望した存在。


「だから、意味がないと決めるしかなかった」


 ディスコードの声が硬くなる。


「そうでなければ、耐えられなかった」


 詠は小さく息を吸った。


「決めるしかなかったんだね」


 白い空間が震える。


「信じていた音が、思った通りに世界を変えてくれなかったから」


「黙れ」


「意味がないって決めることで、もう傷つかないようにした」


「黙れ」


 詠は首を振った。


「黙らない」


 七つの音が、詠の声を支える。


「サイレンシアも、ノクターンも、カコフォニアも、ヴォイドリズムもそうだった。傷ついたから、音を遠ざけた」


「同じではない」


「同じだよ」


 詠は《祝華》を鳴らす。


「あなたの場合は、傷の大きさが世界だっただけ」


 ディスコードの気配が激しく揺れた。


 澪が一歩前へ出る。


「世界を救えなかったから、音を否定した」


 琴羽が続く。


「でも、音を愛していたことまで消えたわけじゃない」


 天音が拍を刻む。


「だから今も、こんなに怒ってる」


 理央が譜線を伸ばす。


「切り捨てた感情が、まだ残っている」


 ミヨリの鈴が鳴る。


「それが、千年分の残響じゃ」


 《祝華》の奥で、カナミの音が強くなる。


 詠は歌い始めた。


 最初は小さく。


 灰の中から光を探すように。


 カナミがかつて歌った旋律を、詠の声で歌う。


「覚えてる、あの音を」


 言葉は白い空間に吸われかけた。


 けれど、七つの祝音がそれを支える。


「名前もない旋律でも、届けたかった」


 カナミの残響が、詠の声へ重なる。


 完全な姿ではない。


 それでも、確かにそこにいる。


「届いてほしかった」


「それだけで、始まりだった」


 大否律に、もう一本亀裂が入る。


 ディスコードが低く唸る。


「やめろ」


「やめない」


 詠は歌を止めない。


 澪の水色が旋律を整え、琴羽の春桃が言葉を包み、天音の拍が足元を支え、理央の紫夜が道を固定する。


 ミヨリの鈴が古い律を呼び、カナミの残響が詠の声を押し上げる。


「五色ノ契」


 詠は歌の中で言う。


「カナミさんと一緒に」


 七つの音の中心で、五人の祝具が同時に光った。


 《五色ノ契 feat. カナミ》。


 それは完成形ではない。


 まだ途中の音。


 でも、今この瞬間、ディスコードの大否律に届くための名前だった。


 詠はその名前を口にした瞬間、自分たちがカナミの後ろに隠れているのではないと気づいた。


 カナミもまた、五人の前に立っているわけではない。


 並んでいる。


 数百年前に届かなかった音と、今ここで鳴っている五つの音が、同じ高さで重なっている。


 それが、この名前の意味だった。


 澪の旋律がカナミの一音を避けずに受け止める。


 琴羽の和音が、カナミの痛みを薄めずに包む。


 天音の拍が、数百年分の孤独に足場を置く。


 理央の譜線が、過去と現在の音を同じ譜面へ並べる。


 詠はその中心で歌う。


 これはカナミを救う歌ではない。


 救われたカナミと一緒に、ディスコードへ届くための歌だった。


 五人の合奏に、カナミの残響が重なる。


 ミヨリの鈴が律を開く。


 白い空間に大きな亀裂が走った。


「なぜ届く」


 ディスコードの声に、初めて怯えに似た揺れが混じる。


「意味を奪ったはずだ」


「奪えない」


 詠は歌の中で答えた。


「意味は、私たちが持っている」


 七つの光が、大否律の中心へ突き刺さる。


 白い空間が割れ、その奥に千年前の音楽を愛していた記憶が一瞬だけ見えた。


 ディスコードは動かなかった。


 ただ、その巨大な気配が、確かに震えていた。



少しでも続きが気になったら、ブックマーク・評価・いいねで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。