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第二十四話

 その日は朝から慌ただしかった。新樹が皇城に呼び出されたからだ。さらに百花と昂焔もつれてこいという、そんな指示らしい。


 以前から皇帝は百花に会いたがっていたようだが、新樹はそれをのらりくらりと交わしていたようだ。だが、今回は新樹が呼び出され、そのついでに百花も連れてくるようにと言われてしまえば、新樹も観念したのだろう。


 そんな新樹は新樹で朝から不機嫌であり、彼の世話は航平に任せたものの、百花は百花で美代に着物を着つけてもらっていた。皇帝と会うために相応しい格好は何かと考えたら「あのときの着物があるだろ」と新樹がつっけんどんに答えたからだ。


「はい、百花ちゃん。終わりだよ。うん、よく似合ってるね」


 帯を締め終えた美代がぽんと背中を軽く叩く。


 鉄線の花が描かれた薄紅色の着物は、新樹と二人で手芸店へ出かけたときに選んでもらったもの。淡い紅に黒い帯が引き締まって映える。


 髪をすっきり結い上げてもらうと、うなじがひんやりと冷えて、なんだか落ち着かない。


「おい、百花。用意はできたか……」


 新樹が部屋に入ってきた。紺色のジャケットにネクタイまでしっかり締めた姿はいつもより大人びて見える。しかし百花の姿を目にした瞬間、彼は息を呑み、身体をぴたりと固くした。口を半開きにしたままで、何か言いかけるものの言葉は出てこない。


「新樹様? もしかして、変でしたか?」

「なっ……変なわけあるか! その着物は俺が選んだんだ。用意ができたなら、さっさと行くぞ」


 首筋を赤くした新樹はぷいっと背中を向け、ついてこいとでも言うように部屋を出ていった。


「あっ、美代さん。ありがとうございました」

「はいはい、どういたしまして。ほら、さっさと行ったほうがいいよ。旦那様がお待ちだから」


 美代は必死に笑いをこらえているようで、口元をゆるめて百花を送り出した。


 皇城までは航平が運転する車で向かう。


 外はすっきり晴れており、青い空がどこまでも広がっている。いくら移動が車だとはいえ、出かけるのであれば、雨よりも晴れの日のほうが気持ちも軽やかになる。


 とはいえ、後部座席に新樹と並んで座る百花は、着物の締め付けもあって、非常に緊張していた。いつも軽口を叩く新樹でさえも今日は珍しく口を閉ざし、背筋を伸ばしてかしこまっている。


 もしかして新樹も皇帝との面会に緊張しているのだろうか。


《なんだい、なんだい。まるでお見合いしているような二人じゃないか。あとは若いお二人でって、違うだろ?》


 この重苦しい空気に耐え切れなくなったのか、昂焔がひょこっと鞄から這い出てきた。


「いいから、おまえは黙ってろ」


 焦った新樹は、昂焔をまた鞄の中に押し込もうとしている。


《やだ、えっち。どこを触ってるの?》


 昂焔は器用に声色まで変えていた。こう見えて、意外と多才なようだ。

 相変わらずの一人と一匹のやり取りに、百花も思わず笑いが込み上げてしまい、ふふっと小さく声を漏らす。


《おお、嬢ちゃん。やっと笑ったな。嬢ちゃんには笑顔のほうが似合うぜ》


 聞いただけで赤面しそうなセリフであるのに、その主がかわいらしいぬいぐるみ姿の昂焔だから、ほほ笑ましいものだ。


「ありがとうございます、昂焔さん」


 百花が両手を広げると、昂焔は新樹の手からひょいっと逃れて、するりとその手に収まった。


「おい、こら。昂焔」


 すぐに新樹の尖った声が響く。


《なんだい、なんだい。照れて本音を言えない坊のために、オレ様が心の声を代弁してやっているんだろ? その着物、すごく似合ってるぜ、嬢ちゃん》

「なっ……」


 絶句した新樹の顔がみるみるうちに真っ赤になった。


「ありがとうございます、昂焔さん。昂焔さんも、そのネクタイ、似合ってますよ?」


 昂焔も連れて皇帝に会うと聞いたため、ぬいぐるみであってもおめかししたほうがいいだろうと、百花は昂焔の首元に小さなネクタイをつけた。首の周りをぐるっと一周させて、タイを結んだものだ。


《へっへ~、そうだろ? オレ様は何をやっても似合うんだ。だけどな、このネクタイが坊とおそろいっていうのがなぁ~》


 新樹のネクタイは紺のチェック柄だ。それと同じような布地で昂焔のネクタイを作ったのだが、どうやらそれがお気に召さないらしい。


「おまえはいちいちうるさいんだよ」


 新樹は百花の膝の上にいた昂焔の首根っこを捕まえて、自分の膝の上に置いた。しかも昂焔が暴れて逃げないようにと、両手を使ってぎっちり固定する。


《うわ、暴力反対。オレっちだって、男の硬い膝の上よりは、やわらかい膝の上のほうがいい》


 新樹の手の下で昂焔がどかどかと暴れている。


「おまえは百花にべたべたしすぎだ」

《オレっちはかわいいぬいぐるみ。嬢ちゃんに抱っこされたって、おかしくないだろ》

「うるさい!」


 新樹が一喝すると、昂焔はもごもごと言葉を小さくしていき、そのまま黙り込んでしまった。さらに動きもおとなしくなる。

 新樹はぷいっと顔を窓の外へそむけたまま、しばらく沈黙していたが、ふと小さな声で呼んだ。


「……百花」


 何事かと百花が視線を向けるが、彼はこちらを見ずに外を向いたまま。


「その着物、よく似合っている……あまりにもきれいで、驚いた……」


 背中を向けながらも伝えてくる新樹の言葉が、百花にとっては意外なもので、急に心臓がドキドキとうるさくなった。頬が熱を帯び、耳の奥から自分の鼓動が聞こえてくる。


「あ、ありがとうございます……」


 新樹の背を見つめるが、彼は決してこちらを振り向こうとはしない。だが、彼の耳の下がほんのりと赤く染まっていた。 





 初めて足を運んだ皇城に、百花の足はすくんでしまった。見上げるほど高く建つ皇城は、化粧漆喰の城壁で覆われ、銅瓦葺きの屋根を持つ昔ながらの建物だ。


 遠くから眺めたことはあっても、敷地内に入れるのは選ばれた者だけ。百花のようなただの人がおいそれと来られるような場所ではない。


 堂々と歩く新樹の後ろをついていく百花だが、いつも早歩きの彼が少しだけゆっくり歩いているように感じた。それはまるで百花を気遣うように。


 華やかなエントランスホールから二階へと続く螺旋階段を上がると、そこはギャラリーになっており、また一階の広い空間が見渡せるようになっていた。


「一階は吹き抜けで、大ホールになっている。ここで偉い人を集めて食事会とかパーティーとか、そういう面倒くさいのが開かれる」


 新樹は勝手知ったる我が家のように、ずんずんと奥へと進んでいく。それでも室内を簡単に百花に教えてくれるのだ。


「こっちの奥には個室が用意してある。人がたくさんいて、疲れたときに利用する部屋だ」


 二階の奥にあった階段を上り三階へ。三階は華やかさが抑えられ、厳かな雰囲気を受けた。


「三階は、会議とかに使われる部屋が多い。半分は、皇族のプライベートゾーンだ」


 そして新樹は、背丈の倍以上もある扉の前に立つ。その扉の両脇には、帝国軍の人間が軍服姿で直立している。


 重々しい扉がゆっくり開き、これから何が起こるのかと、不安と期待によって百花の心臓は早鐘を打つ。


「久しぶりだな、新樹。大きくなったな」


 室内に入ると、低くて落ち着きのある男性の声が出迎えた。


「帝国の太陽である皇帝陛下に挨拶を申し上げます」


 胸に手を当て、頭を下げる新樹は、年齢よりもぐっと大人びて見えた。彼のこういった堅苦しい態度を見るのは初めてで、百花の胸には驚きと戸惑いと複雑な感情が生まれる。


 しかしすぐに彼の動きに合わせて、百花も頭を下げた。後方に控える航平も、新樹と同じような姿を取った。


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