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第二話

 人の中には、生まれながらにして霊力を備えている者がいる。それは古の鬼の血を引くためとも伝えられ、その者たちは鬼人(きじん)と呼ばれている。鬼人の中でも高貴なる者たちは鬼族(きぞく)とも言い、この稜穂帝国はその鬼族によって統治されていた。すなわち、帝国を統治する皇族も鬼族であり、皇族を守る六家の一族も鬼族なのだ。


 その六家のうちのひとつ、暁陽家。真っ白い外観の洋館は、赤い屋根の角ドームを持つ塔屋が特徴的な建物である。この塔屋は遠くからも見え、人々は「あれが暁陽家のお屋敷よ」とよく話題にしていた。


 その暁陽家に、ただの人である百花がやってきてから二年が過ぎた。


 借金の返済の代わりに競売にかけられた百花を、落札したのが暁陽家当主の新樹である。しかも金貨百万枚という想像もつかないような大金で。


 理由を聞いてみれば、以前、百花が作ったうさぎのぬいぐるみを新樹が持っており、それを直してほしいからだと言う。


 いまだに信じられない話だが、二年も経てば状況も変わり、なんとか百花も現状を受け入れられるようになってきた。


「おい、百花。今日の予定は?」


 食堂へと向かう途中、新樹が歩きながら尋ねてきたが、これは毎朝の恒例行事のようなものだ。


「はい。九時から一族会議。その後は、分家の旭野(あさひの)家が所有する採石場を見学のあと、関係者と料亭風音(かざね)で昼食会。十四時からは、帝国会館にて六家会議となっております」

 百花も新樹に合わせて早足で歩くから、三つ編みにした二本のおさげが、背中でバサバサと激しく揺れる。


「六家会議……」

「それが本日の最重要案件です。深山さんに引きずってでも、縛ってでも連れていくようにお願いしてありますので、ご安心ください」


 新樹が舌打ちしたのを、百花は聞き逃さなかった。


 出会ったときは十三歳で幼さ残る新樹であったが、二年経っても、その見た目はさほど変わらない。どうやら新樹は鬼人の中でも霊力が強く、それが身体の成長に影響を及ぼしているらしい。身長もまだ百花より低いが、態度だけは大きなもので、それも出会ったときと変わりなかった。


「新聞にはいつものように印をつけてあります。例の人狩りの件、それから東洋金属が造船事業に手を出すようです」


 新聞を読み、重要な記事を選別し印をつけるのは、百花の仕事である。時間のない新樹が効率的に情勢を知るための手段で、百花のほうからやりたいと名乗りをあげた。


「わかった。今日はここまででいい」

「では、失礼いたします」


 百花の朝の仕事はこれで終わりだ。


 新樹を起こし、朝の身支度を整えさせ、食堂に連れてくる。その間、今日の予定を新樹に伝え、必要なものがあれば、新樹のほうから百花に用意しておくように命じる。すると百花は、新樹が出かける前、もしくは仕事に取りかかる前までにそれらを準備しておく必要があった。


 今日は何も命じられなかったため、そのまま使用人の控え室に向かった。こんな日は珍しい。


 百花は暁陽家の女中として働いており、女中用の着物のお仕着せを身にまとう。新樹に買われたのだから、自分の立場はわきまえているつもりだし、仕事は新樹の身の回りの世話や仕事の補佐、そして縫い物と多岐にわたり、そこに共通性はない。


 控え室は和室になっているため、入り口で室内履きを脱いでから中に入った。


「あら、百花ちゃん。今日は早いのね」


 先に朝食をとっていた女中の一人が声をかけてきた。長く暁陽家に勤めており、百花の母親よりもうんと年上の女性である。


 暁陽家では五十人以上の使用人を雇っているが、それでも六家の中では少ないほうだと聞いている。百花の実家が商売をしていたときだって、使用人の数は十数人程度だったため、それに比べれば十分に多い。


「はい。今日は新樹様からは特に何も言われなかったので」


 百花がしれっとした表情で答えると、女中はくすりと笑う。

 お盆の上にご飯と味噌汁、そして漬物と佃煮を載せた百花は、女中の向かい側に座った。


「どうかされましたか?」

「長く続いているなと思ってね。旦那様はなかなか気難しくていらっしゃるから。百花ちゃんが来てくれて、助かっているのよ」


 その言葉がお世辞だったとしても、褒められたら嬉しいもので、頬がぽっと熱くなった。


「さてと、私は先に戻るよ。ごゆっくりどうぞ」


 暁陽家では、使用人たちは交代で食事をとる。特に時間は決められておらず、仕事と仕事の合間の時間を見計らって、皆、ここへ食事しに来るのだ。


 朝食を終えた百花は、針子部屋へと足を向ける。ここは暁陽家に雇われている針子たちが裏地の張替えや縫い物をしている部屋だが、今日はまだ早い時間というのもあって、誰もいない。


 部屋の真ん中には、机と椅子が五組ほど円を描いて並んでおり、部屋の壁側には足踏みミシンも二台ある。残念ながら、百花はミシンの使い方がわからない。そのうち教えてあげると、声をかけられたのは最近だ。

 棚から自分の裁縫箱を取り出すと、いつもの席に座って、新樹から頼まれていたぬいぐるみの手直しを始めた。


 二年前も修復を頼まれたうさぎのぬいぐるみは、新樹との出会いをもたらしてくれた。


 これは藤澤商店が軌道に乗っており、養護院に資金援助をしていたとき、バザーのためにと百花が作ったもの。


 どうやらその買い手が新樹だったらしい。素人のまして子どもが作ったぬいぐるみを今も大事に持っているのだから、ありがたいやら恥ずかしいやら。


 なぜ新樹がこのぬいぐるみに執着するのかはわからない。


 そしてこのぬいぐるみ、百花が暁陽家に来てからというもの、わりと頻繁に修復しているのだ。

 男の子だからぬいぐるみを愛でているのではなく、殴っているのだろうかと疑いたくなるが、どうやらそうではないらしい。


「おはよう、百花さん。今日は早いのね」


 母親と同年代くらいの針子の一人が、挨拶と共に部屋に入ってきた。


「はい。今日は新樹様からの指示が特になかったので」


 先ほどと同じように答えれば「よかったわね」と彼女が声をかけてくる。


「あら、今日もそのぬいぐるみ? やっぱり男の子だから扱い方が雑なのかしら? 無意識のうちに力が入ってしまうというか」

「どうでしょう? もう少し、丈夫に縫おうとは思っているのですが……」


 新樹に非があるような言い方はしたくなかった。


「でも、これ。布地もすり減ってきているわね」


 百花が手にしているぬいぐるみを、彼女はまじまじと見つめてくる。


「新しい布をあてるか……いっそのこと作り直したらどうかしら?」


 その言葉に「そうですよね」と百花も同意する。


 どうせなら、布地も新しいものにして作り直したほうがいいのではないかと、修繕のたびにそんな考えがちらついていたが、新樹に言い出せずにいた。


 それは彼がこのぬいぐるみを非常に大事にしているから。そして百花自身、あのときの幸せだった思い出に浸りたいから。


「新樹様に確認してみます」

「そうね。だけどそのぬいぐるみは旦那様のお気に入りなの。あなたが来るまでは、誰にも触らせなかったのよ?」


 なんて応えたらいいのかわからず、百花は曖昧に微笑んだ。


 それからしばらくすれば、他の針子たちもやってきて、それぞれ繕い物を始める。


 百花もせっせと針を動かしたが、新樹がこのぬいぐるみを誰にも触れさせなかったという過去にひっかかりを覚えた。


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