第一話
どうしても和風ファンタジーで年下ヒーローが書きたかった。
ただそれだけです。
視界を奪われ両手を背中で縛られたまま薄い着物一枚をまとう藤澤百花は、肌にまとわりつく熱気とにおいに身体を震わせた。先ほどから耳に届く声や音は騒がしく、ここはどこだろうと思案する。
「では、最後の商品です。見てください、器量よしの生娘です。愛玩にするも使用人にするも、それは彼女を手に入れたあなた次第」
最後の商品――それは、間違いなく百花を差している。
(私……売られたのね……?)
ここは競売場だ。しかも、その競売にかけられるのは人間であり、つまり闇オークションとも呼ばれる場。
ステージの上に客からよく見えるように立たされているのだろう。いくつもの視線がちくちくと肌に刺さる感じがした。
どれだけの人がいるかはわからないが、もわっとした暑さの漂う空間からも、何十人、下手すれば百人以上がいるに違いない。
見えない世界が想像をかきたてる。
『藤澤商店』といえば、この国では五本の指に入る有名な商家であり、その娘である百花は何一つ不自由ない暮らしを送っていた。使用人の数は必要最小限であったが、百人を超える従業員が働き、両親も忙しなく動いていた。
それなのに、二年前に大きな商談に失敗し、多額の借金を背負ってしまったのである。今まで両親に媚びへつらえていた者たちは一気に手のひらを返し、腫物に触れるかのような態度を取り始めた。どこにも頼れず、父は借金を返すためにがむしゃらに働いて身体を壊して急死したのが一年前。その後、母親も病気になってしまい、薬も買えずに命を失った。
両親がいなくなっても借金は残っている。借金取りたちは、すべての後ろ盾を失った十六歳の百花を使って返済に充てようと考えたらしい。
ひっそりと母の葬儀を終え、黒い着物すら脱ぐ前に、見知らぬ男たちにさらわれた。
そこからの記憶は曖昧で、気がつけば薄い着物一枚でこの場に立たされていたのだ。
「では、金貨千枚から」
金貨千枚といえば、汗水たらして真面目に働いたときの二年分の給与になる。
「五千……」
すぐに数字を口にする男性の声が聞こえた。
「一万!」
「十万!」
「十万一千……」
次々とその数が上がっていき、自分にそれだけの価値があるのだと優越感が湧き起こってくるのが不思議だった。
心はとっくに疲弊しており悲しいとか怖いとか、そんな感情もどこかに忘れてきたらしい。
「二十万!」
「二十二万……」
金額は次第に高額になり、いつの間にか百花が一生働いても返せないくらいになっていた。
「二十五万!」
その言葉を最後に周囲はシンと静まり返り、百花の心臓の音だけがトクトクとうるさい。
これが百花の将来を決める数字になるのだ。
「他におりませんか? いないのであれば、十九番の商品は――」
「百万だ!」
低い男性の声が響き、再び場内が静寂に包まれたと思えば、すぐにざわつき始める。
どうする? 無理だろ、百万なんて……と、あきらめと驚きが交じった声。
「百万、他におりませんか?」
この場を仕切る男性は、たっぷり間をためてから、カンカンカン……と木槌を打った。
「十九番の商品は、百五十三番が落札です」
男の声が、熱気冷めやらぬ会場内の空気を震わせた。
ざわめきの中、百花は目隠しも外されることなく腕を引っ張られた。
「こっちへ来い、十九番」
こっちへ来いと言われても、視界を覆われている百花は引っ張られるほうに足を向けるだけ。
「そこに座っていろ」
そこがどこなのかがわからないが、手を動かして周囲の状況を確認しようとすれば、ひんやりとした石の壁の感触が手のひらに触れた。そのまま壁を背にしてずるずると腰をおろし、膝を抱えそこに顔を埋める。
(どんな人だろう……)
どのような人物が百花を買ったのか。それは期待なのか不安なのか、よくわからなかった。
ふと、人の気配を感じて顔をあげるものの、視界も奪われているため暗闇からは抜け出せない。だが、甘い香りとともに、あたたかな布地が身体を覆った。
「こんな薄着では風邪を引いてしまいます。戻ったら着替えを用意しますから、今はこれで我慢してください」
男性のやさしげな声が耳に届き、百花がこくりと頷いた瞬間、視界に光が差し込んだ。
「あっ……」
目が光りに慣れた頃、やわらかな眼差しの男性の姿が見えた。
「こちらも外しますね」
後ろ手でまとめられていた枷を外してくれたため、やっと両手が自由になった。
「あ、ありがとうございます……あなたが、私を?」
この人が百花を大金で買ったのだろうか。
焦げ茶の髪は男性にしては長く、後ろでちょこんと縛ってある。それに、最近流行りの洋装でシャツ一枚に黒のズボン姿。かけてもらった上着からぬくもりが伝わってきたのは、これは今まで彼が着ていたからだ。
「いえ、あなた様を選んだのは暁陽家当主の新樹様でございます」
暁陽家とは、皇帝を守る帝国六家のうちの一つ。そのような人物が、百花を金貨百万枚で落札したと言うのだ。
「あの……では、当主様にお伝えください。このたびは、ありがとうございますと」
「どうかご自分でお伝えください。当主様はあなた様の目の前におりますから」
男の言葉で周囲を大きく見回す百花だが、目の前のやさしげな男性の他に、当主と呼べるような人物が見当たらない。
「あの……当主様はどちらに……?」
きょろきょろと首を振っていると、冷たい声が飛んできた。
「おい、おまえの目は節穴か? だからおまえの目の前にいると航平も言っているだろ?」
声の主を視界にとらえ、百花はぎょっと目を見開く。
「も、もしかして、当主様……?」
「もしかしなくても、俺が暁陽家当主、暁陽新樹だ。そっちは俺の側近、深月航平。おまえを金貨百万で買ったのは航平ではなく、この俺だ。何か文句でも?」
ふるふると首を振って文句はないと訴えるものの、まさか暁陽家当主が自分より年下の子どもだとは思ってもいなかった。商家の娘であった百花が、六家の人間を目にする機会などなかったのだから。
それでも新樹はきれいな男の子だった。黒い髪は光に当たれば茶色っぽく見えるし、黒曜石のような瞳はくりっとしていて愛らしい。こちらも白いシャツにジャケットを羽織っているが、きちんとネクタイを締めていた。ただ、その見た目に反した言葉遣いが、彼の年齢を曖昧にしている。
そんな百花の戸惑いすら、彼はお見通しだったらしい。
「ふん。俺の見た目が子どもだからってバカにするなよ?」
「失礼ですが、お年は……」
「おまえ、本当に失礼だな。いや、しかも図々しい。助けてくれた人間に向かって、いきなり年を尋ねるか?」
「それは、当主様がお子様に見えるからです。いえ、実際にお子様ですし、まだお子様ランチを頼んでいらっしゃるではありませんか」
話に割って入ったのは航平である。
「はぁ? 何を言っている」
航平をギロリと睨んだ新樹は、もう一度百花に視線を向ける。
「俺はこう見えても十三歳だ。覚えておけ、藤澤百花!」
覚えておけと威圧的に言われ、コクコクと頷くしかできない。
「では、手続きも終わりましたし、お屋敷へと戻りましょう」
航平に穏やかに声をかけられた百花が「はい」と答えると、新樹がそっと手を伸ばしてきた。
なんだろうと、首を傾げれば「手をつなげ。おまえがはぐれると、こっちが迷惑するんだ」と新樹はまくしたてる。
「申し訳ありません。当主様は思春期真っ盛りの反抗期でございます。どうか、当主様のお望みのとおりに」
航平が申し訳なさそうに頭を下げるものの、百花は戸惑ってしまう。
「ですが」
「なんだ! 俺と手をつなぐのがそんなに嫌なのか」
新樹が睨みつけてきたが、慌てた百花は胸の前で両手を軽く振った。
「ち、違います。その……汚れていますので……」
「ふん。汚れているなら洗えばいい。それよりもおまえに迷子になられたほうが迷惑だ」
百花の手をむんずと握りしめた新樹は、その手を引っ張って百花を立たせ、そのままずんずんと先に進んでいく。想像していたよりも大きくて厚みのある手に、百花の胸がトクリと音を立てた。
「あっ」
航平からかけてもらった上着が肩から落ちそうになり、空いている手で慌ててそれを握りしめる。
階段を上がり鉄製の重い扉を開ければ、どこかの路地裏のように見えたが、太陽の光が届く世界が広がっていた。降り注ぐ輝きに目を細くして真っ青な空を見上げると、乾いた風のにおいがする。
「おい、ぼんやりするな。すぐそこに車を用意してある」
そのまま新樹に引っ張られるようにして、路地裏から騒がしい大通りへと出た。
この稜穂帝国が、他国とのやりとりを始めたのは約三十年前。この三十年間、異国の文化も入ってきたせいか、帝国内は目まぐるしく発展し、大きな道路では馬車や自動車も走っている。着物や洋装姿の人々が忙しなく行き交い、些細な日常がそこにはあった。
「おい、こっちだ。いいからさっさと乗れ」
道路の脇に停められていた自動車に押し込められるようにして乗せられた百花は、今になってこれが現実なのかと疑いたくなってきた。
そもそも、なぜ新樹は百花を買ったのか。しかも金貨百万枚という大金である。
振動が身体に伝わってきて、自動車はエンジン音と共に走り出す。
とにかく百花は落ち着かなかった。こんな立派な自動車に乗ったのは初めてであるし、何よりも隣にいるのが暁陽家の当主である。
いくら百花より年下で子どもとはいえ、当主という肩書きは恐れ多いもの。そのような人物と肩を並べている理由がてんでわからない。
「あの……当主様」
「新樹だ。当主は他にもいる。六家が集まるような場所で当主様と呼んでみろ? 他のやつも反応する」
運転席の航平の肩がぴくりと跳ねた。
「あの、新樹様はどうして私を? それに……あの場から助けてくださってありがとうございました」
百花は、航平からも直接、当主に礼を言えと言われていたのを思い出した。
「ふん。俺はおまえを助けたわけじゃない。俺はおまえを買ったんだ。おまえに価値がないとわかれば、また手放すだけだ……おい、航平。笑うな」
先ほどから運転席に座る航平が肩を震わせていたのは、笑っていたからのようだ。
「失礼しました。相変わらず、新樹様は素直ではない」
「ふん」
鼻息荒く顔を背けた新樹だが、その背けた先で何やらごそごそと鞄から取り出した。
「おい、これを作ったのはおまえだな?」
「あっ……は、はい」
百花は目をぱちくりと瞬き、彼が手渡したうさぎのぬいぐるみを凝視する。見覚えのあるものだが、縫い目が裂け、中から綿が飛び出している。
「たしか……養護院のバザーのために、三年か四年前に作ったものによく似ています」
懐かしいぬいぐるみを見せられ、あのときの記憶がさざ波のように広がり始める。精力的に活動していた両親と、そして生き生きと笑っていた養護院の子どもたち。
「そうだ。これは藤澤養護院で買ったものだ」
だから新樹は百花の名前を知っていたのだろう。養護院のバザーで顔を合わせていたにちがいない。
「おまえ、これを直せるか?」
「はい。必要な材料と道具があれば……」
ぼろぼろになったうさぎのぬいぐるみだが、裁縫のできる者であれば誰だって直せるはずだ。わざわざ百花に頼まなくてもと思うのだが、それはあえて口にはしない。
何よりもこれは、幸せだったあのときに、百花が作った思い入れのあるぬいぐるみなのだ。それを新樹が大事に持っていてくれたことにも、胸が熱くなる。
「だったら、これを直せ。これを直したら、おまえを暁陽家に置いてやる」
そう言った新樹は、よれよれになっているうさぎのぬいぐるみを愛おしそうに両手で抱いており、その姿が百花の心にぽっと火種を落とした。
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