1-1.アイオライト
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絢爛豪華な広間を、侍従と侍女が忙しなく行き来する。
縦横無尽にきびきびと、与えられた仕事を熟している。
カツリ。靴音が僅かに響く。
背筋をピンと伸ばした奏者が一段高い位置に着きトランペットを構えた。
その場にいた者全て、いつの間にか所定の位置に着き姿勢を整えている。
華々しくファンファーレが奏でられ、王宮の大広間の扉が開け放たれた。
麗らかな今宵、シェラサード王国、春の舞踏会の幕開けでございます。
楽団の指揮者がタクトをふわりと振り、軽やかな音楽が流れ始める。
扉前を任された従者は誇らしげに、下位貴族から家名が読み上げた。
煌びやかな衣装に身を包んだ貴族達が粛々と入場する。
参加者の入場は相当な時間を要し、ようやく三大公爵家であるグラハム家、ブロドリ家、フィネス家が華やかに登場した。
全貴族の入場が終わったかのように思えた刹那。
高らかに、もう一声。
「レッチフィル辺境伯家、入場。」
より一層伸びやかに響き渡る。
颯爽と現れた人物は、扉中央でスッと立ち止まり姿勢を正した。
まるで時が止まったかのような静寂が訪れ、自然と目が惹きつけられる。
誰をも魅了する中性的な顔立ちに長い手足。
流れるような美しい菫色の髪を緩やかにまとめた美丈夫が登場した。
レッチフィル辺境伯代理の公子アルフレッドは、穏やかな微笑みをたたえゆっくりと会場内を見渡す。
そして、悠然と入場した。
彼の堂々たる佇まいに、自然と人波が割れる。
何人かのご婦人は感極まり、ふらりとよろめいた。パートナーが慌てて手を差し伸べている。
紳士たちは目に留めてもらえるよう、一斉に背筋を伸ばし姿勢を整えた。
数年ぶりに姿を見せた辺境伯家の予期せぬ登場に、誰もが一瞬で浮き足だったのだった。
春の王家主催の舞踏会は国内の全貴族に招待状が送付され、参加は必須となる。
理由なき欠席は認められていない。
ただし、辺境伯家はここ数年、出席できる状況ではなかった。
なぜならば、隣国のラガパ公国が物資豊かなシェラサード王国を侵略するために、国境に幾度となく攻撃を仕掛けてきた。
辺境伯家は騎士団を率いて防衛のため、戦い続けていた。
ラガパ公国は近隣諸国の侵略を繰り返し、年々大国となり戦力が増加している。
たとえ歴史ある辺境伯領のレッチフィル騎士団が統率もあり鍛えあげられ強靭であるとしても、辺境伯当主や連なる者が辺境の地を離れ、警戒を怠る事は兵力や求心力の面からいっても困難だったのだ。
そのような国防の要となるレッチフィル辺境伯家は遥か昔、王国建国時に王弟が辺境伯となり王家に次ぐ最高爵位を承った。
以降も度々、王家と辺境伯家は互いに縁組をし関係を強固のものとしている。
一代前の当主ドゥゴールも王家より婿入りした王弟である。
本来ならば王族としての強い発言力を主張する事もできるが、王家への友好的且つ臣下であるという態度を崩した事はない。
しかしながら、現王家はそのようには捉えていないようだった。
アルフレッドは精悍な顔つきで前方を見つめ、カツカツと長い足で広間前方の壇上前に到着した。
その到着を待ち構えていたように、壇上の後方部で従者がトーントーンと絢爛な杖を床に打ち鳴らす。
音楽がピタッと消え、その場にいる全員が壇上に向かって最上の礼をとる。
国王一家の入場である。
厳かな空気が流れ、国王、王妃、第一皇子、皇太子妃、第二皇子の順に入場する。
さすが王家とも言える重厚な雰囲気と、煌煌しく美しい顔立ちをしている。
国王より言祝ぎの言葉が述べられ、王族の方々はゆっくりと壇上に用意された席に着く。
その後ろに、それぞれの側近達が控える。
最上の席に国王と王妃。一段下がり国王の左側に、中央から第一皇子、王太子妃、第二皇子が着席した。
再び王宮楽団による緩やかな音楽が会場内に流れ、高位貴族より国王一家への挨拶が始まった。
貴族たちは、鋭い視線で目を配る騎士達の前を通過し、国王の右手方向から壇上へ上がり正面にて最上位の礼をとる。
国王の側近がトンと軽く杖で床をたたくと、貴族達は顔を上げ要望など混ぜつつ祝辞を述べる。
余程のことがない限り国王は右手を軽く上げるのみである。
まず最初に、本日の招待客の中で一番の高爵位であるレッチフィル辺境伯家のアルフレッドが片膝をつき、最高段より2段下の中央位置で礼をとった。
その洗練された姿も美しく、皇子達も軽く顔を向けている。
「シエラサード王国、また国王一家のご繁栄をお喜び申し上げます。」
アルフレッドは朗々と面白みない定型文のみをさらりと述べ、床を打つ音に反応し顔をあげた。
そして、国王の右手がピクリと動いたのを見ると、目を伏せ義務は果たしたとばかりにその場を辞そうとした。
「アルフレッド、久しいな。辺境領より何か要望があれば述べてみよ。」
珍しくも国王から発せられたお言葉に、壇上近くにいた者達皆に緊張が走った。
「…現在、特にはございません。昨年は物資供給等、ご配慮いただきありがとうございました。
国境を防衛する為、皆、死力を尽くしております。有事の際には、是非、迅速なご協力を賜りますようお願い申し上げます。」
様子を伺っていた貴族達より、おーだの、あーだの、王を讃える声が聞こえる。
アルフレッドは上げかけた腰を戻し、一層礼を深くした。
膝に添えていたこぶしに、ぐっと力が入る。
膝を屈しているアルフレッドを見て満足そうに国王が手を払った。
その横に座す王妃は儀礼的で硬質な微笑みを浮かべている。
こちらを見ているようで、目向けてはなさそうだった。
アルフレッドは素早く、次に並ぶ侯爵へ場を譲る。
そして、第一皇子、皇太子妃に祝辞を述べ、第二皇子前に移る。
一瞬、目を和らげ、ボウ・アンド・スクレープで言葉を待った。
「アル、元気だったか?王都にはいつまでいるんだ?後ほどゆっくり話そう。」
第二皇子のリュシオールが待ち構えていたようにクシャっと顔をほころばせ、跳ねるような声で早口に話しかける。
アルフレッドが顔を上げると、学友だった第二皇子、そして皇子の背後に控えるグラハム家子息トマス、ブロドリ家子息ウィルナ、フィネス家子息デルバールが、昔のようにニッと口角を上げる。
アルフレッドは薄く笑顔を見せ寿ぎを述べた後、再び深く一礼をし壇上を降りた。
第二皇子達は顔を見合わせ、アルフレッドを目で追いかけた。
しかし、次に挨拶を待つ貴族がすでに待っている。
まぁ、後で話せばいいだろうと、なすべきことに意識を無理やり戻した。
フロアでは、まだまだ挨拶の順番が回ってこない下位貴族達が少人数の集団となり話をしている。
アルフレッドは、その合間を抜い出口へと向かう。
通り抜けるアルフレッドを目で追う貴族達もいたが、身分制度があるため下位貴族から上位貴族へは先に話しかけることはできない。
なにより国王への挨拶が終わらない限り、会場の外へ出るのは不敬にあたる。
追いかけることもかなわず目を向けることしかできなかった。
アルフレッドが会場から出ると、一拍置かずとして後方部より気配がした。
「リュシオール様が、後ほどとおっしゃっていたような気がしましたが。」
より一層、早足になるアルフレッドに話しかけながら、従者のグリードがアッシュブラウンの髪をなびかせ廊下を並走する。
フロアにいたはずだが口の動きを読んだなと、アルフレッドはグリードをちらりと見た。
いいのかと青い瞳が心配そうに問うていた。
「あの頃のように、無頓着ではいられないよ。」
アルフレッドはアイオライトのような紫の瞳を眇め、人目を避けるように王宮を辞した。




