最終話:魔導令嬢、帝都にて未来を撃つ
帝都・南外縁区。
そこに突如として現れたのは、かつて封印された旧時代の魔導兵器だった。
膨大な魔力を纏った異形の機構体が、ゆっくりと地を這いながら進む。
「これが……“生体リンク式操兵”……!」
動力部には、魔石ではなく、人間の神経を使って制御された禁断の魔導中枢。
それは、私――エレナ・グレイスフォードが封印した技術そのもの。
高台に立つ私は、背後に控える技術院直属部隊を振り返る。
「いいえ、これはもう兵器ではない。“過去そのもの”よ」
兵器を操っていたのは、かつてグレイスフォード家と並び立ったもう一つの旧魔導名家、ヴァインブルク家の末裔だった。
「貴様のような裏切り者が、帝都の技術を牛耳るなど笑止千万だ!
魔導とは貴族が制するもの! 民に分け与えてよい力ではない!」
「……その思想こそが、過去を滅ぼしたのです」
私は胸元の装置――新開発の**“無言起動式神経遮断結晶”**に手を添える。
「これは、あなたの使う旧魔導の“生体リンク”を切断するための技術。
あなたたちは、古き血を頼りすぎた。――私は、“未来”を信じた」
瞬間、空間が振動し、放たれた一条の光が操兵の脳核を貫く。
その直後、機構体の動きが止まった。
「まさか……こんな技術、貴様が……!」
「ええ、貴族の地位も名誉も捨てたからこそ、私は“誰かの役に立つ技術”を生み出せたのです」
その場にいた誰もが、口をつぐんだ。
戦いのあと。帝都の中央広場。
皇帝陛下直々の招集のもと、全市民に向けての最終発表会見が開かれた。
「技術院顧問、エーテリアル・グレイス――貴女は過去に貴族であったが、今は帝都の未来を示した。
この国に必要なのは、過去の名ではなく、“これからの形”である」
陛下の言葉を受け、私はひとつだけ頭を下げた。
「この国の形を、私のような追放された者が変えたという事実が、
きっと未来の誰かの勇気になりますように」
夜――王宮の中庭。
私は、静かに花の香りを感じながら、振り返った。
「……そこにいるの、わかってるわ」
「……やっぱり気づかれるか」
声の主は、王太子・レオンだった。
彼は、少し恥ずかしそうに、けれどまっすぐに私を見つめた。
「エレナ、いや、E・G。……お前は、ずっと俺の前を歩いていたんだな」
「ようやく認める気になったの?」
「うん。いや……追いつきたくなっただけかもしれない」
彼の目に、かつてのような驕りはなかった。
そこにあったのは、痛みと後悔と――敬意。
「もう、お前の隣に立てる資格なんてないって思ってた。でも……」
「でも?」
私は微笑む。
「それでも、どうしても、言いたくて来た」
そう言って、彼は膝を折った。
あの日と同じ仕草で、けれど今度は、ただの形式ではない。
「……もう一度、共に歩ませてほしい。君の未来の横に、俺を置いてくれないか?」
私は黙ってその手を見下ろした。
そして、一歩だけ、彼に近づく。
「……条件付きでなら、許してあげる」
「なんでも言ってくれ」
「ちゃんと、“私を支える”って誓って。今度は、見捨てるんじゃなくて」
彼は、強くうなずいた。
そして、数ヶ月後。
帝都には、初の“魔導公共インフラ”が完成し、
子どもから兵士までが魔導の恩恵を享受する時代が始まった。
それを見届けながら、私は笑った。
(さようなら、悪役令嬢)
そして、ようこそ――
「魔導令嬢エレナ・グレイスフォード。
ようやく、私の物語が始まったのだから」
―完―
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
『追放された悪役令嬢ですが、“魔導令嬢”として帝国の技術顧問になったら元婚約者が土下座してきました』は、
“追放”から始まるリスタートと、“技術”という新たな武器を手にした少女の逆転劇を描いた物語です。
悪役令嬢というジャンルにおいて、“政略・陰謀・婚約破棄”は定番でありながら、
本作ではそこに「魔導×技術革新×帝国構造改革」という少しシリアス寄りの要素を加えてみました。
読者の方が少しでも「カッコいい」と思える主人公像を目指し、
エレナ=グレイスフォードという女性の芯の強さを表現できていれば幸いです。
一方で、元婚約者である王太子レオンの“土下座”は、単なる謝罪ではなく、
“彼女に見合う自分になろうとする意志の表明”として描きました。
その関係性が、単なるざまあや恋愛に留まらず、“尊敬と再生”に繋がっていれば嬉しいです。
構想当初は10話で完結する予定でしたが、想像以上に世界が広がり、
まだまだ描きたいことがたくさんあります。
もしご興味があれば、「お気に入り」や感想などをいただけますと
・レオン視点で語られる「彼の後悔と覚醒」
・エレナとフェリシアの過去編(魔導研究と破滅の夜)
・帝国外編「魔導技術を狙う周辺諸国と、新たな脅威」
など、第2部・番外編として続編を書きたいと思います。
ここまで読んでくださった皆さまに、心より感謝を込めて――
また、どこかの“物語”でお会いしましょう。
ー帝都技術院地下執筆室より