9
辺境で人類生存圏――もうこの言葉は使わないらしい――を守護し開拓するのを生業とする彼女ら辺境人は、幾世代も辺境に住みその強力な魔獣を食してきたからか、その身に宿る魔力の量も質も違う。
見た目は同じ人間種なのに、木の棒で殴って人を軽々と吹き飛ばす彼女らの膂力もそれに由来するものだ。
常時肉体に強化魔術が施されているようなものである。
理屈の上ではそうわかっていても、メイドやご令嬢が、木の棒片手に大の男を吹き飛ばしているこの光景は、まるでギャグのようだった。
もともと私の化け物っぷりを見て狼狽していた彼らだが、彼女らの攻撃にも統制のとれた動きはできず、程なくして全員が地面に叩き伏せられた。まさに全部ぶっ潰したのである。
「お見事。私の手助けはいらなかったようね」
「ええ、まあ。家宝の指輪がなくなった分、私の損かもしれませんね」
「家宝? 私が? ただの飾りげのない指輪だったのに」
「ハンマーで叩いても歪まず、炉でも溶かせず、手入れせずとも曇らず、常に新品同様の輝きの指輪は、とてもただの指輪じゃないと思いますけれどね。……指輪の精霊さん?」
指輪の精霊というのは私のことだろうか。確かにそう言えなくもないけれど。というか、精霊という概念があるのか。少なくともベゾフラポスのあった頃には精霊の存在は確認されていなかったし、そもそも精霊を指す言葉も聞いたことがなかった。
「私は精霊なんかじゃないわ。私は……サラ。ちょっと指輪の中で寝てだけの存在よ」
寝てたわけではないのだが、説明することもできないのでこう言うしかない。
サラという名前は、私がまだ人間だった頃の名前だ。名乗るのは随分と久しぶりだが。
「指輪は今から600年前、初代オンスロワ辺境公の時代からずっと指輪だったと聞いていましたが……。まあ、いいでしょう。私はシャンレイ・オンスロワ。こちらは私の侍女のリージェ。私達はこれから南部辺境に、と言ってもわかりませんよね。私達の家に帰るところなのですが、できればついてきてもらえませんか? サラさん」
「いいけれど。なにか理由が? 護衛が必要とも思えないけれど」
「ええ。先程も言ったように家宝の指輪でしたから。サラさんを連れて行って父に説明しなければ」
なるほど。たしかにそれは必要だろう。
幸い、今の私には目的もない。本当は確か、アイテムボックスの力で商人になろうと思っていたのに。
行く宛もないなら、今の人類生存圏の最前線も見ておきたいし、彼女たちについていくのもいいだろう。特に彼女らは辺境の領主の一族。コネはあるに越したことはない。
「いいわ。よろしく、シャンレイ。それから、リージェ」
「こちらこそ、サラ」