10 Side : シャンレイ・オンスロワ
障害は全て踏み潰して進め。
我がオンスロワ家の家訓ですわ。ですから馬車が襲われたときもどうやってぶっ潰そうか考えていました。
うっかり殺してしまうといけないので木の棒しか持っていませんし、まともに正面からやり合うには多少人数が多かったものですから。
御者は王都で雇った普通の人間だったので、どうやらすでにやられてしまったようです。
そんな事を思っていたときでした。扉が乱暴に開かれ、下卑た男が顔を見せたかと思うと、私がつけていた指輪がなくなり、青白いローブを羽織った少女が馬車内に現れたのです。しかも現れた時、一瞬ですが浮いていませんでした?
侍女のリージェがとっさに前に出て私を庇います。
しかし少女はこちらのことなどまるで目に入っていないようでした。
「なんだぁ、てめえは!? どっから現れやがった!」
男の叫びはもっともなことでした。どうやら、彼らの仲間ではないようです。
正直、助かりました。この少女は見た目からは想像もできないほど恐ろしい存在だということを、私の直感が示しているのです。
実際、彼女が私達にはわからない言葉をつぶやいて苛立ちを顕にした時、辺境の奥地、魔境と呼ばれるような場所にも滅多に現れない、超巨大魔獣と対峙しているような恐ろしさを感じました。
そして彼女がなにかしたのか、目の前の男が一瞬消えると、いつの間にか身ぐるみを剥がされて馬車の外に転がされていました。
帝国の大魔導師が使うという『収納』のような空間魔術でしょうか。しかし魔術を行使したような動きはありませんでした。では、魔法? そのような魔法を使う生物は聞いたことがありません。
「姫様。どうやら彼女は敵ではないようですね」
「ええ。本当に助かったわ。まさか指輪がああなるなんて」
不変の指輪と呼ばれる頑丈さ以外はとくになにもない指輪でしたが、相応の理由があったようです。けれどこれ、父に報告しただけじゃ絶対信じてもらえませんよね?
その間にも彼女といえば頭に矢が刺さったというのに再生したり、火球の魔術を術士に返したりしています。
人間離れ、いや生物かも怪しいまさに化け物です。しかも、全く本気じゃないことは明らかでした。まるで何かを確かめているような。
いえ、そんな考え事をしている場合じゃありません。今なら混乱に乗じて私達でも全部ぶっ飛ばせるでしょう。
「リージェ」
「はい」
さすがはリージェ。伝えるまでもなく馬車に取り付けていた自在袋から妖精銀の鎖帷子と木の棒を取り出すと私に身に着けさせました。
リージェ自身も木の棒を手にとっています。防具らしい防具はつけていませんが、うちのメイド服はそこらの革防具よりも頑丈ですからね。
「で、お嬢さん。できれば馬車の中で待っていてほしいんですけどね」
そんな私たちの様子に気づいたのか、馬車のすぐ外にいる彼女がそんな事を言ってきました。けれどここで引くわけにはいきません。
「ここで馬車内に籠もっていては、南部辺境公オンスロワ家の名折れ。貴方様こそご助力には感謝いたしますが、これ以上は助太刀無用ですわ!」
我が家の家訓は障害は全て踏み潰して進め。馬車に篭りきりで助けてもらったと父に報告するわけにはいきません。
それに最近はお茶会だの舞踏会だのと、体をしっかり動かしていませんでしたからね。ちょうど良い運動の機会でした。
軽くお互いの自己紹介も済ませて、私たちは街道を進んでいます。襲撃もありません。御者がいなくなってしまったために、いまはリージュが代わりをつとめています。
それから、あの賊は埋めておきました。証人として連れ帰っても相手には知らぬ存ぜぬを通されるだけです。それに彼女、サラが背後関係も含めて把握していました。やはりあのボンクラ王子の差金だったのです。
「それで王子様から追われてるなんて、お嬢さんは一体何をしたのかしら?」
「しでかしたのはあちらです! この私を皆の前で……!」
思い返すだけではらわたが煮えくり返りそうです。
あのボンクラは中央大陸の一国から留学にきた商家の娘に入れ込んだ挙句、愛妾にするならともかく正妃にすると言い出したのです! 婚約者の私を差し置いて! しかも私とは婚約を破棄してしかもその上王妃教育を受けてきた私に、あの小娘の補佐をさせるため側妃に迎えるなどと宣う始末。
もちろんそんなこと、父も国王陛下も許すはずありませんが、あれときたら学園の卒業パーティーで高らかに宣言したのです。
そこまでされてこちらの面子を潰されては、こちらも簡単に引き下がるわけにはいきません。もう顔も見たくないので思いっきり顔を引っ叩いて正々堂々退場してやりました。
あのボンクラ王子は本当に何も見えてない。私たち辺境と王家はお互いに血の結びつきがあるから、未だ王と公の関係でいられたのです。それをこのような形で蔑ろにされればどうなるか。
しかもあの中央から来たちょっと可愛いだけの娘にいいように操られて。きっとあの娘は中央からの間者に違いありません。中央大陸にはもう辺境がありませんから、私たちがどのような存在なのか知らないのでしょう。
確かに、中央大陸に比べて辺境を抱えるこちらの国々は文化的にまだまだ未熟です。中央を真似して先進的手法を取り入れるのも良いでしょう。しかしその影響か、我々辺境を蛮族として見下すような風潮が一部に広がっているのは感じていました。
きっと一部の愚かなものたちは思い知るでしょう。中央にないからといってそれを蔑ろにすべきではなかった。馬鹿な王子の独断とはいえ、大勢の前でああ言われては。
辺境を開拓し続けてきた我が領地はもはや一国とよんで過言ではありません。それを臣下にとどめていたのが王家との血の交流。それがなくなれば、そう、独立です。
ああ、婚約者があのクソ王子ではなく、その弟、第二王子なら……。王城の庭で私を兄から奪ってみせると言っていたのが懐かしいですわ……。
力で叶わぬなら知恵で叶えると言い切ったあの気風は辺境にも通じるもの。可愛らしい外見なのに、うちに秘めた覇気に驚いたのを覚えています。
彼ならきっとこんなことにならなかったでしょうに。彼が第一王子じゃなかったことはきっと、私にとっても、国にとっても、とても残念なことね。




