冒険の終わり
「城に戻るまでが探索だと言ったであろ」
背中合わせに座り込んだクランにギュウギュウと伸し掛かり、キャスロードはそう言って口を尖らせた。螺旋回廊の全力疾走に音を上げたクランは、王女に潰されるままになっている。
行程も気楽な折り返しと緩んだのも束の間、一行は言葉の通じない落とし仔に追い掛けられた。これはどうにかこれを逃げ延びたものの、今度はキャスロードが得物を返さないと騒ぎ出したのだ。
喧々囂々、ついにはキャスロードが斧槍を抱えて逃走し、クランがそれを走って追い掛けた。気づけば螺旋回廊の上、地下通路の開口に辿り着いており、二人して通路口でへたり込んだ次第だ。
「ここにいる限り、これは我のものだ」
斧槍を抱えてキャスロードが宣言する。背中は熱いが、まだ元気だ。
「好きにしろ」
クランは呻いて降参した。ながらも、外に持ち出すなと言い含める。万が一にも見つかれば、従騎士たちにも累が及ぶ。こと管理のない古魔術の品は、規制に容赦がない。
斧槍を掲げて眺めるキャスロードは、その時はその時とばかりに、話半分で聞き流している。見つからなければ大丈夫、そんな思いが透けて見え、クランは溜息を吐いた。
背中を重ねたまま、キャスロードは、ふと考え込んだ。
「あの部屋」
クランに訊ねる。
視線はぼんやり縦孔の向こう側に揺れる燈を眺めている。マリエルとコルベット、そしてラルクが、のんびりと螺旋の回廊を上って来る。王女とクランの追いかけっこなど、付き合うのも馬鹿々々しいといった風情だ。
「あれは、叔父上と関係のある場所なのなだろう?」
背中越しに、クランの頷く気配があった。
「最期に大公がいた部屋だ、秘密の工房だな」
キャスロードが驚いて振り返る。
「あんなに狭い、ガラクタだらけの部屋が叔父上の工房?」
キャスロードの知る魔術師工房は、どれも広くて立派だった。壁一面に魔術書が並び、ぴかぴかの魔術装置を並べた施術室が幾部屋もある。王族でありながら、あの部屋には華がなかった。やはり、研究を疎まれていたからだろうか。
「広さや豪華さで工房を見ると失敗するぞ」
クランが鼻で笑う。言い様に腹を立て、キャスロードは、ぐいと背中を押しつけた。
だが、この大空洞そのものが叔父上の工房だとしたら、どんな魔術師も敵わない。古魔術の何たるかもよく知らないが、きっと、恐ろしい魔術を研究していたに違いない。
「サルカンを幽霊にしたのは、やはり叔父上の仕業なのか?」
叔父上はもういないはずなのに。
「そうだな、あそこにあったのは、人を移す魔術の機械だ」
「人を移すだと?」
「魔晶石の中だったり、他の人の中だったり、まあ、色々だ」
クランはどう噛み砕いて説明したものかと考え込んだ。現象は単純だが信じ難く、術式は難解で理解し難い。それが古魔術のありようだ。そもそも人を術式に置き換えることさえ、キャスロードに言って理解できるものではないだろう。
焦れたキャスロードが振り返り、クランの肩に頬を押しつけていると、回廊の先にマリエルのランタンが見えた。キャスロードはクランを押し除けて立ち上がり、三人に向かって手を振った。
勝ち誇ったように斧槍を掲げる。
「遅いぞ、おまえたち」
マリエルがキャスロードの許に駆けて行くる。コルベットは螺旋回廊の長い上り坂に息が上がっていた。引率のラルクは、座り込んで不貞腐れているクランに目を遣ると、やれやれと肩を竦めた。
「さあ帰るぞ、少し暴れ足りないが、今回はよしとしよう」
斧槍の尻をを床に打って、キャスロードが笑った。
「お手数をお掛けしました師匠、殿下が無事で何よりです」
マリエルがラルクに首を垂れた。剣の護りを自負していても、今回もラルクの足許に及ばなかった。ただ、精進しますと口では言いつつ、師匠の実践を見られたことに気が昂っている。
「いやあ、衛士長のお弁当、最高でした」
コルベットが横から言葉を添えて混ぜ返した。ラルクは苦笑で応えたが、一〇年前と同じ相手がいたら、ここで笑ってもいられなかっただろう。クランは英雄の影だと言うが、あながち本当かも知れない。
父や一門なら再戦を望むだろうが、ラルクは無駄な腕試しを好まなない質だ。倒すべき相手なら剣に拘る必要さえ感じない。人が得物を手にした時点で、己の力を誇るなど片腹痛い。目をきらきらさせる門弟には、明かせない本音だが、家を離れたのはそれも一因だ。
その辺り、昔馴染みの三人は意見が合った。人は面倒くさいことが大好きなのだ、とクランは達観している。ただし、無駄と寄り道を省いてしまうと、人は鑑賞する価値もないのだと言う。
「さて、本当に何もないならありがたいが」
意気揚々と前を行くキャスロードを眺めながら、クランは呟いた。従騎士の二人を突ついて、何か気づいたことはないか、と問う。王女の周囲は気に掛けていたはずだ。
「あの取って付けたような通路の蓋ですが」
コルベットが宙を睨んで記憶を探る。
「壊した後に、何か動いたような」
うーん、と唸る。
「動かなかったような」
「どっちだ」
マリエルが突っ込んだ。
何か単純な術式のような。寄せ集めの蓋と同様、出来の悪い封印があったのかも、とコルベットは答えた。脅威は感じなかった。瓦礫を掘り返してまで確かめる必要もないと思ったと言う。
「面倒くさいやり口だな」
クランが顔を顰めた。
マリエルとコルベットが段々とに不安になるほど、クランは考え込んでいる。ふと、ラルクがクランに問うような視線を投げた。何の申し合わせがあったのか、クランは小さく頷いて見せる。
傍の柱に気づいて、クランは足を止めた。前を行くキャスロードを呼び止める。
「少し待て」
言葉と同時に手を伸ばし、無造作に襟首を掴んで引き戻した。仰け反るキャスロードが両手を振り回して宙を泳ぐ。クランはその手を捕まえると、そのまま強引に柱に押し付けた。
宙に俯瞰図が浮かび出る。
「何をする、無礼者」
もがくキャスロードを放り出し、クランは図面を覗き込んだ。現在位置から宮廷に辿れば、今朝の通路と一〇年前のそれがある。王城倉庫に続く路には、唯一、王印のない扉がある。
だがその先には、無数の光点が蠢いていた。
「何だそれは、城の衛士か?」
転ぶ手前のおかしな姿勢で、キャスロードがクランに訊ねる。
「警報のせいだな」
クランが呟いた。思い至って、マリエルとコルベットが思わず顔を見合わせた。
「気にするな、元よりそこから外に出るつもりはない」
キャスロードが胸を張った。
「そうもいかん、あれを通らないと、大空洞に入ったのが殿下だと知れる」
クランは顔を顰めてそう言った。
「王印はそう幾つもないからな」
王位継承の情勢が荒れている今、王女が古魔術の深淵に近づいたとあれば、面倒事が多くなる。忌語りならそれも職の内だ。
クランがラルクに目を遣った。吐息だけが残るほど、ラルクの動きは速かった。
「ご無礼を」
ラルクがキャスロードを抱え上げ、肩に乗せたその折には、すでに王女の口許は手拭いで覆われていた。気配の無さもさることながら、誰ひとり動けず、何が起こったのかもわからなかった。
ラルクは落ちた斧槍を、宙で腕に絡めると、反動を使って従騎士二人に放り投げた。
「え」
「うわ」
マリエルとコルベットが反射的に手を伸ばし、ふたり揃って前のめりにたたらを踏んだ。転倒だけは堪えたが、斧槍を抱えることに意識を持って行かれ、他の思考が追いつかない。
「それじゃ、エレインによろしく」
クランの声に、猿轡の奥でキャスロードが声を上げた。通路の奥を向いたキャスロードには、クランの声しか聞こえない。
キャスロードはラルクの肩で魚のように跳ねた。ラルクの腕一本で押さえられているにも関わらず、まるで鋼に縛られたように身体が動かない。
「本当に、俺が行くのか?」
顔を顰めてラルクが問い返した。暗に衛士に捕まる方がましだと言いたげだ。
「おまえなら説教で済む」
俺が行ったら八つ裂きだ、とクランは真剣な顔で答えた。
「おまえといると、碌なことがないな」
ラルクは鼻を鳴らして踵を返した。クランに促され、マリエルとコルベットは蒼白のままラルクに従った。押されて従う他にない。二人で抱えた斧槍が重く、互いにぶつかりながら、よろよろと後を追って行く。
クランとラルクの冒険のけじめだ。落ち着けば、それは二人にも何となく理解できた。この事態を予期していたのか、それとも、最初からそのつもりだったのか。二人が何か示し合わせていたのは確かだ。
最初から、子供扱いされていた。
二人は王女と目が合わせられなかった。従騎士が護るべきものは、いったい彼女の何だろう。意思か、立場か。マリエルとコルベットは、ただ、おろおろとラルクについて行くことしかできなかった。
小魚みたいに身を捩るキャスロードを眺めて、クランは苦笑した。通路の奥に遠くなる唸り声は、きっと喉が枯れるくらいクランを詰っているのだろう。恨まれるくらいは仕方がない。
どうせ、どちらかが捕まる搦手だ。残りの苦労が増える分、キャスロードを差し出すのは悪手だった。切り札と呼ぶには頼りないが、この際、王女にも頑張って貰わなければ、割に合わない。
クランは轍を拾って歩き出した。王城倉庫の地下までは、そう入り組んだ道筋もない。辿り着くのは容易いが、さて、扉はどうなっているだろう。余計な錠や封など、なければ良いが。
「なるほど」
拍子抜けするほど、簡単だった。複雑な錠も封もない。物理的な閂だけだ。ただし、重く無骨で壊しようがない。しかも、内側からしか開かぬ仕組みだ。外側には把手さえないのだろう。
下を向いた三本の閂に、両手、片足を突っ張って、クランは扉を押し開けた。こんな力仕事なら、ラルクに手伝わせればよかった。ようやく開いた隙間から、平たくなって擦り抜ける。
地下の薄明かりが、思いのほか明るく感じられた。勢い、衛士が飛び掛かって来るかと思いきや、廊下には人けがない。寄り掛かかり、背中で扉を押し込むと、閂の落ちる音を感じた。
振り返って扉を見れば、やはり外側には何もない。奥の閂を引っ掛けるための、特殊な穴があるだけだ。恐らく把手と一体なのだろう。さて、どうやって開けたと言い繕うべきか。
「クライン、クラン・クライン」
驚嘆と半笑いの呼び声に、クランの思索は遮られた。不意に、大柄で四角い顔の男が廊下の真ん中に飛び出して、クランを睨めつけた。誰あろう、宮廷学士長キアノ・パルディオだ。
暇なのか、と言い掛け、クランは言葉を飲み込んだ。
「やはり噂は本当だったか、今度こそ言い逃れはできないぞ、クライン」
なるほど、よりによってパルディオとは、何とも手回しの良いことだ。
呆れたクランの目の前に、盾装の衛士が次々と飛び出して来た。柱の向こうに身を縮こめていたのだろう。端のひとりが警笛を吹くや、扉を蹴り開け、衛士の一群がなだれ込んで来た。




