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わがまま王女の迷宮譚  作者: marvin
迷宮探検
35/48

冒険の終わり

「城に戻るまでが探索だと言ったであろ」

 背中合わせに座り込んだクランにギュウギュウと伸し掛かり、キャスロードはそう言って口を尖らせた。螺旋回廊の全力疾走に音を上げたクランは、王女に潰されるままになっている。

 行程も気楽な折り返しと緩んだのも束の間、一行は言葉の通じない落とし仔(ドワーフ)に追い掛けられた。これはどうにかこれを逃げ延びたものの、今度はキャスロードが得物を返さないと騒ぎ出したのだ。

 喧々囂々、ついにはキャスロードが斧槍を抱えて逃走し、クランがそれを走って追い掛けた。気づけば螺旋回廊の上、地下通路の開口に辿り着いており、二人して通路口でへたり込んだ次第だ。

「ここにいる限り、これは我のものだ」

 斧槍を抱えてキャスロードが宣言する。背中は熱いが、まだ元気だ。

「好きにしろ」

 クランは呻いて降参した。ながらも、外に持ち出すなと言い含める。万が一にも見つかれば、従騎士たちにも累が及ぶ。こと管理のない古魔術の品は、規制に容赦がない。

 斧槍を掲げて眺めるキャスロードは、その時はその時とばかりに、話半分で聞き流している。見つからなければ大丈夫、そんな思いが透けて見え、クランは溜息を吐いた。

 背中を重ねたまま、キャスロードは、ふと考え込んだ。

「あの部屋」

 クランに訊ねる。

 視線はぼんやり縦孔の向こう側に揺れる燈を眺めている。マリエルとコルベット、そしてラルクが、のんびりと螺旋の回廊を上って来る。王女とクランの追いかけっこなど、付き合うのも馬鹿々々しいといった風情だ。

「あれは、叔父上と関係のある場所なのなだろう?」

 背中越しに、クランの頷く気配があった。

「最期に大公がいた部屋だ、秘密の工房だな」

 キャスロードが驚いて振り返る。

「あんなに狭い、ガラクタだらけの部屋が叔父上の工房?」

 キャスロードの知る魔術師工房は、どれも広くて立派だった。壁一面に魔術書が並び、ぴかぴかの魔術装置を並べた施術室が幾部屋もある。王族でありながら、あの部屋には華がなかった。やはり、研究を疎まれていたからだろうか。

「広さや豪華さで工房を見ると失敗するぞ」

 クランが鼻で笑う。言い様に腹を立て、キャスロードは、ぐいと背中を押しつけた。

 だが、この大空洞そのものが叔父上の工房だとしたら、どんな魔術師も敵わない。古魔術の何たるかもよく知らないが、きっと、恐ろしい魔術を研究していたに違いない。

「サルカンを幽霊にしたのは、やはり叔父上の仕業なのか?」

 叔父上はもういないはずなのに。

「そうだな、あそこにあったのは、人を移す魔術の機械だ」

「人を移すだと?」

「魔晶石の中だったり、他の人の中だったり、まあ、色々だ」

 クランはどう噛み砕いて説明したものかと考え込んだ。現象は単純だが信じ難く、術式は難解で理解し難い。それが古魔術のありようだ。そもそも人を術式に置き換えることさえ、キャスロードに言って理解できるものではないだろう。

 焦れたキャスロードが振り返り、クランの肩に頬を押しつけていると、回廊の先にマリエルのランタンが見えた。キャスロードはクランを押し除けて立ち上がり、三人に向かって手を振った。

 勝ち誇ったように斧槍を掲げる。

「遅いぞ、おまえたち」

 マリエルがキャスロードの許に駆けて行くる。コルベットは螺旋回廊の長い上り坂に息が上がっていた。引率のラルクは、座り込んで不貞腐れているクランに目を遣ると、やれやれと肩を竦めた。

「さあ帰るぞ、少し暴れ足りないが、今回はよしとしよう」

 斧槍の尻をを床に打って、キャスロードが笑った。

「お手数をお掛けしました師匠、殿下が無事で何よりです」

 マリエルがラルクに首を垂れた。剣の護りを自負していても、今回もラルクの足許に及ばなかった。ただ、精進しますと口では言いつつ、師匠の実践を見られたことに気が昂っている。

「いやあ、衛士長のお弁当、最高でした」

 コルベットが横から言葉を添えて混ぜ返した。ラルクは苦笑で応えたが、一〇年前と同じ相手がいたら、ここで笑ってもいられなかっただろう。クランは英雄の影だと言うが、あながち本当かも知れない。

 父や一門なら再戦を望むだろうが、ラルクは無駄な腕試しを好まなない質だ。倒すべき相手なら剣に拘る必要さえ感じない。人が得物を手にした時点で、己の力を誇るなど片腹痛い。目をきらきらさせる門弟には、明かせない本音だが、家を離れたのはそれも一因だ。

 その辺り、昔馴染みの三人は意見が合った。人は面倒くさいことが大好きなのだ、とクランは達観している。ただし、無駄と寄り道を省いてしまうと、人は鑑賞する価値もないのだと言う。

「さて、本当に何もないならありがたいが」

 意気揚々と前を行くキャスロードを眺めながら、クランは呟いた。従騎士の二人を突ついて、何か気づいたことはないか、と問う。王女の周囲は気に掛けていたはずだ。

「あの取って付けたような通路の蓋ですが」

 コルベットが宙を睨んで記憶を探る。

「壊した後に、何か動いたような」

 うーん、と唸る。

「動かなかったような」

「どっちだ」

 マリエルが突っ込んだ。

 何か単純な術式のような。寄せ集めの蓋と同様、出来の悪い封印があったのかも、とコルベットは答えた。脅威は感じなかった。瓦礫を掘り返してまで確かめる必要もないと思ったと言う。

「面倒くさいやり口だな」

 クランが顔を顰めた。

 マリエルとコルベットが段々とに不安になるほど、クランは考え込んでいる。ふと、ラルクがクランに問うような視線を投げた。何の申し合わせがあったのか、クランは小さく頷いて見せる。

 傍の柱に気づいて、クランは足を止めた。前を行くキャスロードを呼び止める。

「少し待て」

 言葉と同時に手を伸ばし、無造作に襟首を掴んで引き戻した。仰け反るキャスロードが両手を振り回して宙を泳ぐ。クランはその手を捕まえると、そのまま強引に柱に押し付けた。

 宙に俯瞰図が浮かび出る。

「何をする、無礼者」

 もがくキャスロードを放り出し、クランは図面を覗き込んだ。現在位置から宮廷に辿れば、今朝の通路と一〇年前のそれがある。王城倉庫に続く路には、唯一、王印のない扉がある。

 だがその先には、無数の光点が蠢いていた。

「何だそれは、城の衛士か?」

 転ぶ手前のおかしな姿勢で、キャスロードがクランに訊ねる。

「警報のせいだな」

 クランが呟いた。思い至って、マリエルとコルベットが思わず顔を見合わせた。

「気にするな、元よりそこから外に出るつもりはない」

 キャスロードが胸を張った。

「そうもいかん、あれを通らないと、大空洞に入ったのが殿下だと知れる」

 クランは顔を顰めてそう言った。

「王印はそう幾つもないからな」

 王位継承の情勢が荒れている今、王女が古魔術の深淵に近づいたとあれば、面倒事が多くなる。忌語りならそれも職の内だ。

 クランがラルクに目を遣った。吐息だけが残るほど、ラルクの動きは速かった。

「ご無礼を」

 ラルクがキャスロードを抱え上げ、肩に乗せたその折には、すでに王女の口許は手拭いで覆われていた。気配の無さもさることながら、誰ひとり動けず、何が起こったのかもわからなかった。

 ラルクは落ちた斧槍を、宙で腕に絡めると、反動を使って従騎士二人に放り投げた。

「え」

「うわ」

 マリエルとコルベットが反射的に手を伸ばし、ふたり揃って前のめりにたたらを踏んだ。転倒だけは堪えたが、斧槍を抱えることに意識を持って行かれ、他の思考が追いつかない。

「それじゃ、エレインによろしく」

 クランの声に、猿轡の奥でキャスロードが声を上げた。通路の奥を向いたキャスロードには、クランの声しか聞こえない。

 キャスロードはラルクの肩で魚のように跳ねた。ラルクの腕一本で押さえられているにも関わらず、まるで鋼に縛られたように身体が動かない。

「本当に、俺が行くのか?」

 顔を顰めてラルクが問い返した。暗に衛士に捕まる方がましだと言いたげだ。

「おまえなら説教で済む」

 俺が行ったら八つ裂きだ、とクランは真剣な顔で答えた。

「おまえといると、碌なことがないな」

 ラルクは鼻を鳴らして踵を返した。クランに促され、マリエルとコルベットは蒼白のままラルクに従った。押されて従う他にない。二人で抱えた斧槍が重く、互いにぶつかりながら、よろよろと後を追って行く。

 クランとラルクの冒険のけじめだ。落ち着けば、それは二人にも何となく理解できた。この事態を予期していたのか、それとも、最初からそのつもりだったのか。二人が何か示し合わせていたのは確かだ。

 最初から、子供扱いされていた。

 二人は王女と目が合わせられなかった。従騎士が護るべきものは、いったい彼女の何だろう。意思か、立場か。マリエルとコルベットは、ただ、おろおろとラルクについて行くことしかできなかった。

 小魚みたいに身を捩るキャスロードを眺めて、クランは苦笑した。通路の奥に遠くなる唸り声は、きっと喉が枯れるくらいクランを詰っているのだろう。恨まれるくらいは仕方がない。

 どうせ、どちらかが捕まる搦手だ。残りの苦労が増える分、キャスロードを差し出すのは悪手だった。切り札と呼ぶには頼りないが、この際、王女にも頑張って貰わなければ、割に合わない。

 クランは轍を拾って歩き出した。王城倉庫の地下までは、そう入り組んだ道筋もない。辿り着くのは容易いが、さて、扉はどうなっているだろう。余計な錠や封など、なければ良いが。

「なるほど」

 拍子抜けするほど、簡単だった。複雑な錠も封もない。物理的な閂だけだ。ただし、重く無骨で壊しようがない。しかも、内側からしか開かぬ仕組みだ。外側には把手さえないのだろう。

 下を向いた三本の閂に、両手、片足を突っ張って、クランは扉を押し開けた。こんな力仕事なら、ラルクに手伝わせればよかった。ようやく開いた隙間から、平たくなって擦り抜ける。

 地下の薄明かりが、思いのほか明るく感じられた。勢い、衛士が飛び掛かって来るかと思いきや、廊下には人けがない。寄り掛かかり、背中で扉を押し込むと、閂の落ちる音を感じた。

 振り返って扉を見れば、やはり外側には何もない。奥の閂を引っ掛けるための、特殊な穴があるだけだ。恐らく把手と一体なのだろう。さて、どうやって開けたと言い繕うべきか。

「クライン、クラン・クライン」

 驚嘆と半笑いの呼び声に、クランの思索は遮られた。不意に、大柄で四角い顔の男が廊下の真ん中に飛び出して、クランを睨めつけた。誰あろう、宮廷学士長キアノ・パルディオだ。

 暇なのか、と言い掛け、クランは言葉を飲み込んだ。

「やはり噂は本当だったか、今度こそ言い逃れはできないぞ、クライン」

 なるほど、よりによってパルディオとは、何とも手回しの良いことだ。

 呆れたクランの目の前に、盾装の衛士が次々と飛び出して来た。柱の向こうに身を縮こめていたのだろう。端のひとりが警笛を吹くや、扉を蹴り開け、衛士の一群がなだれ込んで来た。

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