クラン先生の課外授業
武具の台座を教壇に見立て、キャスロードとマリエル、コルベットの三人が並んで座った。向かって立つのは、クラン・クラインだ。ラルクは書架に背を預け、横から皆を眺めている。
キャスロードは耳の先まで屈辱で真っ赤になっていた。涙目でクランを睨んでいる。消え入りそうな声で、先生、と呼ばれたクランは、いつになく尊大で、いっそどこか魔物めいて見えた。
一方、マリエルとコルベットは蒼白だ。王家の醜聞を耳に入れぬよう、裏に表に強要されて来た。それを、こうも簡単に明かしてよいものか。後のことを考えると、怖くて怖くて仕方がない。
「さて、カーディフ・アル・ラスワードか」
腰に手を当て宙を見て、クランはふむ、と頷いた。
「現王の弟にして資質に秀で、サルカンに師事して二つ名を得た中級魔術師だ、古魔術の探求に於いては追随する者なく、これに生涯を捧げた魔術師のひとりだな」
クランは朗々と誦じた。大仰な語り口のせいか、いつもの気怠げな講義からは想像もできない、堂々たる教授振りだった。キャスロードらも呆気に取られて、思わず聴き入ってしまった。
「だが、古魔術において彼を唯一たらしめたのは血統の優位だ、通廊、王笏、この大空洞の遺産然り、王権は古魔術に添う、ところが、秘術に耽溺した彼は、やがて兄と袂を分かった挙句、謀反を起こして投獄され、脱獄の果てに自害した」
急転直下に凍りついた三人の少女を順に眺めて、クランは静かに微笑んだ。
「実に波乱に富んだ人生だったな」
キャスロードが言葉を取り戻すまで、クランはじっと待っていた。叔父への問いが喉を越えそうな頃合いを見計らい、クランはわざと話を続けた。焦れらされ、弄ばれているようで、キャスロードの頬が赤くなる。
「兄弟の仲は決して悪くなかった、兄王は魔術に関心が薄く、王弟は為政に興味がなかった、互いが干渉しない限りは、手も取り合えただろう」
皆から視線を外し、クランは部屋の片隅に目を遣る。
「誰彼となく二人に囁き、互いに追い詰められた経緯は省こう、結果論ではあるし、悪趣味なだけだ、ただ、宮廷とはそういう場所だ、王族と人生を分け合っているのは君ら従騎士だけだ、それをよく覚えておくように」
マリエルがそっとキャスロードの肩に手を掛けた。コルベットも身を寄せる。照れて目こそ合わせないが。従騎士だけが、例え国威に反してさえも、キャスロード個人に従うことを誓った従者なのだ。
「謀反に至る要因は、詰まるところ王権と古魔術にある、王弟は古魔術の探求と解放を求め、兄王は頑に認めなかった」
クランの視線に操られるように、キャスロードは質問の合いの手を入れた。
「どうして、父上は認めなかったのだ」
クランは頷いてキャスロードに顔を寄せ、囁くように告げた。
「古魔術が魔竜戦争の発端だったからだ」
それは、失われた第三市環の時代の戦争だ。
古竜と巨人がリースタンを襲い、滅ぼそうとした四〇〇年前の出来事は、人々が大空洞の底に死蔵された古魔術を発掘し、理に迫る力を手に入れようとしたからに他ならない。
「待て」
キャスロードが口を挿んだ。
「大魔導士フースークが古竜を率いて攻めて来たのだろう、それを我が祖が身を挺して封じ込めたのではないか」
クランの語りに呑まれたキャスロードは、知らず反論の声も小さくなっていた。大空洞を目の当たりにしてからこちら、現実との境を見失っている。知識の根底が揺さぶられていた。
「間抜けな大魔導士がこの孔の底で監禁されていたのは確かだが、古竜が来たのは理の守護が彼らの役目だからだ」
苦い顔で答えたクランは、不安と不満を行き来するキャスロードを横目に先を続けた。
「調伏の姫が知識の封印を誓った結果、古竜は応じて矛を収めた、即ちその約束が王権だ、王族が王印を独占管理しているのは、そのためだ」
吐息と一拍の間を置いて、クランは現世に視点を返した。
「兄王は第二の魔竜戦争を恐れたが、王弟は古魔術の探求を諦められなかった、遂には王印の返還を迫られ、拒んだ末に宮廷を襲った、それが王弟カーディフの醜聞だ」
息を詰めた皆の沈黙の中に、クランは佇んでいる。
講義の行方を追って、ラルクはそっと息を吐いた。クランの職を知ったのは最近のこと、禁忌学士とは確かに言い得て妙だ。大公の謀反を、こうも恣意なく教えられる者もいないだろう。
同時に、それをクランに負わせる宮廷も無責任だと思いもした。
「さて、本来ならここいらでパルディオが怒鳴り込む訳だが、今日はそれもなさそうだ、だから、もうひとつだけ聴いておけ」
どうやら質疑もないと見て、クランは僅かに身を乗り出した。
「今後、誰彼となくカーディフを断じて悪人だと語る者はいるだろう、確かに彼は罪を犯したからな、だが、一方を聴くな、全てを聴け、判断は好き嫌いで構わない、理屈など見方の一方に過ぎない、善であれ、悪であれ、自身の判断以外に意味はない、全てを知ってからでも遅くはないのだ、解かったな」
キャスロードの目を覗き込み、クランはそう言って講義を終えた。
「先生みたいだ」
惚けたような間の後に、キャスロードは無意識に呟いて、自分の言葉に真っ赤になった。クランのしたり顔に腹を立て、よけいに頬を膨らませる。ツン、とそっぽを向いて斧槍を握り締めた。
「思い知ったか」
クランは言って、にんまりと笑った。
「今後も俺の助けが欲しければ、ちゃんと正しい名で呼ぶことだ」




