王家の財宝
「さて、まずは一〇層ほど下りてみようか」
クランの目標は薄ぼんやりしていた。
「何を悠長な、遠足ではないぞ、探検だ」
案の定、キャスロードが噛みついた。
「勝手について来たくせに、面倒くさい王女さまだな」
聞こえよがしの独り言に、キャスロードが怒って脛を蹴った。
確かに、あの部屋を目的地だと告げるのは難しい。何故かという問いには答えられない。キャスロードには、なおさらだ。ラルクは脛を抱えて飛び跳ねるクランを眺めて首を振った。
「これは、どっちの道だ?」
クランを突ついてラルクが声を掛ける。
大空洞の縁を巡る回廊は二重の螺旋だ。クランの目的があの部屋だとしても、道が異なれば辿り着けない。どうにも、その辺りの記憶が息苦しい。ラエルの目のことが遠因だ。
「さて、どうだろう、出たとこ勝負だな」
クランの答えに、ラルクはおざなりに頷いた。どうせ、当てにはしていなかった。
皆、縦孔の紋様を見ながら歩き始めた。
螺旋回廊の緩やかな傾斜は、底に向かって右回りだが、階を示す目印がない。少し下っては斜交いの向きを確かめ、層を数えて下りて行くしかない。
「こんな場所、どこかで見たような」
縦孔に渡された井桁の梁と、所々に下がる滑車に目を遣って、マリエルが呟いた。
「魔術師塔だわ」
呆れたように、コルベットが応える。
「あれ、ここを模して建てたとかじゃないだろうね」
「なるほどな、だが、これほど広いと飛び移るのは難しいな」
縦孔に目を遣り、梁に掛けられた鎖を眺めて、キャスロードは考え込んだ。マリエルとコルベットが無意識にキャスロードのケープを掴む。気づいてキャスロードが口を尖らせた。
「案ずるな、我とてこんな孔を飛び越えようとは思わん」
ラルクが意地の悪い笑みを浮かべてクランを見た。クランは明後日の方を向いている。
確かに、魔術師塔が大空洞を模して建てられた可能性はあった。だが、あの巫山戯た仕掛けはモルダスの悪戯だ。一〇年前の冒険譚を聞いて、思いついたに違いない。クランへの嫌味だろう。
「しかし、ここには何もいないのだな」
キャスロードが呟くと、口許に白い息が零れた。知らず身体が暖まっている。縦孔の円周は大きく、一周でもそれなりの距離を歩く。緩やかな下り坂は、思いのほか身体に負担があるようだ。
「護封庁の管理官くらいは、いるだろう」
クランが応える。護封庁と聞いて、コルベットは不安気に訊ねた。
「殿下が一緒なら、問題ないですよね?」
管理官は封印所に立ち入る特殊な侍従職だ。あらゆる組織からも隔絶し、めったに出会うこともない。佇まいが人間離れしており、気味が悪い。言葉が通じるのか、と思えるほどだ。
コルベットがクランに目を遣ると、当然だ、と答えるはずのクランが考え込んでいる。
「マジっすか」
「ラルク、おまえ鉄って斬れる?」
振り返ってとんでもないことを訊く。
「師匠に斬れないものなんてありません」
答える前に、マリエルが横から口を挿んだ。弟子を再び軽くいなして、ラルクは深い溜め息を吐いた。護封庁の管理官こそ落とし仔だ。つまり身体は巨人と同じだ。
「一振りだと心許ないな」
束の間、クランを縦孔に蹴り落としたい衝動と戦って、ラルクは答えた。背に吊るした鞘に手を遣る。前ほどの搦手ではないにせよ、ここには太刀の通り難いものばかり湧くようだ。
「仕方ない、少し寄り道をしよう」
クランが気の進まぬ様子で言った。
「宝探しだ」
ランタンを掲げてマリエルが走る。意気揚々と駆け回るキャスロードを追い掛けるのに精一杯だ。宝探しと聞いた途端、ついぞ覇気のなかったコルベットまで熱心に探索に取り組んでいる。
道筋は大きく変わらない。回廊を延々と下るのは同じだ。ただし、広場や枝道を見つけるたび、その中を覗き込む。大抵は資材置場だが、中には人の丈に合わせた扉がある。それを探すのだ。
勿論、その多くには錠や封印がある。壊せなくなはいが、時間と執念が必要だ。クランは端から、それらを無視し、王家の紋だけを探すよう告げた。即ち、キャスロードに開けられる扉だ。
ただし、王印は最高位の封だ。金銀財宝を飛び越えて、厄介事が詰まっている可能性もある。いずれ、コルベット好みの世俗的なお宝ではなさそうだが、それでも彼女は目の色を変えている。
途中で開けた幾つかの部屋は、価値の以前に意味のわからない物ばかりが並んでいた。大抵、中を覗き見るなり、クランが苦虫を噛み潰したような顔をして、皆を部屋から追い出した。
それでも、これぞ探検の醍醐味、とばかりに、キャスロードは上機嫌であちこちを覗いて回る。歯止めとなるべき従騎士にしても、コルベットは財宝に目が眩んだまま、一緒になってはしゃいでいる。
自分がしっかりせねば、とマリエルが小鼻を膨らませた折、キャスロードの声がした。
「ここも、入れそうだ」
勿体ぶって胸を反り、キャスロードが紋に掌を翳す。扉が頭上に引き込まれるや、開口を追って冷えた風が吹き出して、キャスロードの頭巾を跳ね上げた。押し戻され、転びそうになる。
背中から覗き込むマリエルとコルベットが、慌ててキャスロードの背中を押し返した。
「むむむむ」
くしゃくしゃにほつれた黒髪の向こうに、白い魔術の灯が点った。部屋の造りは鋭角にして平滑。一見、雑然として見えるのは、書籍や紙管、武具や機械が所狭しと並んでいるせいだ。
部屋を横切る台座には、大小の刀剣、槌矛、職杖、弓、機械式の兵装。壁に並んだ本の背表紙は、遠目にモザイク文様に見える。意外なほどに埃はないが、空気は凍ったように冷え固まっていた。
三人の嘆息が重なった。圧倒され、気後れしたのも束の間、キャスロードとマリエルは武具の台座に、コルベットは書架にふらふらと吸い寄せられて行く。ラルクは戸口で肩を竦めた。
「わかりやすいお宝だな」
「ハズレだ、管理官の識別章がない」
呟くクランに、咎めるような目を向ける。
「武器を探してるんじゃないのか」
「何を言う、戦わないのが一番だろ」
そりゃそうだ、と応えるも、ラルクは燥ぐキャスロードとマリエルを眺めて顔を顰めた。
「ちゃんと先にそう言え」
ふとコルベットに目を遣ると、食いつくように書架の背表紙に顔を寄せていた。唐突に蜘蛛のようにしがみつくや、あ、あ、あ、と奇声を上げながら、魔術書の前を横向きに走って行く。
「大丈夫か、あれは」
さすがのラルクも不安になって、マリエルを呼んでコルベットに視線を向けた。
「お宝だあ」
叫ぶコルベットに目を細め、マリエルは籠の中の鼠でも見るような顔で呟いた。
「放っておきましょう」
おお、とコルベットが歓声を上げ、辛うじて手の届く高さの魔術書に手を掛けた。
「んんん」
引き抜けない。指を外して少し息を吐き、さり気なさを装って今度は両手を掛ける。
「んぎぎぎぎ」
本に手を掛けたまま書架にぶら下がるコルベットを眺めて、クランが声を掛けた。
「書架は封印されてるぞ」
「え」
コルベットが間の抜けた声を上げ、書架を滑って床にずり落ちた。
「ここにあるのは王権の得物はだけ、」
クランの言葉を遮って、今度はキャスロードが声を上げた。
「これだ、これがよい」
キャスロードは長柄の並ぶ台座の前に陣取っている。目の前にあるのは銀の斧槍だ。騎乗用に比べて短いが、それでも身の丈より長い。槍の名手の母に倣ってか、キャスロードは長柄が好みらしい。
「重そうですよ、殿下」
慌ててマリエルが駆け寄った。手を滑らせれば怪我をする。
「これくらい平気、」
忠告も聞かずに手を伸ばした。
「だ」
両手で掴んで踏ん張って、キャスロードは天蓋に穴を開けそうな勢いで斧槍を振り上げた。マリエルが驚いて頭を庇うが、当人はきょとんとしている。見れば、軽々と斧槍を掲げていた。
「だから、紋つきは殿下にしか使えないって、その棚の本も全部、ここはハズレだ」
クランが言葉尻を続けた。
キャスロードの掲げた斧槍は、王印に反応する魔術品だ。重量はあるが、持ち手に軽く重心が変わる。まるで、柄だけを振っているように感じるだろう。ただし、扱えるのはキャスロードだけだ。
「丁度よいではないか」
斧槍を取り上げられまいと、背中に隠すようにしてキャスロードが口を尖らせる。
「危なっかしいから振り回すんじゃない」
「何を言う、貴様よりずっと得物の扱いに長けているぞ」
「やめておけ、いつ尻に穴を開けるか知れたもんじゃないぞ」
「貴様の尻なら幾つでも穴を開けてやるわ」
「殿下」
勇ましさを通り越した台詞にマリエルが頭を抱えた。ここが宮殿なら作法振る舞いの猛特訓だ。エレインがいなくて本当によかった。鼻先を突き合わせて睨み合う二人を眺めて、マリエルはそう思った。
「殿下」
クランを突き飛ばし、コルベットがキャスロードに縋り付いた。
「書架の封を解いてくださいな、あれも、あれも、あの魔術書も欲しいです」
相方の醜態にマリエルの腰が砕けそうになる。
「やめとけって、あんなのを持ち帰ったら本当に魔術師会を追い出されるぞ」
傾いたままクランがぼやく。それみたことか、とラルクがクランに目を遣った。
「でも、あそこにあるのって、師匠が夢に見るほどの、あるやなしや希少本なんですよ」
マリエルがもの言いたげな目でコルベットを見る。師匠のためというよりも、師匠を出し抜くために欲しいのだろう。その辺りがわかるほどには、コルベットとの付き合いも長い。
「そりゃあ希少だろうよ」
クランは肩を竦めた。
「この手のはカーディフの領分だからな」
現行の魔術師界に古魔術は禁忌だ。ただでさえ厭われて来たその技術は、一〇年前の事件で完全にこの国から駆逐された。このまま歴史から消えるか、あるいは名を変え本質を失うだろう。
ふと見ると、皆がクランを見つめていた。マリエルの頬が強張り、つい今し方まで騒いでいたコルベットも蒼白になっている。ラルクは皆を俯瞰するように、複雑な顔で見守っていた。
「それは、叔父上のことか」
キャスロードはクランに質した。柄を握る指が白い。カーディフの薨去は王族の知識として知っていた。だが、それだけだ。誰も教えてはくれないし、誰も訊かせてはくれなかった。
「カーディフ・アル・ラスワードが陛下の弟なら、そうだろうな」
クランのしゃあしゃあとした口振りに腹が立つ。だが、その目はまるでキャスロードを試しているかのようだ。
「知っているなら、」
「大人になったら教えて貰えるだろうよ」
キャスロードは怒りに血を昇らせた。
「貴様までそう言うのか」
クランは目を細くしてキャスロードを見おろし、その睨み返す目に思案する。
「なら」
不意に、クランは耳もとまで口が裂けたような笑みを浮かべて言った。
「俺を先生と呼べ、そうすれば教えてやる」




