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わがまま王女の迷宮譚  作者: marvin
幽霊騒動
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秘密通路の侵入者

 何の装飾もない石壁が、延々と左右に続いている。道幅は、手を広げた大人の二人分。足許の青い帯が道筋を示しているが、折れて途切れて入り組んだ先は、結局、正解がわからない。

 説明が面倒で、クランは話さなかったが、実のところ、柱の地図も正しくはない。通廊が絶えず道筋を変えるためだ。地図が正しいのではなく、王印が正しい位置にあるよう通廊が動いている。

 王印の庇護なしに王権通廊に留まることはできない。多少、周囲が明るくなり、地図が見えるようになったとしても、結局、この通廊を案内できるのは、王印を持つキャスロードだけだ。

「よく、ここの操作を知っていたな、クラン」

 先頭を行くキャスロードが、振り返ってクランに言った。言葉だけなら称賛だが、口調は不信に満ちている。どうして貴様が知っているのだ、そう口を尖らせていた。要するに悔しいのだ。

「クライン殿は、無駄なことほど、よくご存じなのだそうです」

 マリエルが口を挿む。本人は純粋に感心している風だが、物言いは微妙に失礼だ。

「誰だ、そんなこと言った奴は」

 案の定、クランは小さく毒づいた。実のところ、忌語りには言い得て妙だが。

「師匠です」

「師匠?」

「近衛第九隊のラルク・マッカーノ隊長です」

 渋柿に齧りついたような顔をして、クランは鼻を鳴らした。ラルク、クラン、そしてエレイン。何より、胸を張って前を行く小生意気な王女さえも。どうやら縁は一〇年前と地続きのようだ。

 身を潜める必要がないだけに、一行は賑やかさを取り戻していた。夜中の、しかも宮殿を抜け出しての行動だが、まるで公園の散策だ。上機嫌の筆頭は、言うまでもなくキャスロードだった。

「ここを行けば第二市環(ガウス)の下だ、迷うなよ、遅れたら置いて行くぞ」

 何せ本当の経路はキャスロードの目の中にしか映らない。自分が先に立って導かなければ、みな通廊の罠に掛かって出られなくなってしまう。頼られるのは気分がよかった。

「おっと、柱だ、地図を見せてやろう」

 言う先からキャスロードは駆け出した。新しい操作を覚えたのも嬉しくて仕方がない。

 皆は慌てて追い掛けた。天井が明るくなったのは、あくまでキャスロードの周辺だけだ。王印が共有できない以上、王女の外はせいぜいが看過された侵入者に過ぎない。

「この辺りが第二市環(ガウス)だとして、」

 宙に浮かべた通廊の地図に、キャスロードは指先を滑らせる。

 通廊もワーデン全域にある訳ではない。場合によっては地上に出る方が近くなる。外環に近づくほど、それは顕著だ。目的の第三市環跡(アウグ=ラダ)に至っては、ほとんどそれを越えて行く路がない。

「浄水橋はこの先か」

 頭を突き合わせる三人を、クランは後ろからぼんやり眺めていた。どうせ地図には意味がない。王印がキャスロードのひとつしかない場合には。クランはふと、表示の隅に眼を止めた。

「殿下、何か余計なものに触ったか?」

「失敬な」

 キャスロードが振り返ってクランを睨む。正直、余計なものにしか触っていない。

「ちゃんと聞いた通りの、」

 言葉の途中でクランの目線に気づいて、キャスロードは地図を振り返った。光点がある。中央にある四つの他に、ひとつだけ地図の片隅に瞬いている。それは、ゆっくりと移動していた。

「あれは、何だ」

 現在、この国で付与された王印は三つ。王、王妃、女王だ。管理印も存在するが、護封庁の人ならざる管理下にある。王権通廊で街に抜け出すなど、キャスロードを置いて他にない。

 はずだった。

「侵入者でしょうか、まさかそんなことが」

「もしかして、こいつが幽霊だったりして」

 マリエルとコルベットが互いに困惑を口にする。

「確かめねばならん」

 叫んでキャスロードが駆け出そうとした。

「キャス」

 クランの声にびくりと身を竦ませる。

「勝手に走るな、皆が迷う」

「う、うん」

 意外にも、キャスロードは素直に頷いて、そわそわと目線を泳がせた。怪訝な目をしたマリエルと、呆気に取られたようなコルベットの表情に気づいて、赤くなった耳を押さえた。

「み、皆行くぞ、遅れるな」

 急かすように足踏みをする。マリエルは背中の鞘を手に持ち替え、コルベットにも目線で促した。合い方の背にあるのは、いつもは疲れて縋る杖だが、本来は詠唱短縮のための術具だ。

「こっちだ」

 キャスロードが駆け出した。マリエルが並ぶ。先行したいところだが、道筋が見えるのはキャスロードだけだ。ついて走るコルベットとクランは、最初から気が乗らない様子だった。

 キャスロードの視界には、路面と行く先が見えている。目的を思い定めると、通廊が表示で導いてくれた。しかし、今回は様子が違う。目標が動いている。示す道筋が変わって行く。

「違う、こっちだ」

 急に曲がる。登って降りる。走り過ぎて立ち止まり、戻って枝道に入った。

「あっちは、どこに、向かってるんだ」

 キャスロードの背中に向かって、クランが切れ切れに声を上げた。もはや、どちらを向いているのかもわからない。

「そんなものわかる訳が、」

 反射的に言い掛けたが、視界の中に俯瞰図が浮かんだ。言われたことを気にしたせいか、通廊が反応したらしい。自分たちの位置が分かる。追い掛ける相手の位置も映っていた。

「南だ」

「浄水橋じゃないだろうな」

 はっとして立ち止まる。これが幽霊なら、有り得るかも知れない。

「先回りできますか?」

 マリエルが察してキャスロードに問う。地図を辿った。当初の目的地に近い。

「こっちだ」

 キャスロードが叫んで走り出した。膝に手を付き喘いでいたクランとマリエルが、悲鳴を上げて後を追う。相手の位置と道筋が見えるキャスロードは、怖いものなしで全力で走る。

「急げ、奴が速くなったぞ」

 先にも増して、変則的に道筋が変わる。袋小路の壁が失せ、突然、枝道が現れた。キャスロードに応じて通廊そのものが変化していた。マリエルとコルベットは呆気に取られているが、当の本人は無意識のようだ。

「もう、駄目、だ」

 クランが弱音を零した刹那、キャスロードが立ち止まった。

「よし、勝ったぞ」

 背にして塞いだのは、外への扉だ。辺りを見渡し、柱を見つけて擦り上げる。宙に地図が拡がった。例の表示が近づいて来る。幽霊だ。マリエルが前に出て、剣の柄に手を掛けた。

 辺りを探って地図の位置を合わせる。あの角だ。もうすぐ先に現れる。

「あ」

 コルベットが声を上げた。不意に幽霊の軌跡が折れた。そこにも扉の表示があった。

「しまった。そっちか」

 キャスロードが叫んで駆け出した。

「勘弁してくれ」

 消える間際にクランが地図を一瞥した。通廊の外に幾つか違う形の光点が表示されていた。扉の近くに誰かがいる。皆に呼び掛けようとして息が切れ、追うのが先と駆け出した。

 キャスロードは幽霊の辿った通路に走り込んだ。袋小路だが、扉があった。

「奴は外だ」

 声を上げて突進する。警告しようとしたが、遅かった。詰まったものが抜けるように、ぽん、と周囲の空気が変わった。視界は不意に暗くなり、淡い街灯が点々と先に続いている。

 街に出た。位置的には第三市環跡(アウグ=ラダ)にほど近い。本来の目的地だ。キャスロードが立ち止まり、辺りを見回す。マリエルが身を寄せ、視線を促した。宙に光が浮かんでいる。

 ランタンだ。

「殿下?」

 声を掛けられ、互いに竦んだ。

 どちらかと言えば、真夜中の市街地に王女を見つけた夜警の方が、驚きは大きかったに違いない。

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