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わがまま王女の迷宮譚  作者: marvin
幽霊騒動
19/48

真夜中の冒険

「幽霊を捕まえに行くぞ」

 官舎の窓をこじ開けて、キャスロードが叫んだ。窓枠が外れて床に落ち、硝子が割れて飛び散った。陽も隠れて久しく、周囲の部屋からざわざわと、何事かと声が飛び交い始める。

 洗い晒しの髪の隙間から、クラン・クラインはげんなりした目でキャスロードを一瞥した。何も言わずにブランケットを頭まで被る。怒ったキャスロードが窓枠に這い登り、部屋に乗り込んだ。

「起きないかクラン、寝ている場合ではない」

 馬乗りになって、ブランケットを引き剥がそうとする。

 窓の外のマリエルとコルベットが辺りを見渡し、静かにましょう、と部屋の中の二人を諫める。不意に隣の窓から顔を出した男と目が合った。慌てるマリエルとコルベットを見て、何となく状況を察したようだ。

 いい加減、隣近所も慣れ始めている。

 窓の落ちた窓枠から、ブランケットが飛び出して来た。キャスロードの高笑いが近隣に響き渡る。同情の眼差しがいたたまれず、二人の従騎士はブランケットを被って身を縮めた。


「幽霊と言えば夜だからな、この機を逃すわけにはいかん」

 先頭を歩くキャスロードが、振り返ってそう言った。瞳が好奇心にはち切れている。

 四人は第一市環(オーデン)の夜陰を小走りに行く。官舎で騒動を起こしたにもかかわらず、キャスロードは身を潜めているつもりだ。無断で宮殿を抜け出した以上、見つかる訳にいかないからだ。

 ふふん、とクランに顎を逸らして、キャスロードは胸を逸らした。クランの表情などお構いなしに、どんどん先に進んで行く。すっかり夜の冒険に夢中で、到底、忍ぶどころの態度ではない。

「臣下だろ、止めろよ」

 クランはげんなりした顔で、マリエルとコルベットに恨みがましく囁いた。

 魔術師塔で見つけた手掛かりを元に、第三市環跡(アウグ=ラダ)にある浄水橋の調査を命じられたマリエルとコルベットは、何の成果もない代わりに、現場で幽霊の噂を聞いた。手ぶらというのも恰好がつかず、つい、口を滑らせてしまったのだ。

「ああなったら、聞く訳ありません」

「そうなんだよ、先生が止めてよ」

 マリエルとコルベットは端からキャスロードの説得を諦めている。

「それなら俺を巻き込むな」

 クランが呻いた。

「共に参りましょう」

「一蓮托生っすよ」

 エレインに叱られるところまで予想のついた二人は、すでに事態を諦観していた。

 通りの街灯から距離を取り、四人は暗い官舎の敷地を抜ける。晴れの夜は、月の周囲がほのかに明らむ。夜陰を照らすほどではないが、見咎められ、誰何されるほどには丸見えだ。

「このまま第三市環跡(アウグ=ラダ)まで行くつもりか?」

 クランがキャスロードに声を掛ける。このまま見つかるのも手だが、王女と一緒はさすがに拙い。パルディオあたりに王女誘拐、と難癖を付けられでもしたら、問答無用で牢屋行きだ。

「声を立てるな」

 キャスロードが振り返ってクランを叱った。腰に手を当て、不敵に笑う。

「おまえに我が王権の一端を見せてやる、名誉なことだぞ」

 威張るキャスロードを眺めて、クランは余計にげんなりした。

「なんだ、また通廊を通って行くのか、遊びに使って良いのか、あれは」

 もったいぶって明かした王権通路を軽くあしらわれたばかりか、遊びと言われてキャスロードは慌てた。夜目にもわかるくらい頬を染める。思えば、クランとの出会い頭に、通廊から出るところを見られていた。

「遊びじゃない、遊びじゃないぞ、サルカンの手掛かりを探しているのだ」

「幽霊と関係ないだろ」

 両手を振って否定するキャスロードにも、クランはまるで取り合わない。

「幽霊がサルカンを攫ったかも知れないではないか」

「幽霊ごときに攫われる大魔術師(メイガス)なぞ、ただの間抜けだ」

 どうしてこうも、子供のように言い争えるのか。キャスロードも王女なりに落ち着きがなく、クランもまったく大人げない。マリエルとコルベットは顔を見合わせ、仕方なしに割って入た。

「大声を出すと見つかりますよ」

「入り口に着く前に、捕まっちゃうかもね」

 宮廷環(アルフ)の内側はもちろん、ワーデンの至る所に王権通廊は張り巡らされている。それは、直系王族にのみ付与された、王印と呼ばれる魔術刻印で開閉する隠し通路だ。

 王印の授受は厳選されている。キャスロードの姉エルダリアも、オーリヤ領主に輿入れの際には、王印を返還した。その前の返還はカーディフ大公、国王ゲルドワースの王弟だ。

 王印による王権執行は多種に及ぶが、逸話にも登場する王権通廊はその代表格だ。表向き、内外に敵のいない今のリースタンでは、うわさ程度の口外は許容されている。

 無論、その王印が仇となった一〇年前の事件については、市井に伏せられているが。

「ここだ、誰もいないな?」

 官庁建屋の柱の陰に駆け込むなり、キャスロードは辺りを見渡して囁いた。薄暗がりに見えるのは、ただの壁にすぎない。キャスロードにしか見えない図形が、壁面に浮かんでいた。

 キャスロードが指先で図形をなぞる。傍目には、何もない壁を擦る仕草だ。出し抜けに、壁の一画が沈んだ。音もなく、扉ほどの暗闇が目の前にある。奥底の知れない通路の入り口だ。

 キャスロードが躊躇なく飛び込んで、皆を手招きした。

「早く入れ、閉まるぞ」

 お供に慣れたマリエルとコルベットが続いた。溜息を外に残してクランも暗闇を潜る。背後に微かな石と風の音を立て、壁が閉じた。足首ほどの壁の高さに、青い光帯が伸びて行く。

「行くぞ、はぐれたら罠に掛かって死んでしまうからな」

 物騒な一言を加えて、キャスロードが歩き出した。王印のない身には、青い帯だけが径の在り処だ。皆の足許だけが青白く照らされ、目の前にあるのは朧げな人影の蟠りだけだ。

「こら、待て、地図を共有しろ」

 クランは慌ててキャスロードを引き止めた。

「何を言う、地図などない」

 キャスロードの靴先がクランを向いた。王女には、辺りが昼日中の如く見えている。意識すれば、眼前に地図も映る。隠された扉に続く、正しい道筋だ。だが、それは王印の主にしか見えない。

「表示を寄越せと言っている」

 キャスロードは首を傾げた。クランが何を言っているのかわからない。

 暗闇に疑問符だけが飛び交う中、痺れを切らしたクランが手探りでキャスロードを捉まえた。何だ、何だ、と悲鳴を上げるキャスロードを弄って、心なしか硬直した頬に触れる。

「不埒者っ」

 突き飛ばされ、クランは後ろにひっくり返った。

「ご無事ですか殿下」

「何をするか、この変態」

 マリエルとコルベットがキャスロードを庇って前に立った。二人も足許しか見えておらず、互いにぶつかったり足を踏んだりしている。身体を起こして頭を掻くと、クランは頸を振った。

 どうやら、本当に知らないらしい。

「殿下、王権の使い方をどこまで習った?」

「どこまでとは何だ、ここに入って出ること以外の何があるのだ」

 キャスロードが上擦った声で言い返した。呆れたようなクランの口調に、何となく不安になって来たらしい。マリエルとコルベットも戸惑っていた。二人にも、王家の秘事はまだ教えられていない。

「ゲルドワースめ、手を抜きやがって」

 クランは呻くように悪態を吐いた。どうやらキャスロードが知っているのは、避難経路としての使い道だけだ。魔術装置の余計な知識は、却って危ないと考えたのかも知れないが、城を抜け出すために使われているようでは世話がない。

 クランは空覚えの柱の形をキャスロードに伝えると、それを探して触れと言った。こうした機能は基本操作の範疇のはずだが、王でもない身に王権の感覚的な手順など教えようもない。

 キャスロードがあれこれ試してみると、不意に周囲の天井が仄かに光り、通廊が少し明るくなった。

「これは」

 目の前に、淡く光る地図が浮かぶ。直線と曲線が入り混じる、王権通郎の俯瞰図だ。広範囲に渡って表示され、中央に四つの光点がある。どうやら、自分たちを示している。

「すげえ」

 マリエルとコルベットが歓声を上げた。もっとも、誰より驚いていたのは、地図を出した本人だ。キャスロードは胸を張りつつも、挙動不審に目を泳がせている。こんな仕掛けがあったとは。

「扉の近くには、たいていこんな柱がある」

 クランが言った。

「本当なら、殿下の目の中の地図も移せるはずだが、方法はよくわからんし、子供相手に不埒者と罵られるのは御免だからな、こいつで我慢しよう」

「誰が子供か」

 キャスロードが血を昇らせた。意識が逸れたせいか、地図は揺らいで消えてしまい、辺りは再び青い薄暗がりに戻った。これも王権の一端だろう、操作できるのはキャスロードだけだ。

「殿下、殿下」

「集中して、ほら」

 従騎士ふたりがクランを睨んで、余計なことは言うな、と訴えた。

 クランはそっと肩を竦めて、キャスロードを眺めた。王女は柱を叩いたり撫でたりと忙しい。王印の魔術装置とはいえ、これも古魔術の一端だ。思いのほか、王は一〇年前の事件を気に病んでいるのだろう。

 あるいは、弟との関係を。

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