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79 独りぼっちの昼

・前回のあらすじ

 主人公の装備を整えるという名目でライムとお買い物。

 ハトの被り物という、新たなイロモノ装備を手に入れた主人公だが、妹の「一緒に歩きたくない」という思春期発言によって膝を突く。

 結局はゲームシステムで見えなく出来ましたよ。

 “brand-new World”を終えて一息。

 VRギアを外して、そのまま目を閉じる。


 一日の終わり。

 窓の外からは何処からかカエルの鳴き声が聞こえ、リィリィジージーと、何の虫のものかも分からないような鳴き声も、いくつも聞こえる。


 思い起こせば、異世界(あっち)で野宿するときは、虫の鳴き声は邪魔なだけだったな。

 虫との位置が近すぎて純粋にうるさいし、この鳴き声に紛れてしまい、警戒すべき獣や魔物などの足音が聞こえにくくなってしまっていた。



――――ああ、そうだ。

 たしか、こんな夏の日の夜のことだった。

 あの時、ミミアと二人で夜の番をして――――


 夜の虫の鳴き声をBGMに、睡魔が襲ってくる。

 うとうとと訪れた微睡みに身をゆだねようとした時、


 キィ


 と、わずかにドアが開いた。



「……何してんだ?」


 当然ながら、ドアの隙間からこちらを覗き込んでいるのは未来の眼だ。



「……にーちゃ、ウナギの効果は?」


「別にないって」



「ちぇ」


 ――カチャリ、とドアを閉めて、妹さんは去っていた。


「なんだったんだ、いったい……」


 まったく、奇妙奇天烈な行動を取る妹さんである。

 特に食い下がる様子も見せずに、大人しく部屋に戻って行った未来に奇妙な思いを抱いていると。


 突然、僕の携帯端末が振動を始めた。



「こんな時間にメールか?」


 差出人は未来からだ。

 メールには「おやすみ」という文面と共に、添付ファイルが付いてきていた。



 ……うん、嫌な予感しかしないが、一応開いてみる。



「ぐッ……」


 嫌な予感は的中。

 メールに添付されていたのは、未来のお色気画像。


 裸の状態で、手で胸を隠す――いわゆる『手ブラ』の自撮り画像が送られてきていた。


 薄暗い場所で、携帯端末の明かりだけで撮られたその写真は、未来のなだらかな身体の線も濃い影でクッキリと浮かび上がらせ、だからこそ蠱惑的で煽情的に浮かび上がっていた。


 未来の慎ましやかなふくらみに、ゴクリと喉の奥が鳴った。

 そして、未来の背後に写り込んでいるのは、僕の部屋のドア。



 つまり、あのドアの向こうには、この写真と同じ姿の未来がいるということで……



――――カチャリ


「にーちゃ、ウナギの効果は?」


「…………いいからさっさと寝ろ」


「ちぇ」


 と、またドアを閉めていく妹さん。



 画像をよく見たら、フィギュアスケートの選手が着るような肌色のタイツを着ていました。

 そんなもん、いったいどこから買ってきたっ!






 ―― …… ―― …… ―― …… ――






「くぁ……あ……」


 悶々とした夜を過ごし、それでもいつも通りの五時に目覚め、ランニングに出る。


 朝の冷たい風が肺を循環したことによって、目は覚めてくるが……

 なんとなくぼぅっとした気持ちで家に戻った。


「にーちゃ、今日のお昼は冷蔵庫に入れとくね」


 料理と洗濯と、今日も朝から未来はフル回転だ。


「あ、にーちゃ。ウナギの効果はあった?」

「もういいよそれは!」


 お蔭さまでよく眠れなかったよ、くそっ!





     ◇


「じゃ、わたしは行ってくるから」


「うん、友達と楽しんで来な」


 出かける直前まで「お昼ご飯はちゃんと食べろ」だの「汗を掻いたらちゃんと水分補給をしてシャワーを浴びろ」とか言っていた未来を、なんとか玄関先まで連れて行く。


 時間は10時を少し過ぎた頃。

 外で友人と遊ぶには、色々な店が開き始めるちょうど良い時間だろう。


 本日の未来は、白黒のシェパードチェックのフリルブラウスに、三段フリルのついたベージュカラーのキュロット姿だ。

 ふわふわとしたガーリーファッション――やはり街で友人と遊ぶので、ある程度の気合いは入っているらしい。



「……やっぱり、にーちゃも来る?」


「子供を置いて旅行に行くオカンかお前は。おんなの子の集まりに“兄です”って僕が混ざったら、他のみんなが困惑するだろうに」


 なんで居るのコイツ? って目で気持ち悪がられるに決まってる。そんな針の筵に好んで飛び込むほど、僕は被虐的ではないぞ。


「そうでもない。たぶんみんな歓迎すると思うよ、にーちゃ」


「そういうのは“ただしイケメンに限る”――だろ? 無理だって僕には」


 鏡を見て、ブサイクだなーとは思わないけどさ。イケメンと言うには微妙だろ?

 勇者の肩書があった時はキャーキャー言われたこともあるけど……

 普通の女子高生の眼に映る今の僕なんて『う、うーん……悪くはないよ? 悪くはないんだけど……』なんて微妙な目で見られて当然だって。



「……やっぱり連れていかないほうがいいね、にーちゃは」


「はいはい、そういうことで気を付けて行ってこい」


 そこでやっぱやめとくって言われると、ブサメン認定されたみたいで兄は少し悲しいぞ。

 どうせ僕は、異世界でしかモテたことないよ。


 白いミニバッグを肩にかつぎ直した妹さんは、何やらブツブツと口にしながら、やっと出て行った。





 ―― …… ―― …… ―― …… ――





 庭のコナラの木に蝉が取りついたのか、ジィジィといつも聞こえる音が、今日はやたらと喧しく聞こえる。



「んー……」


 未来が出かけた後に始めた数学の問題集。

 その一問に詰まり、教科書を開いて公式を調べるのが億劫(おっくう)になった僕は、携帯端末に手を伸ばした。

 そのままなんとなくネットで調べものを始めてしまいそうになり、慌てて携帯端末をベッドの上に投げ捨てる。


「はぁ……」


 ため息と同時に、ぎしりと悲鳴を上げる背もたれ。

 ――駄目だ、どうにも気分が乗らない。


 紙の上をまったく動かないシャーペンを置き、部屋を出てリビングへ。

 僕以外は何者も音も立てない静かな家の中は、空気も淀み、停滞しているような気がして……なんだかそら寒い。


 リビングの掃き出し窓から庭先に出て、庭の隅の物置から剣と盾を取り出す。


 肩幅に足を開き、深呼吸。

 閉じた目の先にイメージをするのは、“剣聖(ソードマスター)”アルベロス――


――だが、庭木に取りついたアブラゼミの鳴き声が耳の奥まで響いて、なかなか集中できない。


「ちっ……」


 そうこうしている内に、ミンミンゼミまでもが混ざって、輪唱を始める始末。とても集中するどころの話じゃない。

 結局、頭の中のアルベロスの偶像が、形を取ることは無かった。


「ああ、うるせぇ……」


 諦めてさっさと剣と盾を片付け、家の中に戻る。


 誰もいないリビングでゆっくりする気にはなれずに、そのまま部屋に戻る。

 だが部屋に戻ったところで、再度課題の問題集を開く気にはなれなかった。



「うう、む」


 そうして手は自然とVRギアに伸びる。


 もう11時。

 この微妙な時間に“brand-new World”を始めても、すぐに昼食の時間だ。

 SD妹ズアプリを起動して、ちっこい妹たちと戯れる。


――が、やっぱりなんだか気分が乗らない。


「お前たちのオリジナルは、今頃なにをしてんだろうなー?」


 三匹の妹たちのアゴをくしゅくしゅとくすぐった後、妹ズアプリを終了させた。



「はぁ、なんかダメだ」


 何をしていても気分が乗らない。

 ベッドに横たわり、結局はそのまま“brand-new World”を起動。


「別に……一人が寂しいわけじゃないんだからな」


 誰に向けたわけでもない言い訳は、誰もいない部屋の中で、壁に染みこんで消えた。





――【“brand-new World”へようこそ】――





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