75 廃は廃に。
「おお……」
「フンッ……」
「がんばー、にーちゃー」
ライムの声援を背に、僕は剣を振るう。
右のたぬ太郎を両断。
左から飛び掛かってきたリトルビッツウルフを両断――
どうやらこの中級エリアでは、一度に襲い掛かってくるモンスターの数は二体同時が最大らしい。
まるで時代劇の殺陣役者のように、囲い込むだけ囲い込んでほとんど攻撃をしてこないモンスター。
その姿があまりに滑稽すぎて、笑いが込み上げてきてしまった。
「ふふふ」
「おお、にーちゃが戦闘中に笑ってる。まるでバトルジャンキーのようだ」
おおっと、いけないいけない。ライムから変な人扱いされるところだった。
プロボークステップを使用しているために、モンスターは吸い寄せられるように僕の周囲に集まってくる。
僕を無視して後ろに流れて行くのは、女性を狙ったエテモンキーぐらいだ。
あれなら別にMPが無くても、倒すのは容易いだろう。
モグモグ男爵の爪をかわし、袈裟懸けに斬り伏せ、クレセントベアーの爪を盾で受け流し、そして首を刈る。
――おっと、スタミナが減ってしまった。いけないいけない。
スタミナが減るということは、動きのどこかに無理があるということ。
流れる川の如く、疾る風の如く――
火の揺らぎのように、零れ落ちる砂のように――
無理はいらない。無駄もいらない。
ただ、“そうあるべき”と剣を振り、魔法を放つ。
戦いの中で、だんだん――段々と感覚が研ぎ澄まされてゆく。
――――面白い。こんな感覚は異世界でも感じたことはない。
その動きが理想とはいえ、命のかかった戦いの中に、その理想はなかなか実を結ぶことは無かった。そして剣で斬る敵もただのプログラム。生命を持った生き物ではない。
僕は今、戦っているのでも、動いているのでもない。
ただ在るがままに、在るように流れている。
「ああっ!?」
離れた場所で戦っていた他のパーティの、魔法使いが放った火弾が僕の方に向かって飛んでくる。
その軌道を盾でそっと逸らし、僕に飛び掛かってきていたレッサーコボルトにその火の玉を当てる。
「すっ……すみませぇん!!」
いいさ、別に。
そのぐらいの魔法なら、10は同時に捌ける。
「おお……にーちゃがトランス状態だ」
そうか。
トランス状態なんて言葉があるんだね。
こうしていると何も考えずとも身体が動く。
流れに身を任せ。流れに身をゆだね。
こころは流れず、ただ凪いでいる。
今の僕は多分、ちょっとやそっとのことでは動じない――――
「にーちゃ、にーちゃ」
ん?
僕を呼ぶライムの声。
ちょいちょい、っと指で示すのは、自分の真横にいる、猿の姿をしたモンスターだ。
って、あのモンスターは――
――ぺろん
「ぶっ!?」
ふわりとめくれ上がるローブの裾。
そして、その先に見える三角形のなにか……
【いのししかちょう の こうげき!】
:かいしん の いちげき!
:ユーシ は 72のダメージ を くらった!!
「ぐおおおっ!?」
タイミング悪く、突進してきた猪課長に跳ねられてしまった。
くっそ! おまけにクリティカルじゃないか!!
一気に半分以下に減ってしまったHP。
我ながら相変わらずの紙装甲だ。
「くゥおらっ!? 突然、なに考えてんだっ!?」
絶対にワザとめくらせただろ!? 今ッ!!
いったい何の意味があって、あんなことをしやがったんだ! あの愚妹は!!
「――いや、なんかにーちゃ、そのまま解脱しそうなカンジだったから」
「しねーよ」
というかできねーよ。俺は悟りを開けるような崇高な人間じゃねーよ。
「にーちゃはもっと、煩悩に溢れた目でわたしに欲情するべき」
「……どんな時にでもブレないお前が羨ましいよ」
というか、前回の時は見えないようになってただろ?
……あ、下着ブロック機能とかいうシステムの除外プレイヤー設定されてたんだっけ。元に戻しておけっていったはずなのにな。
頭の奥にズキズキと響く痛みに耐えながら、僕は猪課長に剣を突き刺した。
……はぁ、なんか全部吹き飛んでしまった。
とりあえずは目の前の敵を倒すことに集中しますか……
――そういえば、ゲーム内で下着って替えられるんだな、と誰に聞かせるわけでもなく漏らした。
淡い桃色のタータンチェックでした。
―― …… ―― …… ―― …… ――
その後、猪課長に減らされたHPはライムのヒールで回復してもらい、魔術師の二人も自然回復したMPで、ちまちまと範囲魔法を敵陣に投げ込んでいた。
そうしてしばらくの時間が過ぎた頃。
段々と敵が襲ってくる数が減ってきたような気がした。
「ふう、そろそろ終わりか?」
クエストが始まってから一時間弱。
確かクエスト内容としては、一時間の経過か、一定数以上の敵モンスターを倒すことで、敵が撤退しはじめるらしい。
まだ一時間には満ちていないが、モンスターの群れの後ろの方は、もう撤退を始めている様子だ。規定数が倒されたのだろう。
襲い掛かってくるモンスターも少なくなり、戦いの合間にライムと会話するぐらいの余裕は出てきた。
「北の方はまだ戦闘音が凄いな……そんなに敵が多いのか?」
上級者向けの北の門の方角からは、絶えることなく爆発音が響いてきていた。
それはそうと、そんなに魔法やスキルを使って、よくMPが枯渇しないもんだな……。
こっちの中級者クエストの方は、もうほとんどのプレイヤーのMPは使い切っており、自然回復した分だけで、時折魔法が使われている状況だ。
「上級者用のクエストは、敵の上限ナシだよ。時間いっぱいまではずっと続いていると思う」
そして未来は「上級者にとっては雑魚でも、数が倒せるから経験値稼ぎには良いしね」――と続けた。
「MPに関しては、あの人たちはMPポーションを使ってるよ、たぶん」
「……ん? 名前からして、MPを回復させるポーションか? そんなもの売ってたっけか?」
NPCの道具屋では見た覚えがないぞ。
HPを回復させるポーションなら、普通に道具屋で売っているが、MPを回復させるようなアイテムは見た記憶がない。
そんなものがあるならば多少は購入しておきたいのだが……
「売ってないよ。プレイヤー生産でも、今のところは作れない。ロロクダンジョンで、宝箱からそこそこ出土するけど、需要に対して供給が圧倒的に足りてないから、プレイヤーショップでもバカバカしい値段で売ってる」
……つまりは、
「そのクソ高いアイテムを、湯水のように使っていると……?」
「いえすざっつらい。その上でそれ以上の利益を出す。それがガチ勢」
お……恐ろしい。
ラストエリクサーどころか、エリクサーですら勿体なくて使えない僕には理解できない世界だ……。
――――遠く北の地では、今だ途切れることなく地を揺らす閃光が瞬いていた。
―― …… ―― …… ―― …… ――
「終わったな」
「うん、終わった」
クエスト開始からキッカリ一時間。
モンスターの群れは完全に散り散りになって逃げ出してしまい、それを追いかけるプレイヤーの数もそこそこいる。
しかし逃げの一手に回ってしまっている敵を追撃したところで、大した数を倒せはしないだろう。
「フンッ……骨のない輩どもだ。我の能力の前に怯え、逃げ出すか……。それも良かろう。キサマたちはこれから負け犬として生きてゆくといい――」
セイが背中を向けて去ってゆくレッサーコボルトの群れに、挑発的なセリフを投げかけている。
でもたぶん聞いてないと思うぞ? それ。
「結構、ステータスが上がりましたね。【ファイアボム】のレベルも上がりましたし」
たとえ一時間の戦いでも、数が数だったからなぁ。
僕のステータスもかなり上がっていた。
常に敵が襲い掛かってくるような状況で、一時間まるまる前線で戦っていたのだから、ステータスも上がるか……。
「お、クエストのリザルトが出たよ。にーちゃ」
「ほぅ? どれどれ」
妹さんに操作を教えてもらい、ウインドウから自分のスコアを出してみる。
「237Ptだった。まぁヒーラーだから、こんなもんかな。にーちゃはどうだった?」
「僕は5471Ptだってさ。ところで、こっちの棒線はなんだ?」
5,471Pt 〔---〕
と、何やら妙な線が、ポイントの脇に引かれているのだが……
それが何を意味するものかが不明だ。
「それは順位だよにーちゃ。そこをタップすれば、イベントの上位ポイントランキングが見れるよ」
「なるほど」
……と、気安くランキングをタップしたのが間違いだった。
「……一位、863,279Pt?」
「そんなもんだよ、にーちゃ」
もちろん、二位以下も六桁数字がずらりと並んでいた。
「つまり、この棒線は……」
「ランキング圏外だね」
ガックリと肩を落とした。
いやね? 確かに中級でクエストを受けていたし、ガチ勢に敵うとは思ってなかったよ?
でも、それなりだとしても、結構頑張っていたんじゃ……? っていう、わずかな自負もあるにはあったんだ。
こちとら異世界を生き抜いてきた冒険者だしね?
それが、この大差でランキング圏外って……。
しかもこの人達って、イベントに向けて準備してたわけじゃなくて、たまたまファアートに居ただけの人達だよな……?
「未来。俺は“廃人”ってヤツを、ナメていたのかも知れねぇ……」
「そんなモンだよ、にーちゃ。どうでもいいけど動揺で言葉遣いが変わっちゃってるよ」
ライム曰く、「いくらにーちゃが凄い剣士でも、相手は戦車で戦っているようなもの。しかも10式戦車か、M1A2」――とのこと。
うん、近代兵器には敵わんなぁ……
「すげーな廃人って」
「すげーよ、にーちゃ」
僕たちの驚嘆の呟きは、北の方角の空に、淡く溶けて消えていった――。
「あ、パーティ別ランキングもあるけど、見る?」
「やめておこう……」




