56 夢の中
――【サーバーとの通信を切断しました。またのプレイをお待ちしております】――
――――
夢から覚めるかのように、ベッドの上で意識が戻ってくる。
寝起きと違うところといえば、頭に取り付けられたヘルメットの存在だろうか。
時刻は深夜12時。そのまま寝てしまおうかと、すぐにVRギアを外す。
ダイブモードによるVR酔いは、その場から動かずに、すぐに眠ってしまう分には問題ないのだ。
うすらぼんやりとした寝起きのかすれ目のままにVRギアをベッド脇に置く。
夏用の薄掛け布団を肩の上まで引き上げた時、廊下を歩くスリッパの音が耳に入った。
かちゃり――と。
遠慮がちな音が聞こえ、キィと鳴く蝶番。
至極ゆっくりと開くドアの向こうから、妹の未来が顔を覗かせた。
「どうした?」
いつもは勢い込んで飛び入ってくる未来が、やけに大人しい。
未来はまだ部屋の中には入って来ず、ドアから漏れる光の中に居た。
「ね、にーちゃ、一緒に寝てもいい……?」
そう問いてきた未来は、もじもじと身体を揺すらせ気恥ずかしそうにうつむく。
「……ああ、いいよ。まくら持ってこいよ」
そう僕が口にすると、未来はふわりと微笑み、自分の部屋に取って返していった。
ずっと前に腕まくらをせがまれたことがあるが、あれは駄目だ。まず寝返りが打てない。
それに、寝ている間に無意識に頭の下から腕を引っこ抜いて『ゴチン!』としてしまうか、もしくは腕側に寝返って未来に覆いかぶさることになるか――。
まぁ、どっちも駄目だ。別々の意味で駄目だ。
取りあえず、ベッドの半分を空け、未来が来る準備をしておく。
パタパタ、と小走りの忙しない足音が廊下から聴こえてきた。
まくらを抱えた未来は、部屋に入ってくると、するりと音も立てずにベッドの中にもぐりこんできた。
僕の青色のまくらの横に桃色のまくらを並べると、ふにゃりと笑い、僕の腕に抱きついてくる。
「デート、楽しかったな」
「うん」
――
まず、街の外れにあった植物園。
華の街の名の通り、様々な種類の花が咲き乱れていた。
現実では存在しない、幻想的な色とりどりの花に魅了された。
暗闇で光る花粉玉を浮かばせる花。音楽に合わせて踊る花。全てが透明な水晶で出来ているかのような花。ライオンそっくりの花を咲かせるタンポポ――。
数々の花を楽しんだ後は街を散策。花をモチーフにした様々なオブジェを見てまわる。
色付き粘土で作られた、敷地いっぱいの花畑も凄かったが――。
やはり特に圧巻されたのは石膏で作られた巨大な桜の木だった。
“桜切る馬鹿――”なんていう言葉があるが、この桜を切ろうとする奴は本当に馬鹿だろう。
街中を一通り見て回った後は、“回復の噴水”にて、ちょっとした遊びに興じた。
噴水の天辺には口の狭い水瓶がある。
その中にうまくコインを投げ入れられれば幸福が訪れる――という噂があるらしい。
プレイヤーの間では、レアドロップ率があがる……なんて噂話があるらしいが、情報元がNPC一人の『幸せになれるかも?』なんていう何気ない一言だそうだし、『ただの世界観設定の一片』という意見が主流だとか。
そこで僕たち二人は、玉入れよろしく1E硬貨を投げて遊んだ。
時間制限は日付変更の瞬間。
結果は僕が七枚の、未来がゼロ枚――。
悔しがる未来の手を取って、一緒に投げた最後の一枚が、見事に水瓶の中で高い音を立てた。
その余韻に浸りつつ、ログアウト。
今日のデートの終わりだった。
――――
「――で、ひとりになって寂しくなったか?」
「……ん」
未来はベッドの中で恥ずかしそうに身じろぎすると、うらめしそうに脇腹をつんつん、と突いてきた。
「残念、そこは一年前から弱点ではなくなったのだよ、妹くん」
正確には異世界に行っている間だが、それはどうでもいい。
脇腹をつつくその指を僕の手が捕まえ、その指先の爪をこしこしと親指のひらで撫でた。
「なんだとー、なまいきなにーちゃめー」
未来の次の攻撃。
足の指で、僕の足の指にちょっかいを掛けてきて、くすくすと笑う。
こちらも報復。
未来の足の指を覆うように、僕の足指で拘束する。
「ふっふっふ、どうした妹さん」
「へへへ、にーちゃ」
未来は懲りない。
足指をうねらせ、僕の拘束を解くと、今度は僕の足の裏をさわさわとくすぐってくる。
お返しに僕は、未来の手の平を、親指でくりくりと揉んでやった。
――そうやって、しばらくじゃれあう。
ただそれだけの動きで身体はじんわりと熱を持ち、密閉された薄掛けの布団の内側は甘い香りで満たされた。未来の匂いだ。
熟れた桃のような香り。落ち着いてそのまま眠りに落ちてしまいそうな――それでいてそわそわと気持ちが落ち着かなくなりそうな、不思議な香り。
「にーちゃ」
未来は僕に抱きついて来た。
未来の吐く息で、胸元がじんわり熱くなってくる。
目の前にある髪の匂いを肺いっぱいに吸い込むと、その艶やかな黒髪を、指先で梳かし続ける。
――そのまま、幾程の時間が経ったろう。
「にーちゃ」
「うん」
未来は首を伸ばし、僕に啄むようなキスを繰り返す。
「にーちゃ」
「うん」
啄むようなキスが、くちゃりくちゃりと音を立てるものに変化してゆく。
脳幹を刺激する甘い薫りが満ちて、カンナで薄く削ぐように、だんだんと思考力が溶け消えてゆく――
「ぁ……はぁ、はっ……にーちゃ、もう」
「うん、僕もだ。未来」
理性を消し、本能を昂ぶらせるメスの匂い。
布団という密閉された空間の中に篭ったそれは、オスの欲望を否応なしに揺り動かす。
とっくに体勢は整ってしまっていた。
未来が僕に覆い被さってくる。
――もう、お互いに言葉は要らない。
「にーちゃ――」
「未来――」
僕たちは月明かりも届かない部屋のなかで、一つの影になった――。
―― …… ―― …… ―― …… ――
「っハ!?」
まだ薄暗い明け方に覚醒する。
僕の腕の中では、すぅすぅと小さな寝息を立てる未来がいた。
「…………どっからが夢だ?」
ええと、何故か聖剣がウチにあって、質量保存の法則をガン無視して巨大ロボットに変形したのは確実に夢だ。
その後、外宇宙ウリアッホイからやってきた甲殻生物と戦ったのも夢。
いやいや待て待て、一番肝心なのはだ……
モゾモゾと布団の中を蠢く。
よし、よし、よし――――
セェェェエエエエーーーーーッフっ!!!!
パンツ履いてるっ! ズボン履いてるっ! 妹さん、パジャマ着てるっ!!
――いやいや、流石に変だとは思ったんだよ? いくら雰囲気に流されたとはいえ、妹となぁ? いくらなんでもそりゃ……
………………
…………
……夢か。そうか。
未来を起こさないよう、ゆっくり静かにベッドから抜け出す。
窓から見える空が白んでくると同時に、雀の鳴き声が小さく聴こえ始めてくる。
「はぁ……」
ため息を一つ吐き、いつもの通りランニングスーツに着替える。
まだ薄暗い部屋の中、僕のベッドの上で寝息をたてる未来の頭を軽く撫でた。
「いってくるね」
そのまま僕は部屋を出ると、いつもより少し時間の早い日課のランニングへと出掛けた。
「……ちょっと頭を冷やそう」
夏の朝焼けが山の向こうで虹色に光っていた。
もちろん夢オチ。
これぐらいでもエロ警告って来るんだろうか……? これでもおとなしめにしたんだけど。




