科白空白 その二
科白空白 その二 です。
これにて完結です。
よろしければ最後までお付き合い願います。
僕と春生は上野東照宮の鳥居から少し先にあるレジャー施設まで足を運んだ。子供の遊園地という場所らしく小さいながらもアトラクションが用意されていた。僕は備え付けられていたベンチに座り、春生はそのまま立ったままだ。ちょうど、井の頭線に乗車した時と同じ立ち位置だった。
春生の服にベッタリとついた偽物の血を指さす。
「それ。どこで手に入れたんだ」
「血糊は舞台の小道具をやっているやつから、銃は千弦が用意してきたよ」
「あの人は本当に泥棒なのか」
「俺もよくは知らん。あいつと付き合って三ヶ月経つが未だにわからない所が多い。ついでだが、あいつは手榴弾を投げてないからな」
きっと物騒な物を投げたことに違いはないのだし、あの人が何を投げていてもいいような気がしてきた。
春生は手にしていた煙草に火を点けて、深く吸い込んだ。
「巨大動物が何処から現れて、何処へ消えたのか。自分で答えを見つけるとかカッコイイこと言ってたけど、わからなかったろ」
「考える余裕もなかったし、小冊子を読んでも何もヒントは無かったよ」
「書いているわけないだろ。俺の言葉をいちいち信用するな」
初夏を感じさせる空気が、春生の吐き出す煙草の煙で汚れていく。
「動物は本から出てきてはいない。本が動物になったんだ。千弦はネタバレ禁止を掲げたお前を気遣って総称の技術書と言ってくれたが、正式名称は絵読術書。または術書と呼ぶほうが多いけどな」
春生は淡々と説明していった。江戸幕府が設立する以前から不思議な術を扱う人々が実在していた、らしい。その不思議な力とは自ら描いた絵を音読することで絵の具現化させる術式と呼ばれていて、これを絵読術。またこの絵読術を扱える者たちを術者と呼んだ。絵読術の術式は幾つもの種類があるのだが、その中でも上位に立つのが動物を具現化させる術式だという。加藤は術者の上位に立っていた末裔ということだ。
ついでに、あの渡辺姉妹も同じ末裔だと補足された。それは四冊目の小冊子を読んでいたから知っていたことだけれど、春生の口から聞かされるまでは話半分にしていた。
動物を具現化させるのに必要なのは動物の一部を墨に混ぜて絵を描くこと。あとは動物の名を読めば紙が具現化するという仕組みだ。
この術式には動物の絵を書いた術者のみにしか使えないという問題もあった。
絵読術を誰にでも仕えるようにと試行錯誤された結果、術式模様という特殊な模様が生み出された。術者の力と技術を凝縮されたこの術式模様は木版画で掘られたので、何枚でも複製が可能となった。術式模様が刷られた紙の裏に、先ほどと同じ手順で術者が描いた絵を音読すれば誰にでも動物を具現化させることが可能となった。
本ないし紙自体が動物になれば何処にでも現れるし何処でも消える。
「術者が職人、術式版画が原本だな。なぜ書き換える必要があった」
「術書はこの世に存在してはいけない本だからだ。だから、千弦は絵読術書と術式版画を破棄したんだ。それにフェイクを入れないと困る奴がいる、多分な」
「最後に濁すなよ」
「多分は多分だ。深い意味はない」
ちなみにと春生は続ける。
四冊のうち三冊の表紙に使った紙は、本物の絵読術書から切り取って再利用したとのこと。表紙裏にあった模様も本物の術式版画で刷られたものだ。三冊目を自分で書いた理由は言わなかった。聞いたとしても、意味のない理由だと思えて聞かないことにした。
僕が持っている三冊の小冊子に描かれた動物たちはなんの効力もない普通の絵だ。
「絵読術書はもうないんだな」
僕もその絵読術書という本で巨大動物を出してみたいという欲求はあった。まだ存在しているのなら、一度は読んでみたい。
「そんな顔するな。千弦が言うには海外に渡った絵読術書もあるらしい」
「海外なんて、僕には縁のない話だ。そんな余裕もない」
「つれないな。いや、井上らしいといえばらしいか。小冊子探し。トラブルを嫌うお前にしては、よくやってくれたよ。話のついでだ。さっきは勢いで物語を終わらしたが、聞きたいことがあるなら、答える。そうだな、いまからする会話はエピローグってやつだ」
僕なりにまだ消化していない部分はあった。話が長くなるのも嫌なので手短に終わるような話題を振ってみた。
「僕が空白の科白がなんであるのかも気付かず、春生の正体を見抜けなかった場合、どうしていたんだ?」
「正体ばらして。ドッキリでしたー。はい、大・成・功」
躍動のない科白を吐いて、ドッキリ番組特有の効果音であるパッパーンと口真似までした。
「お前、絶対に桜子ちゃんに殺されていたと思うぞ」
「マジでそう思うわ」
短くなった煙草のフィルターを噛みながら煙を吸い込む。
吐出される煙を目で追いながら「なあ」と呼びかけた。
「浮気したら俺がお前を殺すから覚悟しろよ」
妹想いもここまで来ると重症だ。ヴィレッジ・ヴァンガードの外で中村さんが僕をひやかした時、あれは本気で怒っていたのだと、今更気がついた。
「あのな。年齢差を考えてくれ。もし僕に好意を抱いたとしたらそれは吊り橋効果だよ」
「馬鹿か。桜子の目をみたろ? あれは恋する乙女の目だ。お前、桜子をその気にさせといて振ったら殺すぞ」
「どの口が乙女を語っている?」
付き合わなくても殺されるなんてたまったものじゃない。
「春生のほうこそ人の事いえないだろ。聞かなくてもいいことを聞いた挙句に怒られたくせに」
「うるせぇな。自分の彼女がどんな男と付き合っていたとか気になるのは普通だろ」
恋愛に関しては意外と俗物なんだな。お前の普通が、僕らの普通だと思うな。
「僕からもひとつ言ってないことがあった。実はその吉田さんに君は騙されていると言われたんだ。あの言葉がなかったら、色々と疑ったりしなかったと思うな」
「なんだよ。結局あの人が邪魔してんじゃねーかよ!」
春生は煙草を地面に叩きつけて、さらに足の裏で火種をもみ消した。
「ついでに聞くけどさ」
「おう、なんでも聞いてくれ。いまならなんでも喋ってやるぞ」
「結局、あの吉田って人は何しに僕と会ったんだ?」
先ほどまでの悪態が嘘のよう鎮まり、真剣な眼差しを僕に向けた。
「井上、お前が科白の空白を自分の言葉で埋めた時、俺はお前を選んでよかったと思ったんだ」
「改まって気持ち悪い」
「桜子のことも守ってくれて感謝している」
真面目な口調で話す春生は初めてだ。
「おい、僕の質問に答えろ。吉田って人はなんで僕に会ったんだ? 僕は何に対して合格したんだ?」
春生は何も言わずに立ち上がりデニムパンツの裾を上げて、小さい本を取り出した。
「これは収集用の技術書だ」
こちらが聞いてもいないのに勝手に喋りだした。
春生が開いたページの表面を指で弾くと、そこから光の雫のような物が飛び出して空中を舞った。
その光は空中でピタリと止まって本へと見事に変わった。本というよりも、これは小冊子か。
ゆっくりと落下する小冊子を春生が右手で受け止める。表紙には題名も作家名はもちろん、表紙絵すらなにも書かれていない。
綺麗すぎるほど綺麗で人の手で作られた物とは思えないほど完璧に装丁された小冊子に見惚れてしまった。
「井上優太」
春生が、僕の名を呼ぶ。
「次の本だ」
差し出された白い小冊子を、僕は自分の意志で受け取った。
〈了〉
最後まで読んでいただきありがとうございます。
科白空白 その二 いかがでしたでしょうか。
この話を持って『科白空白』は完結となります。
最後の後書きです。
少し長いかもしれませんがお付き合いください。
この小説は文学情報雑誌「ダ・ヴィンチ」の
「本の物語」大賞へ応募し落選した同名作品を、
大幅に加筆修正した作品です。
「小説家になろう」では、ファンタジーというと
異世界に剣と魔法と言ったジャンルが多く、
自分の作品は受けが悪いと思ってはいました。
連載をはじめて、今日の完結までちょうど一ヶ月。
アクセス数が急激にのびることもありませんでした。
読者が劇的に増えることも、またありませんでした。
そんな中、お気に入りにも入れてもらえた時は本当に嬉しかったです。
また、お気に入りに入れてもらえなくとも、
この作品を最初から最後まで読んでいただいた読者の方々には感謝しています。
『科白空白』が面白いと感じて頂けたのなら投稿した甲斐がありました。
連載当初からの読者の皆様、
連載途中からの読者の皆様、
『科白空白』を最後まで読んでいただき心から感謝しています。
ありがとうございました。
アサクラ サトシ




