サエと
矢野様は「また来るね」とにっこりと微笑まれて帰って行かれた。
以前の屈託のない笑顔に戻られたのはとても嬉しいが、もうあの、私がお友達として大好きだった美人さんではないのだ。
男の人なのだと自覚してからのあのお可愛らしい笑顔は、正直心臓に悪かった。
「 男なのに可愛らしいなんて。しかも年も随分上なんでしょう?」
昨日の私の様子を心配したサエが、茶屋を訪れていた。
「 うん。多分兄さんと同じくらいじゃないのかしら。どうしてか男の人って知ってからも可愛く見えるのよね・・・。まだ頭が混乱してるのかしら」
「 多分ってあんた。仲良しだったわりに年も知らないのね?まあ、本人に詳しい事聞いてたんなら勘違いもしなかったか」
サエは一人で納得し、続けた。
「 妹の雪野様が私達よりふたつみっつ上だと聞いたから、ちょうどその位かもね」
兄さんと私は七つ離れている。子供の頃はその差は歴然としていたが、今では兄さんの友人達も姿から年齢を推し測ることは難しい。
「 私、お兄さんの方は見たことがないんだけど、お兄さんもすごく綺麗なんでしょう?」
「 うん。それはとても。最初は天女様のようだと思ったんだもの」
「 へええ。雪野様はどちらかと言うと男前のお顔をなさってるけど、噂通りあまり似ていらっしゃらないのかもね。似ていないのに兄妹揃って美人だなんて、世は不公平ね」
はあ、と溜め息を吐いた私を見てサエが怪訝そうにした。
「 どうしたのよ?仲直り出来たのになんで溜め息なのよ。もう怒ってないっておっしゃったんでしょう?」
「 うん。そうなんだけど。これからどう接していいのか・・」
「 どうって。客でしょ客。いらっしゃいませ、ありがとうございましたでしょ。なんか気まずいの?」
「 うーん。気まずいって言うか、なんだろう?居心地悪いって言うか」
「 なんだ、来て欲しくないならちゃんと言ったらそうして下さったんじゃないの?わざわざ確認なさったんでしょ?」
「 ううん、違うの。気て欲しくないって訳じゃなくて。仲直りできて本当に嬉しいんだけど、なんか、うーん、でも二人きりは居た堪れないと言うか」
サエがとたんに明るい笑い声を上げた。
「 なによあんた!綺麗な男の人と話すのが恥ずかしいだけなんじゃないの?中身もあんたが好きな感じだったから友達になったんでしょ?男としてはどうなのよ?」
「 え?」
「 だから!男でその中身だったらどうなのよってこと。女に間違える位だからなよなよして頼りないとか」
「 そんなことないわ。穏やかでお優しいのに毅然としてらっしゃるところが好きだったのだし」
言いながら気付いた。サエも同じく気付いた様だ。
「 なんだ。それなら、男として好きになったってちっとも可笑しくないじゃない。現に年上の男なのに笑顔が可愛らしいとか言ってるし!」
サエに大笑いされながら、次から矢野様と普通に話せるのだろうかと、とても心配になった。




