サエに報告美人さん茶屋に来る
二日後、件の友人にばったり遭遇した。
「 サエ!この間あなたが言ってた男装の役者さんが」
「 何!?何なのよ!どうしたの!?」
「 ちょっと落ち着いてよ」
私こそ興奮のまま美人さんのことを報告したかったのに、サエの勢いに負けてしまった。
私は茶屋へ向かう途中、サエは家業のお使いの途中だった。
サエの家も商いをしていて、最近はなかなか会えなくなった。
「だって、梅が出会い頭に挨拶もなしでしゃべり始めるなんて、ただ事じゃないじゃない。で、彼女がどうしたのよ!?」
自分は挨拶なくしゃべり始めるのが常なのに、意外と観察眼が鋭い。
「あ、そうだった。あのね、その美人さんが茶屋にきて」
「 はあ!?なんで!?」
「 あー、それは兄さんと私の無礼を咎めようとした美人さんがね」
「 無礼って何したの!?」
「 兄さんが指差して二人でじろじろ見たのよ」
「 はあ、ありそうなことね。それで?」
「で茶屋まで咎めにいらしたんだけど、兄さんが全くわかってなくって」
「ああ、あの人、ばかだからね」
「 いらっしゃいって兄さんが言っちゃったもんだから、なんか場が和んで、美人さんとおしゃべり出来た」
邪魔な合いの手が入っていたが、なんとか最後まで報告できたようだ。
「 信じられない!本当にあの方だったの!?あんた本人見たことなかったんでしょう!?」
「 兄さんが知ってたし、本人に確認したわけじゃないけど、この世のものとは思えないほど綺麗で、髪が真っ黒でつやつやで、着流し姿で男の方みたいな話し方で、」
にっこり笑ってくださった美人さんを思い浮かべながら特長をあげていくと、サエに遮られた。
「 わかった。あの方に間違いなさそうね。それにしても信じられない!」
わかったわりに信じてはくれないらしい。
「 何なのよ!何であんたの店なのよう。私だってじろじろ見る自信あるわよ。うちの店に来てくれたらよかったのにー!」
サエは猿のように鳴きながらお使いへと戻って行った。
嫌々ながらも信じてはくれたようだし、私より興奮してくれたためか、私の中でくすぶっていた花火と猪善太郎も落ち着いたみたいだ。よかった。
私はご機嫌で仕事に向かった。
「おはよう」
数日後、驚くことに美人さんは茶屋へいらっしゃった。
太陽が高くなる幾分前の頃だった。
「まあ!・・・・えっ、あのっ、あ、う、じゃない、い、いらっしゃいませ!」
驚きのあまり、口癖のはずの台詞がなかなか出てこなかった。
必要のない時には勝手に動き出そうとするくせ、役に立たない口である。
今日も変わらずお綺麗な美人さんは、くすくす笑いながらおっしゃった。
「 今日は客として来ましたから、それで合ってますよ。・・・・・随分時間がかかりましたね」
か、からかわれてる?
「 申し訳ございません!まさか本当にいらしてくださるなんて思ってもみませんでしたから、びっくりしてしまって」
そう言うと、美人さんは申し訳なさそうなお顔をなさった。
「 ああ謝らないで。こちらこそ驚かせて申し訳ない」
しかもからかって申し訳ない、とお顔に書いてあるようだったので、緊張しながらも自然な笑みも浮かべて縁台を勧めることができた。
「 いいえそんな。いらして下さって嬉しいです。さあどうぞそちらに。何か召し上がられますか?」
まずはお茶を準備しなくては、と頭が回り始めた。
「 では、その団子を頂こうかな」
美人さんは春先から出していた桜色のお団子を選ばれた。
桜色の皮の中にはうぐいす色の餡が入っていて、切ってもとても可愛らしいのでお勧めの菓子だ。
「 今日はあの面白いお兄様はいらっしゃらないの?」
朱色の布をかけた縁台に腰掛けた美人さんが、お出ししたお茶を手に取りながらおっしゃった。
さわさわと揺れる新緑の桜の枝の下で、やわらかい木漏れ日に艶々の御髪がなめらかに輝いている。
本当にきれいな髪。今日も味気なく一本にまとめられた髪は少々ほつれているけれど、それでも艶々だ。
この間はさながら天女のような美しさだったが、ほつれ髪のせいか今日はどことなくあどけない様子に感じられた。
「 はい。兄の本分は菓子作りでございまして、先日はたまたま用事でこちらに来ていたんです」
兄さんに会いたかったのかしら?そう思いながら答えると、美人さんは人間らしいびっくり顔をなさった。
このお顔を拝見するのは二度目だが、とてもお可愛らしい。
「あのお兄さんが菓子をつくるの!?」
これはよく言われる。
「 ええ、よく皆さんに驚かれるんです。ああ見えて可愛いお菓子を作るのが得意なんですよ」
兄さんの話になったので、緊張した私の作り笑顔が自然な笑みにかわったのを感じた。
「 信じられないな。繊細な作業でしょうに」
「 ええ、繊細さは微塵もございませんけど。可愛らしくて美味しいから少々いびつでも皆さん許してくださるみたいです。父にはいつももっと丁寧に作れってどやされてますけど」
いつもの調子が出てきた。兄さんに感謝したことなど記憶にないが、今この時ばかりはそうしよう。
美人さんは、兄の話を聞いてくすくす笑っていらっしゃる。
「 お兄様らしいですね」
「 はい。優しいお客様方のおかげで、兄も菓子職人としてやっております。今、お客様が召し上がられているものも兄が作ったものなんですよ」
実際、兄さんを指名で注文なさるお客様もいらっしゃるのだ。
菓子作りの才だけは尊敬に値するので、あんな兄でも何とか好きでいられる。
美人さんは可愛らしく小首をかしげて、串にさしたお団子を眺めていらした。
「 そう。でしたらお父様というのは夢屋さんのご主人のことなの?」
今度はこちらが驚く番だ。
「 まあ。どうしておわかりになるんですか?」
美人さんはさした団子をぱくりと口に入れ、静かに飲み込まれてからおっしゃった。
「 この団子も目にしたことが有ったし、実際口にしたことのあるお菓子も見えましたから。私の両親も私自身も夢屋さんのお菓子は好んで良く頂いています。それに、お兄様の贔屓の客というのに、うちの母親が名を連ねている気が少なくなくしますよ」
「 まあ、毎度ご贔屓にありがとうございます。存じませんで失礼いたしました。これからも何とぞご贔屓に」
役者さんなど別世界の人達だと思っていたが、案外近くで繋がりがあるもののようだ。
頭を下げると、美人さんはにこにこしながらおっしゃった。
「 いやいいんです。本店に出ておられないなら、ご存知なくても仕方ありません。こちらもこんなに離れたところに茶屋が在るなんて知りませんでしたし。・・・・・それにしても、急に別の人のようになってしまわれましたね」
どういう意味だろう?首をかしげると美人さんがおっしゃった。
「 お兄様の話をされている時の方が自然で可愛らしかったですよ」
今日も顔に血がのぼってきた。さっきの毎度ご贔屓に云々のことをおっしゃっているのだろう。そんなに棒読みだったかしら。
真っ赤になった私を、美人さんが可愛らしいいたずらっ子の笑みで見つめていらっしゃった。
丁寧で穏やかな口調とは裏腹に、人をからかって楽しまれる一面もお持ちのようだ。