スイザンしてようともってコト。 ~エピローグⅡ~【皇子はソレを為す。】
銀縁の簡素な飾りだけの黒い鎧。
付加持ちの円盾を篭手にしっかりと固定。
そして、同じく付加持ちの銀の長剣と、頑丈な長剣の二振り。
踏んだ場数のせいか、装備に慣れるのが早い気がする。
「やるだけやるのは、変わらない。オレはオレ。」
ちょっとした暗示・・・にもならないか。
「行くよ、シルビィ。」
「はい。」
傍らに控えているシルビアを連れて部屋の扉を開くと、すぐそこにルチル。
彼女はニコリと微笑むとオレの後につく。
「さっさと片付けて帰ろう。」
「だな。」
細長い廊下の壁に寄りかかって腕を組んでいるハディラム。
「お待ちになって!」
気持ち悪くニヤニヤと笑い合うオレとハディラムの間に、クラムに連れられたアシュリーヌさんが割って入る。
「?」
「そんなに急いでどうした、姉ちゃん?」
目が見えないと表情が乏しいせいか、読めないんだよな。
「もう少し待って、大門の前でいいから・・・。」
「待つ?門で?」
「"世界からの文"が来るの!」
"世界からの文"?
随分と抽象的かつ、大仰な。
「予言やな?アルム、大門にとにかく行くで。」
ハディラムはそう言うと走り出した。
予言ね。
せめて、おおまかでいいから、時間を指定欲しいものだ。
オレも大門に向かって走り出す。
「シルビィとルチルはゆっくりでいいから!」
薄暗い廊下を一気に走り抜けて、宮殿の外へ。
そのまま、立ち止まらずに大門へと向かう。
「ハディ!」 「静かに!」
耳をすませているハディラムに習って、オレも彼の隣で耳をすます。
「来るで、馬は三頭。」
ハディラムが槍を構える。
悠然と構えるハディラムと待つと、しばらくして馬を引いた人影が現れる。
「人間には見えるな。」
獣人や亜人には見えない。
世界の文っていうくらいだから、迷い人でもなさそうだ。
鎧姿の人間が二人と軽装の人間が一人。
「アル!」
軽装姿の人間の方が、オレに向かって駆けて来る。
その"女性"ははオレを抱きしめて・・・。
「良かった無事で・・・。」
「なんや人騒がせな。アルムんトコの人間か。」
「え・・・あ・・・。」
自分に抱きついている人の顔を見る為に、オレは首を回す。
オレよりちょっとだけ背が高くて、赤の短めの髪に金の瞳・・・。
彼女の顔を見ながら、オレはその場にずるずると崩れる。
「アル?!」 「アルム!」
そんなオレの様子に二人が驚きの声を上げ・・・オレは胸の息苦しさに慌てて呼吸を深める。
「アルム様!」
背後からルチルの声と複数人の足音が聞こえる。
「大丈夫。ちょっと・・・驚いただけ。」
もしくは笑いがこみ上げそうになっただけ。
「で、何があったんだ?こんな所まで来るなんて。」
これが"世界からの文"なのだろうか?
クラムやルチル、シルビア、アシュリーヌさん全員が合流したのを確認して、オレは問う。
「セルブが・・・セイブラムに侵攻しました。」 「セルブが?!クロアートではなくセイブラムに?」
何故だ?
クロアートに侵攻なら理解出来るが・・・。
「オレがクロアートと親交を持ったから・・・か?」
現状、クロアートに侵攻したら、ヴァンハイト・・・少なくともオレはクロアートの味方をする事だろう。
それは確かにセルブの不利にはなる。
オレは第二皇子だから、ヴァンハイト全体が動くかどうかは別かも知れない。
ラスロー王子やオリガさんはオレを高評価していた。
国外でのオレの評価は、また別なのかも。
セルブがクロアートに侵攻するには、不確定要素が多過ぎるというのもわかる。
でも、だからって、何故セイブラム?
そんな事をしたら、クロアートにつけ入る隙を与える事になりかねない。
「表向きは例の学舎での件でしょう。セイブラムの思想を他国に植えつける事を脅威と感じている。」
「だが、そんなのは事前に合意していただろう?」
今更、それを掘り返して何になる?
「ラスロー王子を危険に晒したのもセイブラムの計画だと。」
恥も外聞も無くなったか?
なんていうこじ付けだ。
「成る程な。」
一人、ハディラムが納得の声を上げる。
「アルム、何故、今まで戦は起こらなかったんや?」
何故?
それは地理的にも戦力的にも均衡が取れて・・・。
「セイブラムには神器が無い・・・?」
「ご名答や。それなのに複製の神器を作る技術がある。とか広まったら、どうする?」
「あ・・・。」
たとえそれが嘘でも関係ない。
その技術を手に入れれば、戦力の均衡は更に崩れる。
無かったとしても、神器のないセイブラムの領地を手に入れる事が出来る。
「クロアートは動かんかも知れんな。」
密約を交わしたか、或いはクロアートも既にセイブラムの情報を掴んでいるのか。
「クソッ!まず一度、そっちに介入するべきか?」
幸い、ここにも神器は一つある。
それは最悪の展開だが、少なくとも犠牲や被害は確実に減る。
「それがな、アルム・・・。」
ハディラムが困ったように槍の先を地面に突き刺して、手を離す。
「きゃっ。」 「うぐっ。」
前者はアシュリーヌさんの悲鳴、後者はオレの呻きだ。
「姉ちゃんとアルム・・・あとそっちの姉ちゃんもわかるやろ?槍がさっきから鳴ってる・・・もうこっちも時間がヤバいみたいや。」
この機会を狙って。
つまり、それはアイツの仕業・・・。
「クラム!俺様が戻るまでセルブを抑えろ。」
「心得ました。」
時間を稼ぎ出すしかないか。
「リッヒニドスやヴァンハイトの対応は?」
ヴァンハイトは恐らく、動かないだろうな。
「現在、セイブラムにバルド様がいらっしゃいます。」
「上々。」
少なくとも三個師団までは余裕でイケる。
「ヴァンハイトは動きませんが、シュドニア卿が一門を率いてセイブラムに向かうそうです。」
「シュドニアが?」
兄上の采配か?
バルドが動いたからか?
あとはリッヒニドスとクロアート次第か。
「よし、ルチル!君はクラム達をセイブラムの軍へ。」
「はい!」
最善を尽くすだけしか、オレ達には選択肢はない。
「アルム、俺様達は北へ行くぞ?」
「当然!」
ついに恐れていた事態が発生した。
しかし、皇子は独りじゃない。
これまで彼に関わってきた人々、これから関わるかも知れない人々。
動き出した世界の中で、皇子はどう決断を下すのか?!
次回!最終章突入!
ちょっと流れの関係上で話数が少ない章でした。
以上、Ⅴ章、全26話読了ありがとうございます。
果たして、本当に最終章完結までたどり着けるのか・・・ちょっぴり自信がないです。