モウジンなんてしないってコト。
「お?大丈夫か、アルム。」
大広間に行くと、ハディラムとアシュリーヌさんがいた。
「あぁ、大丈夫だ。ちょっと話があってな。」
「そうか。」
ハディラムが席を外そうとするのをオレは止める。
「アシュリーヌさん?さっきも言ったけれど、オレは貴女の皇子様じゃない。オレはヴァンハイトなんていらない。オレはオレを信じてくれる者達の"アルム"でいたいから。」
ヴァンハイトである前にオレはアルムだ。
国を捨てる決意も、滅ぼす決意もずっと前からある。
「貴女もそんな記憶に振り回されず、アシュリーヌさんでいて欲しい。」
「私自身・・・でも、私が視られるのはそれだけで・・・。」
"ソレ"はついて回る。
ただ、そういう気持ちをオレも多少なりとも理解出来る所が、普通の想いと違う。
オレはゆっくりとアシュリーヌさんに近づいて、彼女の頬に触れる。
彼女の頬はオレの手よりも少し冷たく、そして柔らかかった。
「目が見えなくても、目に映るモノが他の誰かの記憶だけだとしてもね、それだけじゃないでしょう?」
現にこうして、オレは彼女に触れられる。
「そんなモノ以外に感じる事が出来るはずだよ?貴女を想う者達は、貴女の周りに沢山いるから。」
少し身体がダルい。
彼女の頬が冷たいんじゃないのかも知れない。
オレに微熱があるのかも。
「それとハディ。」
「ん?」
オレは彼女の頬から手を離し、ハディラムに向き直る。
「アシュリーヌさんに会わせてくれてありがとう。」
きっとこの為に彼はオレをここに連れて来たのだろう。
今なら解る気がする。
「すっきりしたか?」
「あぁ。次はオレの番だ。」
「アルムの番?」
「神器の盗難犯の所へ行く。犯人は北の民出身だ。狙いは恐らくディアナ姫の神器の解放。」
と、革命かな?
「やっぱりか。」
それを聞いてもハディラムは顔色一つ変えない。
情報があるのだから、ある程度の予想はついていたのだろう。
「アルム。オレも一つ教えてやるよ。コイツな。」
槍を見せるハディラム。
「コイツは神器を破壊する為にある。」
「神器の破壊?」
セイブラムに入国する前、複製神器を破壊出来ると言っていたのを思い出す。
アシュリーヌさんの話からすると、あの神器を使っていた英雄は、色々な点で他の英雄と異なっている。
国を興さなかった点、名前も記録も後世に残らなかった点。
そこはディーンに似ている。
「英雄として奉り上げられる事になったある日、姉弟は誓った。後世、もし神器が世界の均衡を崩す事があれば、容赦なくそれを葬るってな。」
弟が後世、名すら記されずに消えていったのは、そういう事だったのか。
その方が都合が良かったのだろう。
それとも、人に絶望したのかもな。
際限無き人の欲望に。
「なぁ、ハディ?」
「んー?」
こんな事はハディラムに聞く事じゃないのだろうけれど。
もし記憶の断片を視たのならば。
「姉弟は・・・幸せだったのかな・・・?」
再び出会う事がなくとも、出会う時は血で血を争う結末が待っているかも知れないとわかっていても。
「さぁな。」
ハディラムはチラリとアシュリーヌさんを見る。
オレではなくて彼女に向かって。
「ただ、ソイツはソイツで精一杯生きたんちゃうかな?でなきゃ、今、俺様の手にコレがあるわけがない。最初に手にした想い人間の強い想いがなきゃな。」
もし、何処かで彼の意志が継がれなかったら・・・。
「そうか。」
「そうやろ?国が無くなっても、この想いは無くならんかった。コレが・・・いや、俺様がその証だ。」
だとしたら、オレがここに存在している事も何かの証になっているのだろうか・・・。
「一つだけ断っとくけどな。」
ハディラムの瞳は、依然アシュリーヌさんを見つめたままだ。
「これは確実に俺様の意志だ。俺様がそれを望んだ。俺様にしか出来ない事だと思っとる。」
「自分は、自分にしかなれないもんな。」
たった一人の弟からの、姉への言葉。
ずっとハディラムはこの言葉を彼女へ言いたかったんだろうとオレは思う。
それを何時か、今でなくてもいいから、アシュリーヌさんにも解ってもらえるといいな。
歴史の亡霊になんか望んでなるもんじゃない。
「アシュリーヌさん。」
オレも。
オレも何時か解ってもらえる事を願って。
「また今度、ゆっくり話しましょう?今度はオレ自身がどうやって生きて、どんな人と出会ったか。これでもオレ、色んなトコで色んな国の人や種族と会ってるんですよ?」
彼女の目を治す事は不可能だ。
再び彼女の瞳が何かを映す事はないだろう。
「そやな。俺様達が姉ちゃんの目になって色んなもんを見てくりゃいい話だ。名案だアルム。」
人間なんて一人で生きるもんじゃない。
今だって、オレの傍らには誰かがいる。
「ありがとう・・・やっぱりアナタは私の皇子様ね。」
何時かオレ達の国へも来て欲しいな。
リッヒニドスなら森も川もある。
匂いと音、目以外で感じられるものは沢山あるだろう。
「さてと。出る用意でもするか。」
オレは荷物を取りに行こうとして・・・視界が歪む。
「アルム様!」
素早い反応で、ルチルがオレを支えようとするが、彼女の身長の方がオレより低い。
支えきれずにゆっくり身体が傾く。
「おっと。」 「クラ・・・ム。」
丁度よく大広間に来たクラムがオレを支えて、ようやく倒れ込む速度が止まった。
「アルム!オマエ熱あるやんけ!」
倒れそうになったオレの額をぱちっと押さえたハディラムが声を上げる。
「大丈夫。」 「ダメですっっ!」
オレの声を遮って大声を上げたのは、意外にもルチルだ。
彼女は両の拳を強く握り込んで、息も荒く叫ぶ。
「絶対ダメです!今日はここで一晩ゆっくり休んで下さい!」
何時になく強い彼女の口調に、オレは従うしかなかった。
神器を持つ者はアルムだけじゃない。
過去の記憶に苦しむのもアルムだけじゃない。
そして、アルムは一人じゃない。
いろは順編(?)のエピローグです。