イトシサは狂気にも狂喜にもなるというコト。(セイブラム法皇視点)
「・・・来たか。」
ふと顔を上げると、目の前の景色が微かに歪んでいる。
久しく感じる事のなかった経験だ。
「まずは初めまして。」
見た事がない金髪・金眼の少年。
同じ懐かしい感触でも、あの皇子とは全然違うな。
「仲良しになる為に来たんではあるまい?挨拶などいらんよ。」
用件は解っている。
それにしても、こうも簡単に踊らされると、一言、二言は言ってやりたい気分にもなる。
「話が早くで助かるね。」
何だかの。
自分が持っていた杖を、少年に向かって投げる。
「しかし、そっくりだな。」
投げられた杖を取る少年。
そっくりだと自分で発言しておいてんなんだが、どちらかというと彼よりアルム皇子と一緒にいた侍女の方が似ているか。
「持って行くがいい。もう一人の余よ。」
不敵な笑み。
「同族でもさしずめ、余がディアナの良心だとしたら、君はディアナの悪心だな。」
少々複雑な善と悪だが。
「ボクがディアナの悪心だと?」
少年の不敵な笑みが、鋭いものへと変わる。
「なに、人など誰しも善と悪の心を持っているものだ。」
それは別におかしな事でもなんでもない。
「何を勝手な・・・。」
「勝手か、そうだな。この世界の人々は勝手だ。でも、それは余も君もそしてディアナも同じだよ。」
人は所詮、理解しあえぬのかも知れん。
だからこそ、理解しあおうとせねばならん・・・そう一族は教わったはずだ。
「君がそれを使って何をやろうとも、たとえ君が何もしなかったとしても、最後には解る事だ。」
どうしてだろうかな?
自分でも信じてみようと思ってしまったからだろうか?
「フンッ!オマエ達は最後までそこで好き勝手言っていればいい。ボクは世界を変えてヤル!」
杖を手にした少年の姿が虚ろになる。
やがて、杖ごとその少年は消えていった。
結局は余を殺そうとはしなかったか・・・世界を変えてしまえば、どうせ用済みの老人には変わりないからか、或いは・・・しかしだ。
「・・・世界を変える手段は、本当にそれしかないのかね?」
かつて同じ事を想った人間が、昔の自分と対峙した気分だ。
その陰鬱さに溜め息が出る。
「法皇様!」
「何だ騒がしい。」
突然入ってきた衛士の様子を一瞥する。
これ以上の悪い事はもう起こらんと解っていても辟易とするのは仕方が無い。
「セルブが!」
「そうか。戦える者は時間稼ぎの用意を。他の者は民を何時でもここから避難させる事が出来るよう準備を。」
周到な事だな。
どちらかというと臆病か。
予想の範囲内だ。
「ですが・・・。」
「宗教などというモノはな、民の心の安寧の為だけにあれば良い。国という体系など持たなくとも構わないのだよ。従って、万が一の事があれば、この首都を放棄する。わかったかね?」
「はっ!」
やれやれ・・・。
確かに現状に満足するのみだけならば、人は進化の道すらないのかも知れぬが・・・。
「何もそこまで欲張らんでもなぁ・・・。」
「それが人間の性ってヤツなんだろ。」
ん?
最近、懐かしい声や姿ばかりだな。
「何しに来た?」
熊のように大柄な男が戸口に立っていた。
全く、どうやったらこんな誰からの目にも付く大男が、気づかれずにこんな所まで入り込めるのやら。
「笑いに来たのか?」
更に問いかける。
「冗談。オマエを笑うんだったら、こっちも同じさ。いい笑い者同士だ。」
遠路はるばる、このセイブラムまで来た友人は笑う。
「そうか?皇子は素晴らしい若者と感じたが?」
目の前の椅子をとりあえず彼に促すと、どっかりと座る。
「アルム様が素晴らしい人間なんて事はな、最初っからわかっている。」
座った男は、近くにある机に大きな壷のような物体を置くと、ニヤリと笑う。
コイツも意外と変わらんなぁ。
「直感したよ、あぁ、この子なんだとな。オイ、何か杯になるような物はないか?久々に呑もうと持ってきたんだ。」
「・・・不謹慎だな、オマエ。」
これから何が起こるのか知っているクセに。
「そう言われてもだナァ、まだ時間はある。暇だし、丁度いいじゃないか、な?」
ガハハと豪快に笑う。
「"バルド"、本当にオマエ何しに来たんじゃ?」
頭痛がしてきそうになるわ。
「決まっている。ここでその時を待つんだよ。友と一緒にな。」
本当、ヤレヤレだ。
「その酒、"二人分"あるんだろうな?」
「勿論。」